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10 ナッツの街 前編

 ユイットの町から殆ど出たことのないセレスティーヌであるが、オステン領を出て他領へ行くとなるとやはり浮立つものがある。


 インレットの町はドリームランドがあるために心躍ることは確かだが、王都の東の端とはそれ程離れておらず、他領だという気分も薄い。

 現在はそのインレットを出て、一路東へ進んでいる。

 サウザンリーフ領の中央部、やや北よりという所だろうか。

 だいぶ農地も多くなり、言葉の雰囲気も変わってきているように思える。


 馬車で行くか徒歩で行くか迷ったのだが、旅も始まったばかり。初めて見る景色を堪能したいとあって、ふたりはゆっくりと徒歩で進んでいた。


 急ぎ足で進めば半日ほどで着くだろう距離を、倍ほどの時間をかけて進んでいる。

 昨日も途中の宿場町で一泊し、まったりと自然の織り成す丘陵や、大小の町、そして夏の日差しを浴びてきらめく河川を眺めながら楽しんだ。そんな気まま旅なのだ。



「風光明媚なところなのですね」


 セレスティーヌが銀色の瞳を細めてそう言った。


「そうねぇ。ドリームランドみたいな先進的な場所もあるけど、基本的には長閑な領地ね。領主であるサウザンリーフ公爵もおおらかな方だから、領民にしても領政にしても、そんな感じがあるのじゃないかしら」


 アマンダは陽気で人の好いサウザンリーフ公爵を思い浮かべて頷く。

 土地柄なのかなんなのか、その土地を治める者と領民性は重なる部分も大きい。

 勿論全員が全員そうだと言うつもりはないものの、ひいては領政にも領民性が出ることは散見されるとアマンダは思っている。



 エストラヴィーユ王国は比較的暮らし易い気候に恵まれた土地であるが、その中でも南東部に位置するサウザンリーフ領は温暖な土地で知られる。花の栽培も多くなされ、四季折々美しい花畑を楽しめる土地。更には農業や酪農も盛んである。

 その上領の周りの多くを海に囲まれていることもあり、漁業もかなり盛んで豊かな領地だ。



 ふたりの目の前には青々と茂る畑が一面に広がっている。

 街道を一本ずれた畑の中の道を、ふたりはきょろきょろしながら歩いてた。


「これが全てナッツ畑なのですか?」

「そうよ。この辺はナッツの一大産地だから」


 眼下に広がる楕円形の葉っぱの群れを見ては、壮観さにため息をついた。

 よく見れば、あちらこちらに黄色い花が咲いている。


「ナッツの花って黄色いのですね! 初めて見ました」


 花の色こそ違うものの、スイートピーやエンドウ豆の花と似た形の花は、なるほど、マメ科の植物であることが察せられた。


「あの愛らしい花が土の中に潜って、美味しいナッツになるなんてねぇ」


 花が萎むと『子房柄しぼうへい』となって地面に刺さり、更に地中に伸びてはさやとなるのだ。


「不思議ですね」

「ほんとねぇ」


 ふたりはあぜ道にしゃがみ込むと、まじまじと小さな葉っぱと花を観察する。

 それらが密集したひと塊のナッツの株はもっさりと、なかなかの大きさとなっていた。


(引っこ抜くのも大変そうだわ)


 自分達が知らないコツがあるのだろうとは思いつつも、重労働であることには変わりない。ふたりして同じようなことを思うと、農作業をする人々を見ては心の中で礼を言った。


「こうやって地道な作業をしてくださる方々によって、日々の暮らしが支えられているのねぇ」

「そうですね。農業だけでなく、ドリームランドや他の産業にも言えることですが。それぞれの分野で沢山の方の知恵と努力によって、今日があるのですね」


 しみじみと呟くアマンダに、同じようにしみじみとセレスティーヌが返す。


 アマンダは見ればこう、とってもキテレツな格好をしている青年――オネエ――であるが、非常に心根の優しい、そして良く気の利くオネエであるのだ。


 その身分を隠してはいるが、どこかの超上流高位貴族であることは間違いなく、常に下々のことを気にかけては感謝の念を漏らしている。とってもよき上位者である。

 彼というか彼女というか……アマンダのような為政者が治める地に住まう人々は、きっと幸せなことであろうとセレスティーヌは思う。


 自分の元婚約者であるダニエル・レイトン伯爵令息とはえらい違いである。

 片や大領地(多分)の令息……令嬢?、片や地方代官の令息であるが。


(……感謝どころか、無理難題を吹っ掛けたり威張り散らしていたものね)


 町の人へ口汚い言葉を投げつけたりと、ダニエルの目に余る所業を諫めたときは、怒鳴られた挙句殴られそうになったこともあった。

 流石に周りの人間が止めに入ったが、ふたりっきりだったら間違いなく叩かれていたことだろう。

 

 比べるのも烏滸がましいと思いながら、セレスティーヌは小さな黄色い花にそっと触れた。

 花はふるふると花弁を揺らしてふたりを見上げている。

 どこかしんみりした空気を察したのか、アマンダが小首を傾げながら言う。 


「こんなに豆の花ばかり見てると、なんだか枝豆の塩茹でが食べたくなるわねぇ」


 ナッツと枝豆では似て非なるものであるが……秋に収穫されるナッツは今花盛りであるからして。つまみには今が旬の枝豆を食べたいということなのだろう。


 大きな身体に比例するかのように、気持ちの良いくらいの健啖家である。

 その上お酒好きだ。

 弱くはないものの、そこそこに強いという程度のアマンダは、なんやかんやで晩酌が好きなようであった。

 飲酒がほろ酔いに酔った気分を楽しむものなのだとしたら、きっと酔える人間の方が酒を好むのであろうと思う。


 対して、セレスティーヌはそれ程酒が好きでもないということに気が付いた。

 別段嫌いでもないが、お茶やジュースなど他の飲み物で充分である。ときには苦過ぎたり辛すぎたり、変な臭いがしたりするものは苦手とすら感じることもあるのだが。


 ところが酒の強さからすれば、断然セレスティーヌの方が強い。

 はっきり言って酒豪なのである。それも酔ってからも飲めるタイプではなく、全く酔わないというガチ強タイプなのだった。


 ふたりが初めて飲んだ時も、てっきり酔ったからこそぶっちゃけだしたと思ったのだが。

 酔ってなどおらず、段々と腹が立ってきただけのことだったのである。


 いくら飲んでも酔っぱらうことはなく、二日酔いにすらならない……生真面目な姿に隙が見えるような、ちょっと酔ったセレスティーヌが見てみたいと思ったのはナイショだ。


 底を知っておいた方が良いともっともなことを並べて飲み比べをしてみたが、反対にアマンダが酔いつぶされた。

 あまりの飲みっぷりの良さに周囲のテーブルを囲んでいた男たちも飲み比べに参戦したが、ことごとく潰されて終わったのである。


 翌朝、酒臭い男たちの屍が宿屋の食堂兼酒場に転がっていたのであった。

 セレスティーヌは、その宿で『歴代飲んだくれ一位』の称号を手にした。固辞したが突き返された。いらないのに……

 可愛い見た目に反して、とんでもない酒豪だと悟ったのは言うまでもない。


「お酒はほどほどにしないとですよ?」


 セレスティーヌが笑いをかみ殺したような顔でアマンダに言う。


「わかってるわよぅ」


 紅く色づいた唇を尖らせると、恨みがましそうに年下のセレスティーヌを見遣った。

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