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11 アマンダ追い詰められる 前編

「アマンダ様、少しお時間よろしいですか?」


 扉をノックの音と共にセレスティーヌの声がした。

 アマンダは報告書を重ねて裏返すと、二つに折り畳みテーブルに置いた。

 扉を開けると、固い顔をした彼女が立っていた。


「どうしたの? どうぞ」

「ありがとうございます」

  

 頭を下げて部屋の中へ入る。不自然でないように部屋の中を確認すると、促されて椅子に座る。


 初めの日は手配が追い付かず同じ部屋に寝泊まりすることになったが、それ以降は当たり前であるが部屋も別々である。

 女性の姿をしていても、一応は異性であるふたり。

 基本的に、不用意に部屋へは立ち入らないようにしているのであった。


 名目上、侍女兼話し相手として雇っているということになっているが、セレスティーヌが侍女の仕事をすることは殆どない。

 何もないのも気が引けるので、ドレスの手入れをする仕事をもぎ取った。髪はカツラを被るだけだし、食事も旅行をしている今現在、世話をする事などないのである。湯あみも自分で行なえる。手伝うと言われる方が困ったことになるだろう。


 初めは侍女らしいことをしようと思っていたセレスティーヌであるが、本当の女性ならまだしも男性のお世話をどうしたらいいのか見当もつかない。素直にアマンダに聞いてみたが、身の回りの世話をされる方が落ち着かないので今のままでよいと言われた。

 友人として一緒に旅行をして、一緒に楽しんで、食べて、語らうだけで充分に役割を果たしていると説明されたが。

 アマンダの偽らざる本心であるが、元々が勤勉であるセレスティーヌは納得していないようであった。


 

 お互い椅子に座り向かい合う。セレスティーヌは身長差の為に座ってもだいぶ上の方にあるアマンダの顔を見上げた。


「単刀直入にご確認させていただきますが。アマンダ様は盗賊たちを追っていらっしゃるのですか?」

「ん?」


 部屋の中に微妙な空気が流れる。


(ま~、頻発しているって聞いちゃったので気にはなっているケド……)


 確かに、念の為自身の密偵兼護衛であるジェイに状況を探らせてはいるが、追っているのかと言われると微妙である。


 確認したうえで一応、父親へと報告を挙げるべきだとも思ってはいるが。

 というか、取り急ぎ既にジェイに挙げさせたが。


 これだけの被害が出ているのなら、一度国の機関なりなんなりがきちんと調べた上、サウザンリーフ公爵と連携して対策を取った方が良いであろうと考えたからだ。

 今現在死者や重傷者は出ていないということであるが、今後も出ないとは言い切れないのだ。

 最優先は国民の命と安全。そして彼らの生活の安定である。


「どうして?」

「アマンダ様は、行く先々で領民たちの声を聞いていますよね」


 確信を持ってそう言った。

 セレスティーヌの口調は、確認をするというニュアンスではない。



 そう、アマンダは領民たちの気になる声を、色々と精査しているところがある。

 人間の不満や愚痴、希望に切望、絶望。その他、色々と日々の何気ない会話に紛れ込んでいるものなのである。


 それ以外にも、自分に対して物騒な人間が追いかけまわしてはいないか。セレスティーヌの追手が来てやいないか等々、おかしな格好でかしましく話し、ただ飲んだくれているだけではなく、きちんと状況確認もしながら進んでいるのである。


 宿を取るにしても然り。



「アマンダ様はフォルトゥナ領へ行こうとした私を、サウザンリーフ領にお誘いくださいました。予定は特にないと仰っておりましたので、本来はフォルトゥナでも問題はなかった筈ですが、敢えてサウザンリーフ領をお選びになった」

「ああ、それねぇ」


 全くもってそんな意図があった訳ではない。

 話を聞くに、勤勉で慎み深く生きて来たらしいセレスティーヌ。自然が一杯のフォルトゥナも勿論いいが、若者らしくドリームランドで目いっぱい楽しんで騒いで、スカッとした方が気が晴れるだろうと思っただけである。


 自分も以前にトロッコに乗って大声を出して、笑って、心が晴れたのを思い出したのだ。

 物事は単純である。


「何かサウザンリーフ領に行くべき理由があったのですよね?」

「いや、ナイナイ」


 疑問形を取っているものの、ほぼほぼ確信めいた言い方だ。

 アマンダは苦笑いをしながら右手を横に振る。


「確かに、父親がちょっと国のお偉いさんをやっているから、行った先で何か問題があったら調べて対応してもらうようにとは思っているの。だからセレが言う通り、ついつい行く先々の人が問題を抱えてやしないか、気になって聞き耳を立てているのは確かよ?」



 アマンダが失恋し、めそめそと泣き暮らしていたら、苦虫を噛み潰した顔で怒鳴り込んで来たのだ。

 ……怒鳴り込んで来きて、息子の変わり果てた姿(やせ細っていた訳ではない。……二日程飲まず食わずで泣いていたので、若干はやつれていたかもしれないが。念のため)に驚いて、しばし呆気に取られていた。


