友人その一との再会 後編
「何で王太子付き騎士団がいるのよ」
拗ねたようにそう言うと、にべもない言葉が返って来る。
「一番暇だから、だ」
「…………」
アマンダがジト目でアンソニーを見た。
「……何でアンタまで出張って来てるの?」
「お前が呼びつけるからだろう」
盗賊団の捜査と解決、そしてサウザンリーフ公爵と事件解決と今後の予防についてのあれこれを折衝出来る人間を寄越すように、と進言したのだ。
お前なんて呼んでないと言いたげではあるが、文官として『エストラヴィーユ王国の若き頭脳』とまで言われるアンソニーの存在は心強いのは確かだ。
「じゃあ、何かしらの解答を持ってるんでしょうね?」
つんけんするアマンダに、フン、と鼻であしらう。
「読み通り、襲われた街はすべて商隊が立ち寄っていた。勿論、場所柄商隊なんぞ不思議でないのは言うまでもない。だが各所共通しているのは『スワロー商隊』だ。ここにも数日前に立ち寄っている」
スワロー商隊。ここ数年台頭して来た新興の商隊だ。
なかなか評判が良く、名前くらいはアマンダも聞き及んでいる。
品質の良い商品と手ごろな値段設定で知られており、諸外国とのやり取りもあると聞く。
とはいえ、過酷な旅商人は出入りも多いので、老舗もあるが新しい商人たちが入っては出て行くという印象の方が多いだろう。
「それと、確かに扉や出窓に書かれた模様は暗号だった」
「もう解ったのですか?」
驚いたように問いかけられたセレスティーヌに視線を合わせると、アンソニーは小さく頷く。
「簡単な暗号、目印だった。仲間内での目印なので単純化したものなんだろう。
『×』『△』『〇』はその時間帯……午前、午後、夜といった区分で侵入のし易さを示したもの。数字は所在人数。『ただの数字』が大人の数『/』のあとは老人の数、『点』のあとは子どもの数だ。つまり二/一.三は、制圧に手間取るだろう大人二名、比較的簡単な老人一名、子どもが三名」
先ほど書き記した紙を開いて瞳を落とす。
「……寺院近くの商店だな。午前と午後は『×=不可』、店に人がいない夜は『〇=可』、先ほどと同じで午前と午後が『大人二名』が常時店内におり、夜に『ゼロ』になるということだ」
彼はセレスティーヌの手元をのぞき込んでは、なんてことない口ぶりで言い切った。
「単純な暗号ですねぇ? これに気づいたお嬢様も、世帯に関する書類と模様を見比べたらすぐに解けた筈ですよ?」
ジェイがいつもの独特な話し方でセレスティーヌに笑いかけた。
アンソニーも、説明を聞いてすぐさま理解したアマンダも頷く。
そうだろうかと疑問に思いながら、セレスティーヌが順番に三人の顔を見る。
「……商隊も暗号も、君が気づいたのだったか」
アンソニーは興味深そうに言った後、お前は何をやっているんだと言わんばかりの表情でアマンダに向かって眉を顰める。アマンダは口をへの字にした。
「近くまで来ていたので、伝言を受けた後に夜通し馬を駆って来た。着いてすぐに隊を三手に分け、一つはここの被害状況の確認と調査、領民の保護と手当、周囲の探索などに動いている。後は周りを警戒しつつ残りの二つの街に派遣した」
「OK。いつもながら手回しがお早いこって」
(流石アンソニー。口うるさいけど仕事は早いわねぇ)
アマンダは憎まれ口を叩きながらも、指示したい内容を汲んで早急に動いてくれたことに満足すると共に、心の中で礼を言う。
「被害者に充分な対応を。勿論公爵には伝令を飛ばしてるわね?」
「恙無く」
どことなくドヤ顔のアンソニーに小さく頷いた。
「それと、カルロも来ている。既にヴェッセルの街に向かわせている」
「…………。でしょうねぇ」
苦いものを口にしたような表情で、アマンダは小さくため息をついた。
