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   港町ヴェッセル 後編

 スワロー商会が所有する船には、複数の爆発物が仕掛けられていたという。

 船内にあった仕掛けは四つだけだったが、聞き込みをしていた騎士と自警団員全員を使って、他に危険物が仕掛けられていないかの人海戦術捜査を行なうと伝書鳩による連絡が入った。


 万一に備え近隣にいた人々を避難させたり、くまなく船内や港を見回ったりと大忙しであるそうだ。

 そんなことが書かれた手紙を運んできた伝書鳩を、労うように撫でる。

 


「簡単な仕掛けを複数ということから、調査に行った騎士団の足止めかもしれんな」


 本気で爆破するなら、もっと手の込んだ仕掛けにするであろうと言った。


「多分、みつかっても爆発しても、どちらでも良かったんだろう」


 同時に馬を適宜休ませるため、一度水を飲ませる。

 アンソニーの言葉に何の為か問おうとして、セレスティーヌは口を噤んだ。


 逃げるためか、何かを仕掛けるためだ。多分後者であろう。


「昨夜も軽業師のような身のこなしだったという。当初の予想より、戦闘能力がある集団かもしれない」


 追加で届いた報告によれば、寄せ集めの団体ではあるものの、結束が固く統率の取れた商隊であると調査があがって来ていた。

 国や領地を跨いでいる人間が多数いることから、裏稼業を生業としていたものも複数いるのではないかと推測されている。


「見える人数より多くの騎士が周りを固めていることは解っているのだろう。陽動でつけている騎士に気づいていても、撒くようなそぶりは見せても襲って来ることはないらしい」

「……ヴェッセルに残している人間が、一層腕が立つってことかしら」

「纏めて片づけた方が早いって思うのはお互い様なんでしょうねぇ?」


 アマンダが思案気に、ジェイがあっさりとそれぞれに言うと、セレスティーヌが首を傾げた。


「……今まで、かなり周到に窃盗を繰り返して来たのに……もっと確実に逃げる為に、策を練っていたりはしないのでしょうか」


 アンソニーは荷物から地図を取り出すと、三人の目の前に広げる。

 意外に男らしい節の目立つ指が、門前町と川沿いの街、そして向かっているヴェッセルとをなぞりながら優美に地図の上を移動した。

 イケメンは指の動きすらイケメンらしい。


「勿論ないとも言えないが、包囲されていると言ってもいい現状、全員が無事に船で逃げるのは厳しいだろう。別の船を用意してあってもだ。地形的にも大勢の騎士に囲まれてしまっては、策の施しようがないのも事実だ」


 開かれた街は開かれた土地でもある。裏を返せば潜伏し難い土地ともいえる。

ただでさえ逃げ隠れし難い場所を、騎士や自警団に警戒され、ある程度の確実性を持って正体を絞られ追われているのだ。


 その内似顔絵など、より追い詰めるものが増えて行くだろう。


 多分、彼らも初めはもっと慎重だったのだろう。

 初期は入り組んだ地形の場所を移動したと思われる足跡がある。早々に王立騎士団や中央の介入があるかもしれないと考えていたのだと言える。


 自警団は地元の有志で運営される団体で、縄張り意識や力自慢が多く、プライドが高い。

 盗賊団側は王立騎士団に協力を仰ぐかと警戒をしていたが、自分たちで解決することを選択するばかりなことを確認して、大丈夫だろうと気が緩んでいたのかもしれない。

 もしくは、そういった気質をある程度予測していたことも考えられる。


 余所者の力を借りたくないとか、自分たちの沽券とか。


 自警団や領民は、様々な思惑があって自分たちで解決することを選択したのだろう。下手をしたら領主への報告もしていないことも考えられる。

 領主とて千里眼ではないのだ。

 報告が上がらなければ知ることすら難しいことがあるのは当たり前で、治める土地が広ければ広い程、己の気遣いだけで知れることは限られてくる。実力不足だ努力不足だと切って捨てるのは早計過ぎる。 


