14 寺院のある街 前編
大きな教会は、丸みのある屋根が特徴的であった。
この賑やかな門前町に位置する教会は、実際は教会ではなく寺院と呼ばれるものだ。
教会は規模や使用目的などで、幾つかの名前に分類されている。
日常的な礼拝を行なう『教会』
規模が大きく宗教的な儀式が多く執り行われる『寺院』
そして、より大規模で司教など高位聖職者が執務をするための司教座のある『大聖堂』であるが。
しかし一般的には教会の大きさで何となく呼ばれていることも多く、聖職者たちならまだしも、一般的には曖昧に分類分けされ、誤用もされており、まあ昔からの呼び方で呼ばれていることが殆どだ。
観光地も兼ねている門前町はいつも賑やかではあるが、今日は早い時間にもかかわらず物々しい騎士たちが寺院の門を守り、怪我をした人たちが炊き出しを手に座り込んでいる様子が見て取れた。
「一足遅かったわね……」
見れば、扉が壊されて中がむき出しになっている店々が視界に飛び込んで来る。
ふたりは何も知らない旅行客を装い、周囲を不自然でない程度に見遣る。
そして壊れた扉の店先で視線を動かす。
真新しい謎の模様を確認すると、店先の小さな出窓の端に例の模様が書き込まれているのが確認できた。木枠は風化し、雨風に晒されて所々黒く変色していて、よくよく注意しなければ、きっと見逃してしまうであろう。
「×、×、〇、二、二、ゼロ」
他の店や家々を探せば、場所はまちまちだがよく見なければ気づかないような、目立ちにくい場所に記載されていた。
〇と×以外にも△や、数字は一桁で多くの数字がある。
点や/を打ち、数種類の何かを示すような数字もあった。
セレスティーヌは被害に遭った場所と記号たちを幾つか書き込むと、アマンダと共に寺院の方へ進んで行く。
金属の部分甲冑をつけた騎士団の人間に近づく。
「王立騎士団の騎士ね? 何でも屋に伝言をした者だけど。いつ襲撃があったの?」
そう言ったアマンダに呆気にとられると、まじまじとつま先から頭までを見ていた。
観察していた目線がアマンダの顔で止まり、訝し気にじっとりと見つめる。
昨日重要な伝言をしたこと――基本的にそれは、伝言者か関係者しか知らない筈だ。
躊躇する騎士に向かって、アマンダが凄みのある顔でニッコリと笑みを浮かべると、たじろぎながら腰を引いた。
「昨夜です。情報を頂き急いで駆けつけました。頂いた情報を確認したところ、幾つかの家屋や店舗に記号の記載があるのを確認いたしました。……ご指示いただいた通り、他の場所にも騎士をやりましたので、少数で参りまして……」
騎士はきまり悪そうに言葉が小さくなっていく。
王立騎士団の事務所に伝言したが、今日の今日で手配出来る人数も限られていたのだろう。ましてや複数の場所に散ることになる。
情報がどこまで正しいのか判りかねる中、取り敢えずは自分達で確認したのち、必要があれば事務所へ連絡するなり、出向き先近くの分所にでも応援を頼むなりと考えていたのだろう。
「記号のある家に確認と注意を促すために呼びかけたところ、賊に入られている最中でした。助けるために揉み合いになりまして……」
まさか窃盗の現場に遭遇するとは思わなかったのだろう。
手荒いことはしない……と言うとおかしいが、盗賊たちは必要以上に襲撃先の人間を傷つけることをしていない。とはいえ、自衛の為に武器の携帯はしているだろう。どの程度の実力なのかは判らないが、それなりに荒事も対応可能であろうことは言うまでもない。
「怪我をした者は?」
「幸い、領民たちは軽いかすり傷や打撲といった程度です。騎士団の騎士が戦闘中腕を切りつけられましたが、命に別状はありません」
セレスティーヌは痛々し気に顔を顰めたが、命に別状はないと知り小さく息を吐いた。
そこまで遅い時間ではなかったこともあり、賊は略奪よりも逃げることを重視したのだろう。大きな略奪が起こらなかった代わりに、まんまと逃げられてしまったらしい。
「寺院の一部を避難所として開放してもらっております。街の自警団と共に、被害に遭った領民の受け入れや手当、食事などを対応し、同時に被害の確認などを手分けしてあたっております。それと今朝、王都から調査の為派遣され合流した王太子付き騎士団が奥で統括にあたっています」
「…………」
王太子付き騎士団と聞いて、アマンダは嫌そうに顔を歪めた。
小さくため息をついて騎士に頷く。
「対応ご苦労様。疲れているでしょう。あなたの仕事を終えたら、ゆっくり休んで頂戴」
「はっ!」
手慣れた様子で労うと、騎士は敬礼をして持ち場へと去って行った。
まるで上官と部下のような淀みないやり取りに、セレスティーヌは銀色の瞳を瞬かせた。
「お知り合いの騎士様ですか?」
「ううん。全く知らない人よ?」
アマンダはきょとんとして首を振った。