酷い話、だがよくある話? 中編
王家の直轄地は、王都イースタン以外に、いくつかの小さな町と都下と呼ばれる田園地帯を有している。
それら全てを含めて『オステン領』と呼ぶ。
その名の通り、オステン家の治める領地だ。
オステン家当主とは、エストラヴィーユ王国の王であると同時にオステン領の領主でもある。……が。それそこは、どう考えても王国を治める事が優先されるため、自領は代官を置いて統治しているに至る訳で。
オステン領は大まかに、経済の中心であり賑やかな王都と、都下と呼ばれる自然あふれる田園地帯とに分かれている。王都はそれぞれ商業や工業、学術などに比重が傾いた地域があり、住まう人数も商業規模も大きいため、二十三の区画に分かれているのだが。
田園地帯も広大な広さのためいくつかの区画――町――に分かれているのだが、その内の一つである『ユイット』がセレスティーヌの住む町であった。
ユイットを代々地方代官として管理している家がレイトン伯爵家であり、その家の令息であるダニエル・レイトンがセレスティーヌの元婚約者である。ちなみにセレスティーヌの家は代官を補佐する副官の家柄だ。上司と部下。もしくは雇われ店主とまとめ役従業員といったような関係である。
ダニエルは腐っても伯爵家の令息であり、金髪蒼眼を持つなかなかの美丈夫だった。
お堅い地方代官を務める伯爵家の嫡男で、十八歳。現在父である伯爵の仕事を手伝っているのだが、言い寄る女性が引きも切らない。そしてダニエルがなかなかに貴族息子らしい(悪い方の意味で)、享楽的で女癖の悪い人物であった。
セレスティーヌが小さい頃は、見た目に騙されてカッコいい王子様みたいな男の子だなと思ったものだが。成長するにつれ非常に横柄な人柄に辟易し、更に成長し青年になってからは倫理観が欠如しているといってもよい行動に、すっかり愛想を尽かしていたのであった。
(誰が王子様なのかしら! アイツはジゴロよ、ジゴロ!!)
いまだ小さい自分に、あんな奴は止めておけと声を大にして言いたいと思うセレスティーヌだった。
ともあれ、ふたりは家同士の決めた婚約者である。
レイトン家は優秀な副官の家を文字通り身内に取り込み、協力と能力、地元に根付いたタリス家の人脈を自分の家に活かすため。タリス家は副官としての地位を盤石にするために結ばれた婚約だった。
嫌々ながらもセレスティーヌから断ることは非常に難しい。
悲しいかな、貴族の娘は家と家を結ぶために嫁ぐものである……というのが一般的な考えだ。その上、格下の子爵家である。ついでに嫁ぎ先(予定)は、実家の仕事の雇用先でもある訳で。
(ずっと我慢してきた)
横柄な、身分が下のものを馬鹿にするような態度に。自分の役割も放り投げて遊び歩いている様子に。ふしだらな素行、その他諸々に。
こっちの気も知らずあのボケナス令息が、自分勝手なことをしまくった挙句、更に身勝手なことをピーチクパーチクほざいてきたのである。
今、そのモヤモヤが一気に噴出する勢いなのも仕方がないと言えば仕方がないであろう。
「それなのにアイツ、自分の女になれって言うんですっ!」
「女? 既に婚約者なのに?」
アマンダはぷりぷりと怒った顔のセレスティーヌを見ながら、自分の縦ロールの髪をくるくると回した。
「恋愛的な意味で……彼女的なこと?」
「違います! 結婚してないのに夫婦関係を……ごにょごにょ……ということですっ!」
赤い顔でテーブルにゴブレットを勢いよく叩きつけた。……淑女としては如何なものかと思うが、まあお互い身分はあってないような感じで接している訳で。
話しているうちに余計イラついて来たのか、それまでの楚々とした雰囲気はどこへやら、普段は優しそうな眉をギュギュギュッと釣り上げた。
「……あれまぁ」
アマンダは話の内容と目の前のご令嬢の変わりように、口をへの字にして相槌を打つ。
ダニエルは成人すると、自分の婚約者であるセレスティーヌに婚前交渉を迫ったのだという。
