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22 ローゼブルクへ出発だ

 アマンダは、意外にも自分の気持ちが凪いでいると感じた。


 ふと見れば、セレスティーヌが心配だと言わんばかりの表情でこちらを見ており、思わず苦笑いが浮かんだ。

 先日あれだけ酔っぱらった挙句、嘆き悲しんで愚痴ればそうもなるのだろう。

 解り難いものの、アンソニーもジェイも明らかに心配そうな顔で様子を窺っている。


『当たり前過ぎることですが、大切な存在は恋人だけとは限らない……』

 

 確かに。

 目の前のカルロが、友人として大切に想ってくれていることは解る。

 ……以前、拒絶に似た態度が出たのは悪意があったからではない。同性の親友から恋愛の対象として見られていたという、素直な驚きだったのだろう。


『ご友人にとって、アマンダ様が大切な存在であることは確かだと思うのです』


 ほんの数時間前に馬車の中で言われた言葉。

 イレギュラーな恋バナに、さぞ困っただろうに。

 なぜだか素直にストンと心に落ちた。

 少し前なら、解ったような綺麗事をと思ったに違いない。

(本気で、一生懸命言っているのが、丸解りだったもんね)

 セレスティーヌがたどたどしくも、心を込めて言ってくれた言葉だ。


 大切な存在は、感情も立場も実に様々だ。

 大切に想われている。自分も、大切に想っている。


 カルロだけでない。アンソニーやジェイにも言えることだ。


(それって、ステキなことよね)


 そしてそれは、新しい友人であるセレスティーヌにもあてはまる。

 なぜだか泣きそうな顔でアマンダを見ている、年下の新しい友人。

 

『――いつか、心の傷が癒えて伝えられる時が来たら。その方の為にも、何よりもご自分が後悔しない為にも、どうぞ祝って差し上げてくださいませ』


(そうよね)


 アマンダは穏やかな表情でカルロを見た。


(ここで言わなきゃ、オンナが……オトコも廃る)


 ほんの数日前は、こんな風に口に出して言えるとは思わなかったし、こんなに穏やかな気持ちでカルロの顔を見れるとも思わなかった。

 新しい人生の門出を一つ迎えた親友に、アマンダは心から微笑んだ。


「おめでとう、カルロ」


 カルロは、驚いたように青い目を丸くする。

 その顔は、小さい時から変わらない表情だ。


「結婚式には、アンソニーも一緒に盛大にお祝いするね!」


 そう言って破願する。

 ちょっとだけ涙が滲んでいるかもしれないが、問題ない。


「……ありがとう、アマデウス」


 カルロは困ったように眉をハの字にして微笑んだ。


 ないものばかりを追いかけると、ないことばかりが見えてしまう。

 何を見るのかは、自分次第だ。


 ******


 アマンダの盛大な荒れっぷりを知るアンソニーとジェイは、心の中で安堵した。

 これまた別の乱れっぷりを知るセレスティーヌも、詰めていた息を吐き出した。


 この数日で、アマンダなりに整理なり消化なりを続けていたのだろうか。

 吹っ切れたのか無理やり吹っ切ったのかは解らないが……


 実にいい表情で合流すべく歩いて来るふたりを見て、三人はそれぞれに、やれやれと胸を撫で下ろす。


 ひと段落したところで、アンソニーが気になっていたことを問う。


「ところでタリス嬢。あの泥のような赤い粘土はなんなんだ?」

「目つぶしです」

「…………」


 目つぶし。


 全員が無言でセレスティーヌを見遣る。

 愛くるしいと言ったほうがいいような見た目に反して、何だか物騒な単語が飛び出して来た。


 ジェイは相変わらずニコニコというかニヤニヤというかをしているが、他の男子たちが静かに固まっている。


 (?)

 セレスティーヌは、変な空気に首を傾げた。


「酢に赤唐辛子をたっぷり混ぜて、辛み成分を抽出した」


 悪びれずに、更なる説明がつけられた。


「酸っぱい成分と辛い成分を混ぜた、身体に優しい(?)目つぶし溶液です。

 霧吹きに入れて相手の粘膜に向かって吹き付けるのが効果的ですが、今回盗賊団相手の野戦でしたので近寄れないので、周囲に拡散しすぎないよう粘土に混ぜました。堅いと効果が無いので……投げて使えるけど、当たって潰れて効果が発揮できるように極限まで泥状にしてもらいました!」


 それに、と付け加える。


「雪合戦の時に、合法に嫌な奴……まあ、ダニエルですけど。雪玉をぶつけられるので、投げる特訓をしていたんです」


 勿論子どもの頃の話だ。

 ……作った雪玉は手で少し溶かし、ギュウギュウに圧縮して出来る限り水分を取り除き、カッチカチにした玉を投げつけるのがミソだ。

 地味に痛いらしく、子どもの頃のダニエルは泣いてしまったこともあった。


「動くだろう方向を予測して当てまくるように投げていた練習が、実践で活かせて良かったです!」

「なるほど……」


 三人が、令嬢らしからぬ豪快な粘土投げを披露した姿を思い浮かべる。

 実際に目にしていないカルロは、周りの惨状を見て思うところがあるのか、そっと目を逸らした。


「可愛い顔をして、意外にえげつないな」


 アンソニーはへの字にしていた口の端を上げると、楽しそうにセレスティーヌをみた。


「?」


 首を捻るセレスティーヌを見ながら、アマンダが両手を叩く。


「さ! アンタ達は盗賊団のあれこれをちゃんとやってね。サウザンリーフ方面のことなので、一切合切、公爵に申し送って」

 アンソニーにそう指示すると、今度はカルロに向き直る。


「中央が協力・対応すべきことはして頂戴。関連各所への連携もお願いね」

「承知いたしました」

 カルロが礼をとって応える。


「父上にも一連の報告と、よしなにって投げておいて頂戴」

 ジェイも心得たと頷く。


 まあ、そうすれば関係部署がそれなりに動くであろう。それが彼らの仕事であり役目でもある。

 ちゃんとやっているかどうかは、アマンダの父なりアンソニーなりが確認するだろう。

 ……手を出し過ぎて、人の仕事まで取り上げるのは良くないのだ。ついついやってしまいがちなので、気をつけねばならない。


「……アマンダ様は、お帰りにならないのですか?」

 心の整理が出来たらしいアマンダに、セレスティーヌがやんわりと確認をする。


「なんで? アタシはまだ傷心旅行の最中なのよ。セレとの旅はまだまだ始まったばっかり、これからじゃない!

