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37 未来へ・後編

こちらで最終回となります。


 凪いだ海を商船が滑るように進んでいる。


 夜明け前の、ほのかに明るくなり始めた船上。

 薄い霧がかかった視界に、黄金色の朝焼けが広がり始める。


 早く目覚めた男は甲板へ出て、読み終わって誰かが放り投げて置いたのだろう新聞の文字を熱心に追っていた。

 どこかの港町で買ったらしい新聞の片隅にある、西の小国の冤罪騒ぎの短い記事だ。


 それにしても、と思う。


(……東の国の、エストラヴィーユ王国の王太子は、どうして今頃、他国の、取るに足らない弱小貴族の冤罪などを調べさせたのだろうか)


 男は首を傾げながら、新聞から顔を上げた。

 勿論概要は判る。


(しかし、そうじゃない。それだけじゃないはずだ)

 記憶は何も残ってはいないはずなのに、妙に気にかかる。


 男は再び新聞に視線を落とした。

 記憶をなくしても文字は読めるようだと苦笑いをしたのはいつだったか。


 もう三度程読み直して、新聞を畳んだ。

 何度記憶を浚っても、西の小国も、エストラヴィーユ王国も思い出せなかった。


 そしてズボンのポケットへ手を入れる。指に硬い金属が触れた。かなり堅い金属、多分強度を増すために合金で作られているものだ。

 拾われた時に持っていたという、型のような印章のようなものだ。

 裏側にあたる部分は見当たらず、片方だけ。……元々なのか、流されたのか。


(片手落ちってやつか)


 精巧な、エストラヴィーユ王国の金貨と同じ図案が模られている。

 片側だけのそれを見た船乗りの誰かが、金持ちにでもなるお守りかと揶揄って笑ったが……

 それを掴むと、一度視線を落としてから、凪いだ海に向かって投げた。


 男は名も年も、いまだ何もわからない。


 深く刻まれた皺の目立つ顔に朝日が照り付ける。

 夜明けだ。


 男は若い船乗りに、海で亡くなった彼の父親の名前を聞こうと思った。


******


 朝日に光る何かを見つめながら、アマデウスは北へ五キロ……と心の中で繰り返す。


 占い師はなにゆえアマデウスが探しているものが解ったのであろう。


 不思議に思うが考えたところで解るはずもなく、その件については放棄することにした。

 ……自分たちに危害を加えるものではないということは何となくわかるので、放って置いても問題はないであろう。


 ……微かに曾祖父の陰がちらつく気がするが、面倒なので知らない・関わらない一択である。


 それよりも、目当てのものをちゃんと探し出せるのかの方が目下の課題である。

 どういう訳か自分たちの居所も探し当ててくるくらいなので、渡された情報もきっと確かなものであろう。


(どんな花なのかな)

 図鑑で見た挿絵は、確か、五弁の小さく控え目な花であった。

 

 ――お互いの髪と瞳は銀と黒なのだ。全く逆の配置ではあるが、それが却って対であるように感じるのはアマデウスが恋愛脳に染まり切っているからなのだろうか。


 宝石はまだしも、黒い花は縁起が悪そうで、花言葉も怨念めいた言葉のものばかりであった。

 どう考えてもプレゼントには不向きであろう。

 銀の花は見たことがなかったため、いまだ気になる人や愛する人に渡す自分色の花束とやらを贈れずにいるのだが……


 しかし離島のある島に、透明の花弁を持つ花があると、子どもの頃に図鑑で見たことをふと思い出したのだ。

 その花は陽の光なら金に、月の光なら銀に光って見えるらしい。


(月の光を受けて銀に光る花なんて、セレにぴったりじゃない?)