 逞しいはずの息子が、ご令嬢の姿(ガワだけだが)になっていたから。


 今思い出しても、アマンダを初めて見た時の父親の顔を思い出すと笑ってしまう。

 更に理由を聞いて白目を剥きそうになっていたのは無理もないだろう。使い物にならない程に憔悴している(心が)と思うと、嫌そうに顔を尖らせて言い放ったのである。


『そんなに失恋ごときでグチグチしているなら、外へ出て転がっている問題でも解決して来い! そして新しい相手を見つけて来い!!』


 確かに。

 泣き暮らしても、どんなに嘆いても現状が好転する訳でもない。


 するべき事だってあるのに……とんでもなく落ち込んでしまい、役目をおろそかにしてしまっていたのはよろしくないのも解かっている。


 ましてや随分と思い切ったことをやってしまったので、いきなり気持ちを叩きつけられた相手からすれば、迷惑以外の何ものでもないであろう。


(頭では無意味って解ってるけど。なんでだか、こうする以外どうしようもなかったのよねぇ)

 

 役に立たない状態なら自分の跡取りとして、様々なことを見聞きして見聞を広げて来いということと、何か問題があれば解決なり報告なり挙げて来いということである。


 ……失恋で心を痛めている人間に、容赦がない父親である。


 ついでに無理な恋に身をやつすくらいなら、心機一転、新しい恋をして元気を出すようにということであろうか。


 そんなに簡単に相手をとっかえひっかえ出来る程器用な人間でもなければ、出来る立場の人間でないという自覚はあるつもりではあるが。まあ、ものの例えという奴であろう。


 話を聞いて飛び込んで来た母親が、アマンダの姿を見て何とも言えない顔をしていた。そして、出来ることなら新しい相手は女性であると良いのだが……とも呟いていたのは聞こえない振りをしておく。



 別段アマンダの趣味趣向をどうこうと言う訳ではない……多少はあるかもしれないが。


 立場上、どうしても跡継ぎが必要であるため、出来ることならアマンダの子をということであろう。最悪どうしても不可能な場合は、親類縁者から跡継ぎを選別することになるだろうが……そうなると色々面倒なことは目に見えている。なので厄介事を増やさず、一番丸く収まる方法を模索するのは両親の『仕事』でもあるのだ。その辺はアマンダも承知してはいる。

 

 まぁ。いきなり女性の格好をした息子を前に、逆上しないのは大したものであろうとおもう。

 普段からおかしなことや変なことばかりを見聞きしてるから、緊急時のあれこれに耐性があるに違いない。


 命のやり取りやそれに準ずることに比べたら、女装や衆道(仮)な事など、何でもないのであろう。



「とにかく。純粋にドリームランドでパーッと楽しんだらいいかなって思ったのよ。他家のお嬢さんを預かってるんだもの、物騒な場所に敢えて連れて行こうだなんて思わないわ」

「……すみません。ちょっと気になることがあって、お話しをしておいた方が良いかと思いまして、つい。あの、本当にお仕事の邪魔をしてませんか?」

「全然。元々はアタシ、傷心旅行なのよ。何かついでがあったら報告を挙げろってことくらいで」


 でも、と付け加える。


「ちょっとここまで窃盗が頻発しているなら、事実確認が必要だと思うの。そして危ないから、今から違う場所に行った方がいいと思うのよね」


 ご令嬢であるセレスティーヌを危険に晒すことは本意ではない。

 既にジェイを通じて父には報告済みであるので、数日中に国の役人と騎士団がやって来るであろう。お偉いさんをしているアマンダの父親が、怠慢こいていないならであるが。


 ――意外にも仕事はきちんとしていると父を評価しているので、流石に寄越してくれると信じたい。


「本来ならアマンダ様が解決に向かわれるのですよね?」

「う~~~~ん? 行かないことの方が多いけど、場合によっては行くかもなぁってカンジかしら……」


 なぜだか、確信を持ったようなセレスティーヌの目力が凄いが。

 そんなことはないと言い難い雰囲気である。


(何をどんな風に勘違いしているのかしらねぇ……)


 アマンダはぶ厚いつけまつげが扇子のように揺れるままに、瞼を瞬かせた。


 騎士団の士気を上げるために、旗印的なあれこれで出張ることもあるかもしれないが……基本、アマンダの立場の人間は行かないのではないかと思う。


 お芝居や活劇小説なんかでは、びっくりするぐらいにすぐさま出掛けては自ら事件を解決しているが。大体、ちょいちょいそんな場所に気軽にやって来られても周りも困るだろう。きっとはっきり言って迷惑だと思う。


 実際にアマンダ自身が出張らなくてはならない場合は、もっと物騒な、かなりヤバい感じの時である。



「手紙とか伝令とか、まぁ適当に伝言するわよ?」

「適当なんて駄目です!!」


 セレスティーヌは眉をぎゅぎゅぎゅっと釣り上げると、丸い瞳を三角にして声を荒げた。

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