夕焼け空 後編
「面白かったわね!」
満足そうに笑うアマンダに促され、お土産売り場へと向かう。
「セレの家出記念に、何か気にいったものがあるといいわねぇ」
旅の途中のため、あまり嵩張るものは邪魔になってしまうであろう。
店の中を物色すれば、ドリームランドのマスコットである赤いイヌを模した人形や刺繍を施した布小物、そしてサウザンリーフ領の特産品や園内で作ったバターを使ったお菓子などが、所狭しと並んでいた。
普段使い出来るものが良いだろうと、マスコットのイヌが刺繍されたハンカチを二枚手に取る。一枚は旅に誘ってくれたアマンダに渡すためだ。
そして足早に店内を見渡すと、綺麗なガラスボタンが目を掠めた。様々な青色がモザイクのように入り混じるボタンは、まるでサウザンリーフの海のような。
無意識に微笑むと、それも手に取る。
外へ出れば、既に夜の帳が下りていた。
至る所に吊るされたランタンに明かりが灯り、熱に浮かされたように人々のざわめきが大きくなる。不思議な景色を見るような、夢心地のような。セレスティーヌも浮かされたような様子で頭上を仰ぎ見た。
「夜はドリーム城から手前半分だけ開園しているんですって」
食事やショーに観劇、サーカスやお土産売りなど。『いつもとは違う大人時間』がコンセプトらしい。
頷こうとした時、軽快なメロディが流れてくる。思わず音が流れてくる方向に顔を向けた。見れば、煌びやかな衣装を着た踊り子や、赤いイヌとその他様々な動物の扮装をした人達が、ランタンを片手に軽やかに踊り舞う。
揺れる火の赤と、様々な色ガラスを通したランタンの描く柔らかな光の線が残像となり、闇と幾つもの光がコラージュしたかのように夕闇を彩る。
夢の国――ドリームランドには色々な側面がある。
楽しい、ドキドキする、感動する、平民が一時お姫様気分を味わう、そして幻想的。
どこを切り取っても、誰かにとっての『夢の国』
どこか知らない国に紛れ込んでしまったかのような感覚に、セレスティーヌは、夢見心地でパレードに視線を釘付けたまま呟く。
「……綺麗……」
心から発するような掠れた声に、アマンダは瞳を細めた。
「フレイムパレードね。ドリームランドの夜の名物よ」
踊り子たちが薄布を翻しながら暗闇を練り歩き練り踊る。
来園者と帰宅者に向かい、微笑み舞いながら手を振る踊り子たち。
「……名残惜しいのなら、もう少し居る?」
明日の朝、新しい場所に移動するのだ。身体を休めるためにあまり遅くならないようにとふたりで決めたのだが。
とはいえ急ぐ旅でもないし、数日、インレットの町で過ごしたところで問題はない。
アマンダとしてはセレスティーヌの好きなようにして構わないと思っているのだが、肝心のセレスティーヌの方は首を横に振った。
「いえ。他にもまだまだ素敵な場所があるかもしれませんから」
それに、と思う。
「ほとぼりが冷めるまで、早く王都から距離を取った方がいいと思います」
いつ追手が来るかも解らない。
悪いことをした訳ではないといえ、暫く故郷の人間とは顔を合わせずに過ごしたいのだ。
「そう。了解!」
アマンダはにこっと笑うと、頷いて宿へ帰ることにした。
……時折、楽しむ人の声に紛れて聞こえる物盗りの話。
近隣の村でも大がかりな泥棒に入られたという話をしている人々がいた。
泥棒は一日中活動しているとはいえ、闇に紛れる夜に行動することが多いだろう。
「最近は物騒なことも多いから、女性のふたり歩きは危険だもの。早く帰りましょう」
「…………。はい」
セレスティーヌは何か言いたげな顔をしたが、黙って全て飲み込んでは頷いた。