16 夜の森
――少し前のこと。
思わぬ邪魔が入った。
男は狼狽して後ろを見遣る。
月明かりのみの森の中は暗く、葉擦れの音が彼らを追い立てるかのように頭上で音をたてている。
松明を持った自警団、騎士の簡易甲冑の金具が小さく当たる金属音。そして走り抜ける複数の馬の息遣いと蹄の音。
逸る心臓の音に合わせて、自分の呼吸が浅く早くなっていることに気づく。
窮地の時こそ落ち着かなければならない。
男は極力音をたてないように、大きく深呼吸をした。
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いつも通り、幾つかの先に目星をつけておいた場所に盗みに入った。
なぜだか自警団と騎士団がやって来て、小競り合いになる。
いつ気づかれたのか。
とっさに、植物の堅い茎を使って作った呼子笛を鳴らす。
予期せぬことがあった時、すぐさま退散する合図に使うものだ。
抵抗する者を切りつけて盗みを続けるよりも、迅速に盗れる物だけを盗り、さっさと逃げる方が捕まり難い。人数が多ければ尚更だ。
事前に旅商人として押し入るところを決めておくのも様子を確認しておくのも、逃げるための経路を把握するためと、確実性と迅速性を高めるため。
残忍なことに時間を割けば、結局は足が付き易くなる。長く甘い汁を吸いたいのなら、欲張り過ぎない方が身のためだからだ。
そして、過剰な暴力を許すと、盗みよりもそっちの方に重点をおく奴が必ず出て来るものだ。
高音の笛の音に盗賊たちはすぐさま反応し、手に持っているものや見えているものだけを手早く掴むと、一目散に外へ出た。
勿論闇雲に出ては捕まりかねない。周囲を見渡しては、近くの木や屋根の上に素早く飛び乗り、追手に見つからないように上から様子をみながら警備の穴を突いて逃げるのだ。幸いにも追手はそう多くはないようだ。圧倒的に地元の自警団員が多いので、動きはよくよく訓練された騎士団の騎士程には綿密ではない。
腕を怪我した仲間に手巾を放り投げると、血を落とさないように強く圧迫するよう身振りで伝える。脂汗が浮かぶ仲間はギラついた瞳で頷くと、強く握るように傷を押した。
城壁がない町は、事前に決めておいた経路で素早く退散する。
城壁があれば痛んで穴がある場所や、目立たない所に作っておいた小さな足場を出入りに使う。侵入と脱出の経路を確認しておくのも大切な事前作業だ。
少数精鋭で揃えられた盗賊団は出身も前職も年齢もまちまちだが、船漕ぎから盗み、そして表の家業である旅商人までを多彩に熟す。
軽業師も真っ青な身軽さで、小さな窪みにしか見えない足場を滑らかに登り降りると、事前に申し付けられた通り、次々と闇の中に消えていく。
幾つかの組に分かれ、別々に目的地へと向かうのだ。
怪我を負った男はどこから取り出したのか、細い布できつく腕を縛り上げると、汚れた掌を服の裏でふき取り、奥歯を噛み締めながら窪みに手と足をかけた。
痕跡は、出来得る限り残さない方が良い。
男は怪我をした者が登った後の窪みを注意深く見ては、血痕がないことを確認しながら、それでも念のために手のひらで堅い石と石を繋ぐ土の窪みを、念入りに擦り揉み込みながら登った。
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そして。何とか無事に城壁の外へ逃げることが出来た。
すぐさま馬で逃げるべきかと思案したが、数人ならともかく、集団で夜に馬を走らせているのもおかしかろうと断念する。怪しいことこの上ない。逃げ切れるなら夜の街道を駆け抜けるべきだが、鍛え上げられた軍用馬に敵う筈もないだろう。
先行して分散した団体は馬を使ったのだろう。繋いでいた馬がだいぶ少なくなっていた。何事もなく逃げてくれればよいが。
捜査を攪乱するためにも残っていた馬を放つ。軽く鞭をくれると、嘶いて走って行った。
蹄の音に気付いた自警団員たちが数人、走って行く。
少し離れた場所で野営の旅商人を装った方がいいだろうか。
それとも、冒険者の振りでもすべきか。
一緒に逃げることになったメンツを見ては高速回転で頭を働かせる。
旅商人であり、盗賊団のまとめ役でもある男は、足早に真っ暗な木陰に隠れながら思案した。
次回、再び舞台が主人公達に戻ります。
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