セレスティーヌはふたりを見比べた後、ジェイを見た。相変わらず彼はニヤニヤと笑っている。友人だというアンソニーの様子とアマンダの表情から、彼の想い人なのだろうと推測した。
「アマンダ様……」
「『アマンダ』!?」
アマンダの辛いだろう心情を思い、セレスティーヌが名を呼ぶと、ピクリとアンソニーの眉が反応しては、みるみると眉間に深い皺を寄せた。
(ま、まずい……)
アマンダはひきつったように微笑みながら、タラリと頬に汗が伝う。
「貴様……、どうして人の母親の名を名乗っている?」
今度はアマンダの胸ぐらを掴むと、ドスの利いた声で、こめかみに青筋を立てまくっては詰め寄っている。
「ほ、他に考えつかなかったのよ~っ!」
『アマ』まで口から出てしまったので、誤魔化す名前を考えた時、ついつい、なじみ深いフォレット侯爵夫人の名前が口を突いて出たのだった。
「このおかしな格好をやめろ!」
アンソニーはアマンダのドレスを引きはがそうとし。
「ぎゃー! エッチッ!!」
「誰もお前の筋肉まみれの胸板など見たくないわっ!」
「セクハラよ、セクハラ! ここに変態文官がいるわ~っ!!」
アマンダはアマンダで、はだけそうになるドレスを懸命に守死しようと、両腕で筋肉質な胸板を押えながら上半身を仰け反らせた。
セレスティーヌはびっくりしたように口に手を当てて、そんなふたりのやり取りを見ていた。
……もしかたらと考えていたのだが。
自国の唯一の王子と同じ名を持つ青年が、ちょっとだけ、もしかしたら王太子殿下本人なのではないかと思っていたのだが。
勿論、初めは同じ名前の高位貴族子息だと思っていた。が、短い時間の中で感じた、細かで様々な引っ掛かりを照合すると、些細な符丁がそう思わせたのだ。
王子の側近アンソニー・フォレットの登場に、決定的かと思ったが。
アンソニーのアマンダへの対応を見て、考えを改めることにした。
そんなお伽噺のようなことが、そうそう現実に起こる筈もない。
(……幾ら友人であっても、主である殿下に『愚』とか『お前』とか『貴様』とか、言わないでしょうしね)
そうなのだとしたら顔を掴んで潰そうとしたり、上から目線にすら感じる物言いだけでも問題だが、胸ぐらをつかむのはもはや不敬を通り越している。
側近としてのアンソニーと、肖像画でしか知らないアマデウス王子の関係がどんなものなのかは解りようもないが、少なくとも許される範疇を越えていると思う。
(殿下の側近であるアンソニー様とお友達で、自らも側近を持つ方なのね)
超高位貴族であることは疑いようがないだろうが。それは目の前のアンソニーも然り。
更には王太子付き騎士団を避けようとしていることから、アマンダか、お偉いさんだと言っていたアマンダの父が、騎士団の関係者なのであろうと結論付ける。
本人は騎士でも役人でもないと言っていたが……
もしかしたらアマンダ自身も、アマデウス王子の側近の一人なのかもしれない。
(…………。主と同じ名前って、何だかややこしくないのかしら……)
肖像画でしか見たことがない王子様は、やはり銀髪で黒い瞳の青年であった。かつて見たそれは、優し気な雰囲気の青年だったと記憶している。
同じ色味。なので、もしくは影武者なのかとも思ったのだが。影武者にしては体型が違い過ぎるし、役目をほっぽらかして勝手に傷心旅行をしていたら大変であろう。
そんな、セレスティーヌがあれこれ考えている中。ぎゃいのぎゃいのと喧嘩するふたりを、小柄な男はずっとニヤニヤしながら見ていた。
(…………。彼はアマンダ様の腹心の方じゃないのかしら)
セレスティーヌはジェイを見て首を傾げた。
「相変わらず、仲がいいですねぇ?」
「「全っ然、良くないっ!!」」
ふたりは今度は胸ぐらを掴み合ったまま、険しい顔でジェイに言い放った。