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   ナッツの街 中編

 陽の光を存分に浴びて生茂る緑と青い空、真っ白な入道雲を追いかけるように伸びる夏のあぜ道を思う存分堪能すると、ふたりは街道へと戻った。


 宿場町で本日の宿を探すために、先を急ぐことにする。

 それ程大きな街ではないものの、道を行きかう往来は活気があった。


「セレぇ……宿を探す前に、どこかで休みましょうよ」


 ドレスが暑いのだろう、アマンダは小さな日傘を差しながら、げんなりした顔で言う。


 男性の貴族服もなかなか暑くはあるのだが、ペチコートが幾重にも重なったドレスは比べ物にならないくらいに暑いことだろう。


「そうですね。少し涼まないと、アマンダ様が熱中症になってしまいます」


 本物のご令嬢ながら、簡素なワンピース姿のセレスティーヌは心得たと頷いた。


「馬車以外の時には、ドレスではなくワンピースにされたらいかがですか……?」

「そうねぇ。ドレスが可愛いけど、ちょっと考えるわぁ」


 正装とまでは行かないものの、貴族のご令嬢として充分なドレスで旅をするアマンダ。

 夏真っ盛りであるのに、重いし暑くはないのかと疑問以外の何ものでもない。


(……重いのは、鍛練の一環なのかもしれないけど)


 相変わらずムキムキの筋肉を帽子の陰から横目で見ては、勝手に納得をするセレスティーヌであった。



 お互いに勝手なことを言いながら街道を進み、町の食堂をのぞき込む。

 女性の二人旅(一応)のため、あまりにもガラの悪い輩が多い場所は避けることにしていた。


「枝豆はあるかしら……」


 そんなことを言いながら、看板の文字と中の様子を交互に見遣る。

 本当に枝豆とピルスナーで一杯を楽しむと決めているらしい。


「塩茹でするだけで出せるので、この時期はどこの酒場にもあるのではないですか?」


 短時間で調理でき、その上高価でもない枝豆は手軽なため、この時期、お酒を扱うような店では殆ど取り扱っていると言ってよいであろう。


「セレは何が食べたい?」

「スイカ……でしょうか」


 甘くひんやりと冷やされたスイカのシャリシャリとした食感を連想し、セレスティーヌはホッと息を吐く。


 軽装ではあるものの暑いのは同じであり、炎天下を歩いた身体と喉を潤すべく、やはり冷たいものを欲っしていた。


 更にサウザンリーフ領はナッツだけでなく、スイカの産地としても知られている。


「スイカも美味しそうね……でも、ご飯を食べてからになさいよ」


 食が細くなりがちなセレスティーヌに、めっ! と軽く睨みを利かせる。

 セレスティーヌは苦笑いをしながら頷いた。


 苦笑いをしながら店に入る時に、入口の脇に置かれた小さな椅子の端に、小さな落書きが掠れているのを見た。子どもがイタズラで書いたのか。ナイショにしようと慌てて消したのか、それとも月日と共に風化して行ったのだろうか。微笑ましく思うと銀色の瞳を細めた。



「これこれこれ~♡」

 鮮やかな早緑色の莢からゆったりと湯気が立ち昇っている。所々に白い塩の結晶が見え、皿に載せられた籠に目いっぱいに山盛りにされた枝豆を見ては、アマンダは嬉しそうに両手を組んで左耳下へ寄せた。

 勿論、黄金色に泡立つピルスナーも添えられている。


 エールビールは常温で飲むことが主だが、苦みが強くてシュワシュワとした炭酸が弾けるラガービールはキンキンに冷やして飲むのが旨い。

 簡単に言って、暑い盛りには最高である。


 因みにビールはその製造方法――上面発酵・下面発酵・自然発酵――によって大きく三種類に分けられるが、ピルスナーはラガー(下面発酵)として分類されるうちの一つである。 

 エールの複雑な香りや深いコク、華やかな味もさることながら、夏場の暑い時期に一気に喉に流し込むラガーは、その冷たさもご馳走の一つであると言っても過言ではないであろう。


「カンパーイ!」


 ご機嫌にグラスを高く掲げると、一気に煽った。

 セレスティーヌはやはり冷たく冷やされた果実水を口にする。


「……プハーーーーーーッッ!! 生き返るぅ!」


 水資源に恵まれたエストラヴィーユ王国は、至る所に清流がある。

 夏でも冷たい清流を引き入れ、色々と有効活用している集落が多数あるのだ。

 日陰を留まることなく流れる水は余程ひんやりとしているのだろう。心地よい冷たさが渇いた喉と食道を通り抜けていく。


「美味しいわよ、枝豆」


 ニコニコ顔でいまだ熱い枝豆を口へ放り込むアマンダにつられ、セレスティーヌも一つ手に取った。躊躇なく口に運ぶと、ぷっちっと弾ける感覚と共に、丸い枝豆が口の中に飛び込んで来る。

 軽く塩味の利いた実を噛むと、強い甘みと豆の滋養に満ちた味とコク、そして未成熟の実独特のほのかな青い香りが広がった。


「……美味しい……」


 銀色の目を丸くして枝豆の籠を見遣る。

 子どもの頃は何度かこのようにして食べた事はあるが、大人になった今は料理の中に使われているものを食べるくらいだ。

 そんな姿が愛らしくて、アマンダは小さく笑みを零した。


「沢山あるからセレも一緒に食べて? それから一緒にスイカも食べましょう」

「枝豆にスイカ。何だか夏そのものを頂いているようですね」


 今が旬の食材を楽しみながら、涼をとり腹ごしらえをするふたりであった。

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