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18 街道にて

 いまだ周辺を調査している騎士と後処理や現地対応する騎士を残し、一行は一路、サウザンリーフ領の端にある港町を目指すこととなった。


 領の限りなく上側にある川沿いの町を経由しない分、幾らかの時間が節約できるだろう。


 列をなす馬が道を踏み、風を切って進んで行く。

 一定のリズムを持った規則正しいそれは、地響きのようにも聞こえた。



 迂闊に口を開いたら舌を噛みそうなので、セレスティーヌは黙って流れる景色を瞳に映していた。

 普通の馬よりも大きなアマンダの馬は、乗ればその体高も比例する。

 思ったよりもずっと高い目線に恐怖を感じて身体を固くしていたセレスティーヌだが、しばらくすれば多少揺れはするものの、落ちることはないと安心できた。


(まるで活劇小説のようだわ)


 不謹慎にもそう思う。

 ヒーローとヒロインが馬に跨り、敵を追って疾走するような話がなかったか。


 現実は、素顔はイケメンだが金色のカツラを被り、ド派手なお化粧をしたオネエがピンクのドレスをたなびかせて馬を走らせているのだが。

 一緒に抱えられるように馬に乗っているのは、金髪碧眼の美女ではなく、黒髪の小柄で地味な、いまだ少女のような自分である、と思う。


(……なんだか、すっごく変だわ)


 冷静になって考えると、全く以って変な絵面である。

 現に道行く人には凝視されたり二度見されたりしている。後ろには物々しい騎士たちが続いているため余計である。


 思わず小さく笑った。するとセレスティーヌの小さな振動が伝わり、緊張していたアマンダの身体も少し緩んだ。


 意識するとまた緊張してしまいそうで、どうしたものかとこっそり眉を下げた。


 小さくて柔らかなセレスティーヌは、幼い子どもの頃に腕に抱いたウサギを連想させる。

 ふわふわでとても温かい。

 そして愛らしい大きな瞳で、己を見上げて来るのも同じだ。


 違うと言えば、ウサギよりももっと甘やかな気分を感じることだが。


(……これから捕物をしようっていうのに、弛んでる場合じゃないわね)


 アマンダは手綱を握る腕に力を込めた。

 それでも心の端っこで、この時間が少しでも長く続けばいいと思ってしまう自分に戸惑っていた。


******


「前の馬、止まりなさい」


 明け方近くに馬を走らせていると、知らない男の良く通る声がかかる。


 そっと振り返れば騎士団の騎士のようであったが、見たことのない甲冑の意匠に首を捻った。

 続いて早駆けの馬の足音。いっそ聞こえないふりで振り切ろうかと思ったものの、近づいて来る蹄の音と呼びかける声に、流石相手は軍馬だけあって逃げ切れないと観念して手綱を引いた。


 殆ど待つことなく、立派な青毛の馬を操る騎士が隣にやってくる。

 年若いが立派な体躯の騎士が、淀みなく決まり文句の確認の言葉を口にした。


「こんな時間にどうしたのだ?」

「はい。親戚が危篤だと連絡がありまして。知らせてくれた親類と、あとは家族と一緒に急いで向かっているところなのです」


 一緒に移動している四人が俯きがちに、騎士に向かって頭を下げる。


「……そうですか。お急ぎのところ呼び止め失礼した」

「いえ。何かあったのですか?」


 騎士はそう問いかけた男に向かって、表情を曇らせて口を開いた。


「近くの街で窃盗があったそうだ。集団の、盗賊団らしい」

「盗賊団……」


 驚く男に騎士が頷く。


「今探しているところだが、まだこの辺りをうろついているかもしれない。気を付けて向かってください」

「はい。ありがとうございます」


 男は騎士に向かって頭を下げ、再び馬を走らせた。


「……まだついて来ているか?」

「ああ、別の奴だが」


 ずっと走らせていては馬がばててしまうため、途中並足で歩かせる。

 質問を上手く誤魔化せたかと思ったが、そう簡単ではなかったらしい。一般の旅人のような服装をした男がふたり、付かず離れずの距離でずっとついて来る。


「たまたま一緒の方向ってことはあると思うか?」


 男が、連れの男に問いかける。


「ゼロとは言わねぇが、間違いなく見張りだろう」

「しくじったなぁ」


 男は小さくため息をついて、白い雲の浮かぶ青い空を見上げた。

 誰かが気づくだろうか。

 目端の利くあの男なら気が付くだろう。場合によっては、同じ目端の利く違う奴に気づかれる可能性もなくはないが。

(まぁ、心構え程度だ)

 道の端に貝殻を二つ放り投げる。


******

 

 冒険者を名乗る男達が川縁かわべりを馬を走らせている。


 王太子付き騎士団と名乗る騎士に質問をされ、とっさに冒険者だと名乗った。

 丁度怪我をしている人間がいても怪しまれないだろうと思ったのだが、信じてはくれなかったらしい。

 幾つか質問をして去って行ったが、別の人間がずっと後をついて来る。

 途中、貸し馬を借りて撒こうとしたが、馬に乗った旅人風の別の男ふたりに変わっただけだった。

 

 走り通しだった馬に水を飲ませようと水辺に近づく。


 本来次のターゲットだった街の側に本流がある。グランヴァリ川だ。目の前にある小川はそのグランヴァリ川から枝分かれした細い小川である。


(次の街の近くに、逃走用の小舟を用意して来たが……誰か使った奴はいるだろうか)


 川を下って行けば、馬よりも早く港町へ出れるであろう。

 こんなことになり、逃走するための船が無事であるか心配で仕方がなかった。

 今まで順調なくらいに上手く行っていたが、遂に誰かが自分達に気づいたのだろうか。


(それともたまたま、か?)


 楽観は出来ないだろう。

 そんな事を考えていれば、小川の流れに小さな花が浮かんでいるのが目に入る。

 青紫色したロベリアの花だ。小さな花が二つ並んで、流れる水と共にぶつかったり回ったりしながら滑るように流れて行く。


 暫くすると、またロベリアの花が二輪流れて来た。間隔を開けて再び流れて来るのを確認して微かに眉を寄せた。


「…………」 


 ふと空を見れば、黒蝶が二羽、踊るように青い空を飛んで行った。

 さりげなく後ろを見れば、見張り役の追手は二名。


「……どうした」


 小声で仲間の一人が聞く。


「不味い。急ぐぞ」


 仲間内に緊張感が走る。


「大丈夫か」


 怪我をした男――騎士と切り合った奴に声をかけると、青白い顔で頷いた。


 近道はあっただろうか。

 子どもの頃に離れた故郷。相変わらずおおらかで明るい人々。

 纏め役の男は、遠い記憶を手繰り寄せるように瞳を細めた。


 暫く行けば、道の端に思い出したかのように投げられている、寄り添うような小さな貝殻を見つけることとなる。

 

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