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21 カルロ・グレンヴィル

 どのくらいの時間が経ったのか。

 酷く長い時間にも感じたし、あっという間にも感じる。

 アマンダの腕から力が抜かれ、セレスティーヌが急いで顔を上げると、盗賊団は全員制圧をされていた。


 いつの間にそこにいたのだろう。

 アマンダを守るように立ちはだかる騎士の黒いマントが視界に入る。


 更にその隙間から、先ほどの少年が地面の上に横たわり、顔と身体を押さえつけられているのが見えた。無抵抗に、真っすぐに何かを見つめている顔が目に入る。

 そして少年のすぐそばに、太い枝が切られ落ちていた。


(アンソニー様、足場を切ったのね……)


 鬼気迫るアンソニーの様子を見た時、少年が問答無用で切られると思ったが。


 良かった、と思ってしまう。


 相手は窃盗を重ねた悪い人間ではあるのだが……悪人とはいえ、人が死ぬことがなくてほっとしているのも確かだった。

 彼らはこれから罪を問われ、裁かれるのだろう。


 これでサウザンリーフの人たちも、ひいては被害を受ける人もいなくなる。

(だけど。どんな理由でこんなことをしたのだろう……)


騎士達に連れられて行く窃盗団たちの後姿を、セレスティーヌは複雑な気持ちで見送った。


 視界が開けついつい状況確認をしていたが、ハッとする。

 顔を真っ青にしたまま、アマンダの肩を見る。


「怪我……! 大丈夫ですか!?」

「うん。でもその手で触られると流石に痛そうだから、先ずは手と顔を洗っていらっしゃいな」


 苦笑いしながら、大きな手と指でセレスティーヌの涙を拭うアマンダは、いつものお姐さんらしいアマンダだった。


「そのくらい、唾でもつけとけば治る」


 への字口で、全くもって貴族令息らしからぬことを言うのはアンソニーだ。


「多少肉が無くなったところで全く問題ないですよ? これだけ余ってますからね?」 


 頷きながらジェイも軽口を叩いた。


「……ちょっと、アンタ達。アタシの扱い酷くない?」


 アマンダが文句ありありの様子でむくれると、相変わらずどこ吹く風といったカンジのふたりだ。そんな様子を見ていた赤毛の騎士が、困ったように首を傾げていた。



 セレスティーヌは転がるように、側に流れる小さな沢へ走って行っては丁寧に手についた粘土を落とす。言われた顔は洗わずに走って戻り、懐から真新しいハンカチを出して、いまだ痛々しく血の滲んでいる傷口へそっと当てた。もう一枚出しては止血をするようにきつめに結ぶ。


「汚れちゃうから大丈夫よ」

「構いません。一枚はアマンダ様のです」

「アタシの?」


 呟くアマンダに答えるように頷く。

 ドリームランドでお土産に買ったハンカチだ。

 買ったのはよいものの、よくよく考えれば、必要ならば自分で買うだろうと思い至った。更には一緒に出掛けたのだ。

 なので何となく渡し難く、渡すべきかどうか迷ってそのままになっていたそれ。


 キュッと眉間も口も窄めたセレスティーヌが、恐る恐る傷口を見る。


「止まらない……」


 傷はそこまで深いように見えないが、じんわりと血が流れ続ける。心なしか紫色に変色している傷口を、アンソニーはのぞき込んで頷いた。


「ふむ」


 アマンダは瞳を左右に揺らしながら、心持ちアンソニーから距離を取り、なぜだか知らんぷりを決め込もうとしている。


 ジェイは落ちている両刃のナイフのような武器を手に取ると、何やら懐から小瓶を取り出しては振りかけ反応を確認すると、何でもないような顔で振り向いた。


「毒っすね?」


(ど、く……。毒!?)


 形容しがたい表情をしたセレスティーヌを宥めるように、男たちが口を開く。


「ダイジョウブダイジョウブ! これっくらいどうってことないわよ!」

「アマンダ様はその程度の毒じゃ死なないですから、全然無問題ですよ?」

「……アマンダ……?」


 いやいや、大問題だろうと思っていると、呆然としたような小さな声で赤毛の騎士がアマンダの名を呟いた。


「……心配ない。我が家に伝わる秘薬を使えば、一発で良くなる」


 きゅぽん、という音に顔を上げると。

 恐ろしい顔をして微笑むアンソニーが、おどろおどろしい色の液体の入った小瓶を持っていた。

 泥に深い緑を混ぜたような色のそれは、なぜだかボコボコと泡立っており、更には異臭を放っている。


(……薬?)


