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   ナッツの街 後編

「そういやあ、またられたらしいな」

「最近多いなぁ」


 昼休憩なのか、仕事着のような簡素な服を着た二人組が食事をしながら話しているのが耳に届く。


「やっぱりそこそこ大きい町なのか?」

「ああ。一晩で一気に搔っ攫って行くみたいだからなぁ。集落や小さい村だと割に合わないんだろう?」

「無謀な殺生はしないっていうのが、救いっちゃあ救いだがな」

「まあなぁ……」



 どこかの町で大きな盗みがあったことが会話から解かる。


(『また』……?)


 悪いとは思ったが男たちの会話が聞こえて来てしまい、セレスティーヌはふたりの言葉を心の中で反芻した。


 エストラヴィーユ王国は比較的治安のよい国であるが、全く危険がないという訳ではない。

 だが、それにしても『また』と言われるほどに窃盗が頻発するほど国の政治が切迫しているとは聞いたこともない。


(サウザンリーフ領は豊かな領地だった筈だわ……外から来た人たちが盗みをしているのかしら)


 勿論豊かな領地だからといって、全員が豊かな訳でもないであろうことはセレスティーヌにも解かってはいるが。だが個人ならまだしも、大人数で窃盗をするような大がかりな集団が生まれるには、荒廃した領政や国政が引き金になることが多いと言われている。


 サウザンリーフ領に来て数日ではあるが、活気のある領内やすれ違う人々の表情を見ても、窃盗が横行する程に貧しくも疲弊もしているようには見えなかった。


 そしてアマンダだ。

 ホクホクした表情で枝豆の山に手を伸ばしているが、それとなく男たちの声に注意を傾けているのが解る。彼女には時折、人々を気にかけているというか動向を探るというか、そんな素振りが垣間見えることがあった。


 ご学友兼幼馴染兼側近の『彼』に失恋した傷心旅行と言っていたが、何か別の目的を持って旅行をしているようにも見えるのだ。


(…………。お役人とかなのかしら……?)


 密命を遂行するためというのならば、あまりにも目立ち過ぎる格好であるが。

 そこまで大げさなものでなくとも、旅行のついでに気になる何かを探るつもりでいるのかもしれない。もしくは、旅がついでということもある。


 貴族の全員が領地経営だけで生きている訳ではない。事業をする者もいれば官吏や武官となる者、他の貴族の家の使用人として暮らす人など様々である。

 二十三歳という年齢なら、立派に働いている年齢であろう。

 騎士を生業にする側近がいるくらいなのだ。アマンダ自身が位の高い騎士であり、側近や副官がいる立場だという可能性の方が大きいかもしれない。


(それならこの鍛え上げられた身体なのも、強いのも解るわ)


