アマンダ追い詰められる 後編
「私のせいで自由に動けないのですよね? 私、危なくないように致します……!」
「危なくないようにって言っても……」
はっきりとした物言いはするものの、根が真面目なセレスティーヌは基本、年上かつ目上の家のご令息……いや、令嬢らしいアマンダをきちんと立てて、日々過ごしている。
話し相手に所望されたこともあり気の張らない対応をしてくれているが、逆らうようなことは言わないし、しない。
アマンダの方が、もっと好き勝手言ってくれたらいいのにと感じているくらいなのだ。
それなのに。
集団窃盗事件など、軽はずみに触っていいものでもないのは解かっているのだろうに。どこか必死にも見える様子に、アマンダは困ったように眉を下げた。
「相手は玄人の窃盗集団かもしれないのよ。下手に関わったら危険なのは解るわよね?」
噛み締めるように諭すアマンダに、縋るような瞳を向けるセレスティーヌ。
(ちょっとチョット待って! アタシが可愛いモノ好きって知っててやってるわよね!?)
セレスティーヌにしてみれば、事実無根以外の何ものでもない。
誰かに媚を売るような性質の娘である筈もなく。
ただただ、ちょっとだけ小柄で、化粧っ気のない丸い瞳が、実際の年齢よりも幼く見えるだけである。
一生懸命、アマンダの説得を試みているだけなのであるが……
小動物のような、何かを訴えるような顔を向けられるアマンダ。
(ぐぬぬぬぬぬ……っ!)
厚い派手な化粧に彩られた顔が、厳つく歪められた。
うるうると揺れる、銀色の丸い瞳でみつめられるアマンダ。
(ぐうううぅぅ……っ!)
力の入った筋肉が筋張って膨張し、ドレスを引きちぎりそうになっている。
大きくため息をついた。
無駄な抵抗は、止めるのが一番だからだ。
「…………。何でそんなに? 他領の知らない人たちでしょう?」
「そうですが。被害に遭ったのは町の平民たちではないですか……」
貴人の屋敷は警備もきちんとしている。
一連の窃盗の被害はそれ程厳重な防犯設備のない商店や、簡単に侵入できる平民の家が殆どであった。
盗難をされれば身分にかかわらず怖いだろうし困るだろう。
それでも貯えや投資がある貴族や豪商などに比べ、町の平民は盗られた財が全てという人も多いことだろう。
「それに、今は大きな怪我をしている人はいないとはいえ、今後は解りません。もしも回避できるのならば、今すぐに対応をお願いしたいのです」
遅過ぎることはあっても、早過ぎることはないというセレスティーヌ。
思わず確かにと言ってしまいそうになるアマンダは、口をへの字にして銀色の瞳を見つめた。
******
セレスティーヌは毎日を一生懸命に生きる人たちが好きだ。
勿論貴族にだって善い人はいるし、平民にだって怠け者も悪い者もいるだろう。
だけど、身分の下の人間をさも当然のように蔑ろにする人や、社交にばっかりかまける貴族の姿に、どこか懐疑的であった。
それぞれの役割がある事も解るし、社交が貴族にとって大切な仕事の一環であることも解る。
だが高位の存在であると、人を踏みつけることにどこか鈍感になる。
踏みつけていることすら気が付かないということも、往々にしてあるのだ。
セレスティーヌが低位貴族であり、子爵家とはいえ、そう恵まれた家でもないことが余計にそう思わせるのかもしれない。
貴族としての矜持を持ち合わせてはいるつもりだが、心情的にはどうしても、平民のそれの方が近しく感じるのだ。
ダニエルのあれこれを隣で見てきたせいかもしれないとも思う。
「私、アマンダ様が領地や立場に関係なく、人々を気にかけて下さる姿がとても嬉しかったのです。……炊き出しでも怪我をしてる人たちの手当でも、私にお手伝いできることがあれば何でも致します。もし私が足を引っ張るために動けないのでしたら、大人しくここで待っておりますので、どうか領民の皆さんを助けてあげてください!」
そう言って深く頭を下げた。
出会ってからの話と見た目から、勝手に高位の騎士だと勘違いしているセレスティーヌは、心細いであろうサウザンリーフ領の領民たちのために懸命に対応を願っているのだ。
気の良い農家のお爺さんや、屈託のない子どもたち。
行く先々で親切に対応してくれる宿屋やお店を切り盛りする人々。
この数日の夢のように楽しい時間を過ごしたサウザンリーフ領の思い出。
ここに住まう人たちが、どうかこれ以上、悲しい思いや苦しい思いをしませんようにという一心であるのだ。
勿論、いたずらに行けばいいという訳でないのは解かっている。
対策もなしに行って、万が一にも巻き込まれて何も出来ないでは意味がない。
善良な人間が傷つかないように、対策をしてほしい。
(そして、出来ることなら自分にも手伝わせてほしい)
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反対に困ったのはアマンダである。
玄人の泥棒たちがどの程度の実力の持ち主なのか見当もつかない。
自分一人なら余程のことがない限り切り抜けられると思うが、セレスティーヌを庇いながら切り抜けられるかは未知数である。
(それに、この心配のしようと来たらねぇ)
約束を違えるような娘でないことは感じられるが、心配のあまり突飛な行動に出ないともいえないと思うのだ。
如何せん単身で実家を飛び出して来た、大変に行動力のあるご令嬢でもあるのだ。
宿屋に待機させておくにして、万が一、アマンダが怪我をして旅を続けられず、帰宅するようなことになってしまった時もどうするか。
一緒に帰って、客人として留まってくれるならいいのだが。多分よしとしないであろう。
気は進まないが、本当に侍女になってくれるでも、取り敢えずは構わない。
(『うん』とは言わなさそうなのよね……)
とはいえ、このまま放り出すのも忍びない。一人で旅を続けるように金を渡したところで受け取らないだろう。
更には自分の発言でアマンダに怪我をさせてしまったと、自身を責めてしまうのでもないかと思う。
(何でもなければ後処理その他は該当の部門なり、人間にしてもらうでいいけど……怪我をした場合よねぇ。戻って来れる怪我なら問題ないのだけど。ジェイに伝言しておくにしても、混乱を極めちゃうことになった時に、どの程度スムーズに対応出来るものか……)
ましてや、本当か嘘かも解らない人間の言葉に、セレスティーヌが素直に耳を貸すだろうか。
アマンダとの奇妙な二人旅も、本来ならおいそれと同行することなどしないであろうと思う。たまたま色々なことが重なって、勢いで流されたといえるだろう。
更には、アマンダが男であって男ではない(?)という条件があったからこそである。
(いきなりの婚約破棄に公証役人を呼ぶ機転が利くのだもの……)
無事に戻って来たとして、万一に備えるために色々話したせいで、その後ギクシャクしてしまうということも避けたい。
アマンダはセレスティーヌとの気兼ねなくも心地よい旅を、かなり気に入っているのだ。
妹のような女友達のような存在。
心無い婚約者に傷つけられた彼女に、心からの笑顔の日々を取り戻してあげたいと思う。自分との旅の時間で、悲しんだ分だけ癒されればいいのにとも思う。
彼が女性にこんな感情を持つのも珍しいのだ。
いつかは正体を明かすにしても、時期というものがある。もう少しお互いの距離が本当に近くなってからの方が良い。
少なくともまだ出会ったばかりの今ではないと思うのだ。
これは良く考えて話を進める必要があると、アマンダは逞しい腕を組んだ。