 未解決は失態であるとか、意味のない虚栄心に捕らわれたのならば。

 身分に関係なく、縄張りだ権限だと声の大きい人間はどこにでもいるのだ。


 更には、人の命が取られなかったというのも大きな理由の一つかもしれない。

 生き死にがかかれば、なりふり構わずより大きな力に縋ろうとする。

 命が代償にあがればプライドだなど言っていられないのも、また人間だからだ。


「今回もふたりが事件について報告して来なければ、中央が知るのはもっと先だっただろう。王立騎士団にも噂は聞こえていたのだろうが、要請がないのに必要以上に踏み込むことはなかなか難しい」


 国王の命令は絶対ではあるものの、基本的に各領地は領主の権限によって守り、運営し、成り立っている。

 中央の人間だからといって、領主や領地の意見を無視して全てを執り行えるものではないのだ。


 とにかく。潜伏するにしても余所者は目立ちやすい。

 王立騎士団に王太子付き騎士団が投入された今、無駄に時間を引き延ばすのも厳しいと考えたのだろうか。


 逃げられないと悟って、それなら道連れにと考えているのだろうか。

 セレスティーヌは無意識に、アマンダのドレスを掴んだ。

 そんな些細な様子に気づいたアマンダは、大丈夫だと言うように微笑む。


 更に、そんなやり取りを横目で見ながらアンソニーが続ける。


「港に近いが、比較的人通りが少ないような場所は気をつけた方がいいだろう」


 街道とはいえ、ずっと街が続くわけでもない。

 特に町と町の境は急に寂しくなる場所がある。樹々が茂る場所や山道とに分かれる所など、自然豊かな場所もある。


「何か仕掛けて来るならこの辺か」


 トントンと地図を叩く位置を確認して、アマンダとジェイが頷く。


「爆発物ってことは、火薬類の扱いに長けているのかしら」

「投げつけて使うものもありますからね、厄介ですねぇ?」


 そう言うと、思い出したように馬に括りつけた壺をのぞき込んでは、反対側に括りつけた樽ものぞき込んだ。何やら少し考えては、樽から壺へと中身を入れてかき混ぜている。


「あ、ジェイさん、ありがとうございます!」


 セレスティーヌが慌てて駆け寄りながら頭を下げる。


「時間があったらもっと置いておくか、いっそ煮た方がいいのかもしれませんねぇ?」

「ですです!」


 セレスティーヌの意図を察しているらしいジェイの言葉に、彼女が何度も頷いた。

 相変わらず自由な親友の従者に、アンソニーはアマンダを見遣る。


「いったいふたりは何を作っているんだ?」

「さあ?」


 アマンダは軽く首を傾げた。



 再び馬を走らせる。

 街道は宿場町を過ぎて、林のような樹々の木立が増えだした。


 旅人のような男たちが休憩をしているのだろうか、座り込んだり馬を引いている姿が目に入る。

 振り返れば後ろにも、数名の男たちが馬を降りている。冒険者なのだろうか、帯剣しているのが目に入った。

 街道ではよくある風景ともいえるが、休憩処がある訳でもない場所で不自然な人数だ。


 更に距離を置くように、男たちの後を追う見知った顔をみつけた。旅装束を纏ってはいるが、王太子付き騎士団の騎士だ。

 そこにいる多くの人間が、注意深く周囲の気配を探る。


「…………」


 アマンダは何かから守るようにセレスティーヌを抱え込むと、少しずつ速度を落とす。

 同じようにアンソニーとジェイも手綱を軽く引いた。


 その時、空を裂くような小さな音がし、同時に馬の足元に投げナイフが突き刺さる。


「く……っ!」


 短く呻くような声と共に、アマンダが強く手綱を引く。

 セレスティーヌは漏れそうになる声を噛み殺し、振り落とされないようにたてがみを掴んだ。


 いななきながら棹立ちになる馬を宥めるように手綱を引き、急いで見上げれば。

 大木の枝の上に、少年のような男の影が立っているのが目に入る。


 木の陰からも数名の男たちが姿を表す。


 そして、休んでいた男たちが立ち上がり、隠していた武器を取り出して構える。

 ……休んでいた訳ではなく、落ち合う場所なのだろう。仲間を待っていたのだ。

 合流したらしい冒険者風の男たちも、躊躇なく剣を抜いた。 

 

 スワロー商会。盗賊団だ。

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