 ちゃんと報告すべき人達には了承をとってここに来てるんだから!」


 アマンダは腰に手を当てながら、そう、なぜだか自信満々に言った。


 こんなチャンスはもうないと言っても良いだろう。

 人生に一回、自由な時間を目一杯生きるのだ。

 きっと、一生忘れられない素敵な時間になることだろう。


 セレスティーヌと一緒になら、より楽しい毎日になるに違いない。


「それに、ただ遊んでいる訳じゃないのよ。あちこち回って色々解決して来いって言われてるの。他でもない父上に」


 イイ感じにまとまろうとしたその時。



『ポン!ポポポポポポポ、ポン!』

『ピュル、ヒュ~!』


 馬を駆る音と、太鼓と笛の音が響いて来る。

 思わず音がする方向を見ると、オーガのお面を被って、桃の意匠が施された真っ赤な全身甲冑を纏った誰かが、マントをたなびかせては馬を駆っている。


 思わず全員が三度見する。


「ひとーつ! 人様の金品狙い……」

 渋い大きな声が、街道に響き渡った。

 捕り物現場で残処理をしている騎士達が、一様に点目で佇んでいる。


「ふたーつ! ふざけた悪行千万」

 真っ白い馬に乗っていたが、少し手前で馬から飛び降りては、桃模様の赤い全身甲冑の男性が、なぜだかクルクルと回転をし始めた。


 あの煌びやかな桃の意匠は、もしやパヴェダイヤなのだろうか。

 もしかしなくても一粒一粒、細かい宝石なんかが埋め込まれているのだろうか。

 ……身代金が歩いているようだが、大丈夫なのだろうか。


 ご丁寧に、馬に乗りながら太鼓と笛を演奏していた人たちも止まり、演奏を続けている。


「みぃっつ! 見事にそ奴らを」

 オーガの面を勢い良く取ると、ダンディなおじさまが、渋い顔と声で決めゼリフを吐いた。


「退治てくれよう、ペッシュ・ジャン・ピエェール!!」


 ジャーン!

 大きなシンバルが鳴り響く。



「…………」


 一瞬、何事かと全員がその人を見つめるが……

 アンソニーが頭が痛そうな顔をして眉間を揉みこんでいる。

 カルロは青い瞳を瞬かせていた。


「じゃ、アンソニー。お願いね。あなたその為に来たんでしょ?」


 解るわよね、とアマンダが左肩に手を置いた。

 全く話が呑み込めないセレスティーヌが、キラキラした桃の模様がついた赤い甲冑を着込んだおじさんを見ていると、ジェイが心底楽しそうに言った。


「サウザンリーフ公爵ですね?」

「……えっ!?」


(サウザンリーフ公爵!?)

 あの(おかしな格好の)人が!?


 あまりの衝撃に失礼かと思いつつも、セレスティーヌは更に二度見してしまったことは仕方がないであろう。


「アマンダ様の伝言を受け取って、急いで屋敷から走って来たんでしょうねぇ?」


 戦闘になった場合に備え、全身甲冑で来たのだろうということだ。

 公爵自ら戦うつもりでいたのだ……それであのおかしなテンションなのかと納得(?)する。

 後ろから、複数の馬の駆ける音が聞こえて来る。公爵に続いた家来たちであろうか。


「面倒なことになる前に、『責任者』に対応を任せましょ」


 アマンダはそう言うと、大きな身体を縮めてこそこそと足を動かし、馬が落として行ったカバンを見つけると素早く引っ掴む。

 そしてセレスティーヌの手をとって、一目散に走り出した。


「さあ。これで面倒事も片付いたし、旅を続けるわよ!」


 目指すは国の北東部に位置するローゼブルク。


「ローゼブルクで、海鮮祭りよ!」

「海鮮!!」


 セレスティーヌが銀色の瞳を輝かせた。

 そうだ、海鮮だ。

 盗賊団騒動で、すっかり海鮮の存在を忘れていた。



 ローゼブルクといえば、ここサウザンリーフ領に負けず劣らず海の幸に恵まれた土地柄で知られている領地だ。

 また昔から学問が盛んな土地柄であり、近年は学問や研究所を中心に、高水準の研究と学びの新拠点とした街づくりを掲げた『学園都市』も注目されている。



「じゃあね~!」

 アマンダは振り返ると、大きな声で手を振る。


「気を付けてー!」

 カルロが応えるように声を張り上げて手を振り返す。


 ジェイは相変わらずニヤニヤしており、気の良いらしいサウザンリーフ公爵もよく解らないながら、にこやかに手を振っていた。

 セレスティーヌも立ち止まって、ぺこりと頭を下げる。


 仏頂面をしたアンソニーが、苦虫を嚙み潰したような顔でアマンダを見据えている。

 そしてぼそりと呟いた。


「急ぎの仕事は、ちゃんとそっちに回すからな?」

お読みいただきましてありがとうございます。

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少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

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