貴族令嬢の純潔は、婚姻を結ぶまで大切にするものというのが一般的だ。
……時代が進むにつれ、自由恋愛にも明るくなって来た昨今、結婚前にコトに及ぶカップルもそれなりにはいるのが現状ではあるが。
「結婚してしまえば仕方がないとしても、なんで好きでもない人間とそんなことをしなければならないんでしょうか!」
「そうねぇ。まあ、中には男女問わずそうやって相手を繋ぎ止める人間もいるでしょうけどねぇ」
「どうせ結婚するんだから減るもんじゃないだろうって言うんですよっ。減りますからね、純潔が!」
「確かにねぇ」
アマンダは頷いては、セレスティーヌの空のゴブレットにサングリアを注いだ。
「大体いまだ未成年だった私にそんなことを要求して、こっちが呑んだら悪友たちに面白おかしく吹聴するに決まってますからね? 態度もより軽んじたものになるでしょう。そのうえ上位者であることをいいことに、変な理由をつけて婚約破棄されたら、ただの傷物になってしまいますから!」
好いて惚れてそうなるなら傷でもなんでもないが、嫌いな人間に都合のいい女として扱われた挙句捨てられるとかどうなのか。
……ダニエル側の話も聞いてみないと実際にどうなのか判断は出来ないというのが公平な意見だろう。だが憤慨するセレスティーヌが嘘をついているようには全く見えない訳で。
「断っても断っても、一年以上しつこく言い寄られて。靡かないと思えばふて腐ってグダグダ言った挙句、あっちこっちと浮気三昧ですよ!」
「うんうん」
「それでもまだ言い寄ってきて、私、遂に堪忍袋の緒が切れまして。半年ほど前ちょっと強めにぴしゃりと跳ねのけたら、物凄く険悪な関係になりまして」
「あらら。泥沼ねぇ」
一気に話して喉が渇いたのか、セレスティーヌは一気にゴブレットを煽った。すかさずアマンダがサングリアを注ぐ。再び勢いよく煽ると、再度テーブルに叩きつけた。
「そして遂に、『運命の相手と出会ったから婚約を破棄する』って言い出したんです」
「『運命の相手』」
(おおう。なんて陳腐なセリフ!)
アマンダは呆れを通り越して感心をするが、勿論心の中だけにとどめておくことは忘れない。
そんなアマンダを前に、セレスティーヌの熱弁は続く。
「『お前は可愛げもなければ面白くもない女で、一生一緒にいるなんてウンザリだ。その点エイミーは可愛らしくって美しくって何でも言うことを聞いてくれて、こういう女性と結婚したい』ですって」
「ふむふむ」
案の定ダニエルはあまり仕事に熱心なタイプではないそうで。だが、なまじ顔がいいので女性にはすこぶるモテる。そのうえなまじ家もそこそこ金持ちであり……まあ、平たく言えば身分を笠に着た上、淫蕩に耽りまくる人間だったのだ。
将来の代官として、また伯爵家の嫡男としてきちんとした方がよいと進言するセレスティーヌを、ずっと疎ましく感じていたのだそうだ。
そのうえ恋愛関係、ぶっちゃけ肉体関係になってくれないくせにと責め立てたらしい。
「……で、そのエイミー? も貴族なの?」
「男爵令嬢です」
「ほうほう。そこはセオリー通りなのねぇ」
低位貴族の中でも下位の男爵令嬢が、高位の令息のお相手となるのはもはや様式美である。
あくまでも物語の中でだが。
「別に好きじゃないからいいんですよ、私的には破談になったところで。自分が悪いくせに『こうなったのもセレスティーヌが冷たい人間だからで、自分に落ち度はない。エイミーと結婚すれば身分を笠にイジワルをするに決まっている。お前はそういう人間だ、信用ならないから領地――地方代官として管理する土地ですね――から出ていけ! さもなくば父親を副官の地位から引きずりおろしてやる』っていうんです!」
「そりゃあ酷いわねぇ」
セレスティーヌがダニエルの真似をしながら、『管理地追放だ、出ていけ!』とポーズを決めた。
『管理地』追放。
思わずアマンダは呟いた。