「嫌っ! それをかけるくらいなら、数日寝込んだ方がマシよ!!」


 いつもの姐さんらしいアマンダはどこへやら。

 半泣きの顔で首を振り、じりじりと逃げようとするアマンダの頭を容赦なくむんずと掴むと、これまた容赦なく傷口にぶっかけた。


「……ひっ、ぎぃやぁぁぁ~~~~~~~っっ!!!!」


 ジェイはニコニコといつもの顔で笑っている。騎士は勝手知ったるなのか、青い目を閉じて観念したかのようにじっとしており。

 セレスティーヌはぽかんと口を開けてそれらを見遣った。


 港へと続く街道に、アマンダの雄たけびが響き渡った。


******


「……痛い、凄く痛い……。しみるしクサい……」


 ゲッソリとしたアマンダが、青い顔のまま座り込んでいる。

 満足そうなアンソニーをドン引きながら見ていたセレスティーヌだが、傷口を見れば血は止まり、驚くことに変色は消え薄皮さえも張っているのが見えた。

 少々臭いのが難点であるが。それにしても……


「凄いです……」

「フォレット家は厄……じゃない、薬術に長けた家柄ですから?」


 ジェイがそう言って苦笑いをした。

 アンソニーがじろりと横目で流し見る。

 驚くほどの効果を発揮する事と引き換えに、とんでもない痛みと疼きを引き起こすのだ。

 更には沁みるし痒いし、何よりかなり臭い。


「もう少し早くこっちに向かえていれば……ごめん、アマデウス」


 先ほど、アマンダを守るように立ちふさがっていた騎士だ。今はひざを折って、アマンダの前で項垂れている。


 燃えるような赤毛に、目の覚めるような深い青色の瞳。

 身体はアマンダよりは小さいが、アンソニーよりは大きいのでかなり大柄な部類であろう。

 一見男らしい風貌の彼だが、顔の造りは可愛らしいと言ったほうが良いかもしれない。優し気でおっとりしてさえ見える。


「こっちこそごめん」


『ごめん』のひと言には、色々な意味が詰まっているのだろう。

 優しい声でそう告げるアマンダを見て、セレスティーヌは青年の顔をみた


 そして確信する。多分、この人がアマンダの想い人だ。


 アマンダの親友兼幼馴染兼護衛の、カルロ・グレンヴィル。

 酔った時にアマンダが呟いていた名前を、心の中で反芻する。


 カルロは困ったような苦しいような表情を隠すように顔を伏せた。


「そんな顔しないでよ」

「……ごめん」


 かつてどんな対応をしたのかは、セレスティーヌには与り知らぬところである。


 今見る限り、真摯に対応しようとしているように見える。嫌ってもいなければ、ましてや危惧していたような、気持ち悪いなどと思っているようにも見えない。

 どんな姿であろうとも、大切な友人と思っているだろうことが伝わって来る。

 アンソニーと違い、多少遠慮のような戸惑いのようなものは感じるが。


 それに、カルロは自分のせいでアマンダが旅に出て、結果怪我をしてしまったと思っているのだろう。

 友人として、更には護衛騎士だというのならば、尚のこと自分を責めてしまうのだろうと思う。

 同じように、結局自分を庇ったせいで怪我を負わせてしまったセレスティーヌとしては、彼の気持ちが痛い程に理解できた。


 セレスティーヌはふたりに場所を渡すように静かに立ち上がって離れると、そっとジェイの隣に立った。そして目配せをして、小さく頷く。


「カルロ様です?」


 やはり。

 ほんの数日前、アマンダがカルロを想って泣いていたのを思い出すと、セレスティーヌの心は自分のことのように痛んだ。


 友情と愛情は、似ているようでちょっと違う。

 どちらも大切であり、勿論優劣なんてないのだが、同じではない。

 ひとりの人間にどちらの情も感じることもあるけれど。少なくともカルロにとってはそうではないのだ。

 もしかしたら。いつか重なることがあるのかもしれないが――『かもしれない』だけで、その可能性は限りなくゼロに近い。


(もう少し時間が経って、心の整理がついてからだったら良かったのに)


 気持ちに本当のところ、整理がつくものなのかは解らないが。

 それにしても早すぎる再会に、セレスティーヌは気遣わし気にアマンダを見た。

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