 ――女性の格好をしているが。


「嫌だぁ、コワイわねぇ」


 アマンダはそう言うと、大きすぎる身体をクネクネしながら出来る限り小さく縮めた。

 右と左に枝豆の莢を持ちながら、両手を頬につけるようにしてセレスティーヌを見る。立派な眉は、ハの字のお見本といわんばかりに下がっていた。


「私たちも女の二人旅だし、気をつけないとだわねぇ」


 ね? とアマンダは小首を傾げる。


「そ、そうですわね……?」


 はははははは。

 小さく顔を引きつらせながら、セレスティーヌはワンピースの肩をずり落としながら愛想笑いをした。


 ******


「ちょっとカバンをみててね。支払いを済ませて来るから」

「わかりました」


 一度店の前に出て荷物を地面に置くと、アマンダは再び店に入って行った。

 支払いをするためか、数名が会計場所に並んでいる。

 注文をする時に先払いをするお店や、食べた後にテーブルで済ませるお店。このお店のように会計する決まった場所で会計を済ませて店を出るタイプと様々だ。


「何か、盗みが多いんですってね~」

「そうみたいですね? 最近サウザンリーフも物騒になったっすねぇ?」


 先ほどの会話を思い出してか、会計に並ぶ見知らぬ男とアマンダが世間話をしている声が聞こえて来た。

 アマンダは人懐っこいところがあるため、知らない人にも気さくに声をかけたり、かけられたりすることがある。

 大きな荷物を抱えたおばあさんの手伝いをして、庭の木の実を頂いたこともあった。


「そこそこ大きい町が狙われるそうですよ? ここの町も過去に賊に入られたんすよ?」

「あら、そうなの!?」


 驚くアマンダの声が大きかったのか、女将さんが頷いた。


「そうなのよ。幸い金品を盗られただけで、酷い死傷者はいなかったんだけどね」

「まあ……。不幸中の幸いなんて、当事者しか言ってはいけないのだろうけど……」

「いいえ、確かにそうだわ。命あっての物種って言うものねぇ」


 女将さんは口篭もるアマンダに苦笑いで言う。


「何か変わったこととか無かったのかしら。そんな大がかりだと、きっと盗賊たちの下見とかあったんでしょう?」


 確かに。一軒二軒ならまだしも、何軒もの強盗を無計画にするとは思えない。


「多分……。でもここは街道沿いの宿場町だから、元々人の出入りが多いからねぇ」


 女将さんは困ったように首を傾げた。不用意に疑っていたら商売など出来ないのだろうことは、誰しも容易に想像がつく。


「ご馳走様でした! 美味しかったわぁ」

「まいど~」


 女将さんの歌うような声と共に、支払いを済ませたアマンダが出て来た。

 その後ろをさっきまで話していたのだろう、小柄な男が続いて店を出て来ては小さく会釈をした。


「じゃあ、お嬢さん方? 気を付けて?」


 独特な語尾を上げる話し方をする男だ。

 アマンダの性別への疑問なのか、癖なのか。はたまた別の意味なのか。

 セレスティーヌは小さく会釈を返す。

 にこやかに手を振るアマンダを見上げては小首を傾げた。


「……さっきの方、どちらかでお会いしましたか?」


 小走りで離れて行く男の後姿を見て、セレスティーヌはアマンダに顔を向けた。


「え、そう? ……どこかですれ違ったのかしら」


 いつもより多めに瞬きをするためか、黒いつけまつげがバサバサと風を起こしていた。


「まあ、よく居る普通の顔だったから、会ったことがあるように思えたのかもね?」


 確かに。素顔はハンサムなアマンダに比べれば、平凡なおじさんといった風貌であった。

そんなものなのかと思いながら、セレスティーヌは反対側に首を傾げた。


******


「ふう。セレったら、意外に抜け目がないわねぇ」


 無事に次の宿がみつかり、それぞれの部屋に分かれると、アマンダは大きくため息をついた。


(ジェイの奴、面倒だからって変装しないから……!)


 食堂で情報を伝えに来た隠密のジェイを思い起こして、心の中で口汚く罵った。


 ジェイとセレスティーヌが顔を合わせたのは、この数日で三回目だ。


 一度は王都で男に絡まれていた日。

 アマンダが拾ったご令嬢であるセレスティーヌの身の上を確認するため、情報を収集すべく食堂で隣に座っていた男である。平民の仕事帰り風の変装をして、座ってエールを飲んでいた男だ。


 アマンダをつけ狙う人間(色々な意味で)の可能性もなくはないため、ジェイとしてはアマンダに近づく人間の素性を、きちんと確認しておく必要があったからだ。

……まあ、どう考えても一番の懸念である暗殺の類には見えなかったが。


 貴族のご令嬢であることは一目瞭然なため、その真意を探る必要があったのである。

 女装をしてはいるがれっきとした男性であるアマンダ。

 その正体を知っていて付け入ろうとしているのか。はたまたその背後に生臭いこと(色々な意味で)を考える人間がいるのか。もしくは両方か。


 セレスティーヌの言っていたことは本当で、片田舎の子爵令嬢であることがすぐさま判明した。アマンダの素顔を見ても何も思い当たるところがない辺りも、本人が言う通り社交には全くもって関心がないということが浮き彫りにされている。



 二回目はドリームランドで。

 情報をやり取りするだけだったため、そのままの格好でアマンダの前に現れた。

 セレスティーヌが振り向いた時には顔を見ていないと思っていたが、目の端に捕らえていたのだろうか。


 

 三回目は今日の昼間。

 調べておいてほしい情報を受け渡すため、近くに接触する必要があったのだ。会計に並ぶのが一番自然だろうと前後に並び、無事に書類を受け取った訳だが。

 ついでに調べてほしいことを伝えるために世間話を装ったのだが、意外に勘の良いセレスティーヌが何かに引っ掛かったらしい。


(まぁ、バレてもいいんだけど)


 たった数日の付き合いではあるが、セレスティーヌは信用に足る人間であると思っている。


 これはアマンダが別段甘い人間であるという訳ではなく、本能的に感じることが出来る特技だと言ってよい。

 沢山の人間の様々な思惑に晒されて育ったせいか、その人間の善悪というのか、心根をなんとなく感じることが出来るのだ。


 その証拠に、何年付き合おうと一切心を許せもしなければ開けもしないという人間も少なからず存在する。


「とにかく、手札は多く取っておくに越したことはないからねぇ」


 無理にバラさずとも、自然に任せれば良いだろうと思う。


「奴にはちゃんと変装して来させないと」


 静かな部屋でひとりごちるが、ジェイが聞いていたら、着替える時間も惜しいくらいに扱き使うからだろうと言われるほどに王都とサウザンリーフ領を行き来させているのだが。それはまた別なのである。


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