 アマデウスはその幻の花を見つけて見せること、更には可能であれば持ち帰り、王宮の庭に植えることを今回の視察の(己の)最大命題に課していたのである。


 その隣で、やはり朝日を反射する何かを見ては首を傾げたセレスティーヌが、放物線を描きながら海に落ちるさまを目で追っていた。太陽を反射していたので、金属かガラスかであろうか。


 船乗りがわざわざ海にゴミを捨てはしないだろう。

 ……大切な何かを海に還したのであれば問題ないが、万が一にも間違えて落としたなら、こんな沖では回収するのも無理そうである。

 

(……大切と言えば……視察に出ると伝言するのを忘れていたわ!)


 黒い髪を風に靡かせながら、ジュリエッタに黙って出てきたことを思い出した。

 急であったため仕方がないとはいえ、心配性兼知りたがり屋なジュリエッタの、大群の弓兵から放たれる一斉の矢のような、実にかしましく様々な言葉を連想しては……とりあえず手紙を書こうと心に決めた。


「……ねえ、セレ。離島に着いたら一緒に行って欲しいところがあるのだけど……」

「はい、勿論です!」


 身体のデカさに似合わずおずおずと確認するアマデウスに、任せておけと力強く胸を叩くセレスティーヌ。


「さあ、腹も減ったし朝飯にでもしましょうや?」


 ジェイが、潮風に向かい何やら考え込んでいた主人とその想い人に声をかける。

 なぜだか語尾が疑問形の、相変わらずのんびりとした陽気な声だ。

 そんな声に触発されてか、アマデウスがセレスティーヌに楽しそうな旅程の提案をする。


「せっかくの視察旅行なんだし、時間外はその土地の美味しいものでも食べましょうよ」

「いいですね~! ……でも、大丈夫なんですか?」

「仕事中でなければ大丈夫よ! 初めに視察予定のメガロ・ネーソスは……やっぱり海鮮かしらね?」

「確か、カメリアが有名なんですよね? 種子から抽出した油が髪にいいとか……」


「実はカメリア油、食用にもなるらしいよ!」


 皿を運ぶカルロが誰かから聞いて来たのであろう、受け売りな情報を挟んできた。

 ……半年後に結婚式が控えているため王宮に残るようにとアマデウスに言われたが、ふたりの行動にハラハラするのは御免と同行することにしたのだ。


「肌にもいいらしいな。薬用に使えるかもしれん」


 スープの入った皿を両手に持ちながらアンソニーが付け加える。


「手伝います!」


 それを見たセレスティーヌが、慌ててジェイの所へ駆け寄った。

 その後ろを転んだら受け止められるよう、アマデウスがゆったりとついていく。


『うきゅ!』

『わん!』


 キャロはレトリバーの隣に用意された自分の席へとつくと、お行儀よく小さな手を膝に乗せた。

 ミミズクはマストに寄りかかってはウトウトと静かに船を漕いでいる。


「何だか楽しみになってきたわね」

「はい!」


 そう言うとふたりは、顔を見合わせて破顔した。


 果たして、アマデウスは無事に幻の花を手に入れられるのか。

 セレスティーヌはまたまた大がかりなテコ入れ改革を発案するのか。

 アンソニーがそれらを、光の速さで各所に怒涛の仕事量を分散するのか。

 カルロは結婚式までに王宮へ帰ることが出来るのか……


 そして今度こそ何事もなく、のんびりまったりと視察旅(?)を過ごすことが出来るのか。

 はたまたその先の先の未来、ふたりはめでたく結ばれるのか……


 水晶玉に映った未来を見て、占い師はひとり何処かで微笑む。

 今後紡がれる楽しくて幸せに満ちた出来事たちは、今はまだ、ほんの少しだけ未来のことだ。


 様々な未来を乗せて、凪いだ海を船が渡る。

 幾つもの思いと人生を乗せ、商船と専用船が遠くすれ違っては、小さな白波をたてた。


 人生は、時に前途多難。

 しかし彼らの進む未来は前途洋々であると、再び凪いだ海が言った気がした。 


お読みいただきましてありがとうございます。


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少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。


長きにわたりお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました!

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