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37 未来へ・前編

 夜明けの港町はうっすらと霧に包まれていた。


 客船で行くべきか迷ったが、少なくとも初めの島には早く向かった方が良いだろうとまとまり、専用船で向かうことになったためこんな時間だ。

 専用船と言えば聞こえはいいが、多数の護衛を引き連れて行くわけではないので、ひと目で中央の船とは解らない、漁船を改造した小回りの利く船である。


 海の朝は意外に早い。荷物の上げ下ろしをする商船、荷物を抱える屈強な男たち、漁へと出る、そして入れ替わりのように帰って来る漁船。


 そんな雑多に行きかう人の波間に、ふと違和感と気配を感じて、セレスティーヌが振り向いた。


 視線に先には、いつかの占い師がぽつんと座っていた。マロニエアーブル領で出会った時と同じ紫色のローブを纏い、シワシワの手を水晶玉の前に置いている。


(こんな時間にこんなところで、お客さまなんて来るのかしら)


 商売をするにはまるで向かない場所だ。客船の乗客が暇を持て余している時間ならまだしも、こんな早朝に悠長に占いをしてもらう船乗りたちはいないであろう。

 

 セレスティーヌは周囲を見渡して首を傾げたが、すぐさま考えを改める。


 お客を待っているのではない。彼女に気づく者がいれば声をかける。

 もしくは占い師自身が用があるかどうかなのだろう。


 現に港を行き来する男たちは、みな、まるで占い師の姿など無いかのように一瞥もしない。

 きっと見えていないに違いなかった。


「……アマンダ様、見えますか?」

「どうしたの?」


 注意するまでもなく自然にアマンダと呼ばれ、複雑な表情を浮かべたアマデウス。

 この格好をしている以上それが正解であるのだが、なんとも。


 そんな葛藤を取り急ぎ隣へ押しやり、セレスティーヌに促され指差す方向に視線を向ければ、いつかの占い師が座っているのが目に入る。


 久々にアマンダの姿になったアマデウスの肩に乗るキャロは、初めて見る占い師を不思議そうに見ては、小首を傾げた。


『うきゅ?』

「目を離した隙に消えた、不思議なお婆さん……」


 占いをゴリ押ししてきたなかなかの老女であったので、アマデウスも覚えていたのであろう。

 ふたりは頷いて、静かに近づいた。


 気配に敏いらしい占い師が、ゆっくりと皺が目立つ顔をあげる。


「おや、アンタたちかい。『ちっこいやつ』は無事にみつかったかい?」


 意味ありげに笑う占い師の顔を、ふたりと一匹がみつめる。


 ちっこいのとは具体的に何なのであろう。


 キャロなのかコリンなのか。

 それとも事件解決の糸口になった彫師から受け取った巾着なのか。

 はたまた紳士の目くらまし(?)に使ったフォレット家の秘薬なのか。


 それとも、もっと別のなにかなのか。


「……みつかったのかどうかわかりません」


 少しだけ困ったようにセレスティーヌが返すと、占い師は意外そうに眉をあげた。


「へぇ、そうかい? ……まあいいさ。いずれ気づくかもしれないし気づかないかもしれない。アンタたちにとってイイ風に向かっていりゃあ、別に問題はないからね」


 そう言うと、クククと笑った。


「それに、アンタたちに新しい啓示が出ているねぇ」


 新しい啓示。


 占い師のなんだか不吉な(?)言葉を聞いて、ふたりは再び顔を見合わせた。


「……聞くかい、と言いたいところだけれど、今回は自分たちで答えを出すのがいいだろうねえ」


 ククク、と占い師は相変わらず薄気味悪い声で笑うと手を払った。


「おい、ふたりとも、船に乗るぞ!」


 アンソニーの呼びかける大きな声に、ふたりは再び顔を見合わせた。


「良い啓示?」


 早口で確認するアマデウスに、占い師は


「まあ、そうだね。この前のように危険を伴うようなことにはならないよ……とにかく忙しくなるねえ」

「ふうん。悪くないならよかったわ」


 頷いた占い師に、アマデウスはそっと銀貨を一枚差し出した。


「……毎度あり。ついでと言っちゃあなんだが、アンタの探しモンはアンタが思うより北へ五キロだよ」


 そういってククク、と笑った。


 業を煮やしていそうなアンソニーのいるへ向かいながら振り向くと、濃い霧が立ち込めて占い師のお婆さんの姿が見えなくなった。


「……忙しくなるってどういうことでしょうか」


 青い顔をしていた父親であるタリス伯爵の顔を思い出して、セレスティーヌが顔を曇らせた。

 アマンダの姿をしたアマデウスが腕を組む。


「そりゃあ、いろいろあるだろうけど。今の状況だとまず間違いなく……離島関連じゃないかしら」


(馬車の中ではいつも通りの口調だったけど……)


 すっかりアマンダに戻っているアマデウスを見て微笑んだ。

 数か月のブランクもなんのその。ドレスを着て巻き毛のヅラを被れば人の目もある場合、オネエ口調に戻るらしいと、セレスティーヌは感心した。


 そして心の中では、セレスティーヌが何やら引き起こすことでも思っているのが丸判りだ。

 あれこれと引き起こしているのは、決して自分ばかりではないとセレスティーヌは思うが……とはいえ、そんな変化や出来事を楽しんでおり、一緒に育てようと行動することを喜んでいる様子も見える。


 外見など関係なく、優しく強い。

 頼れる上司であると共に、時にオネエさんでもあり。


 更に新しい関係性が加わろうとしている、そんな予感がする。


「まあ、楽しいし、みんなの為になるんだからいいんだけどね!」


 にぱっと笑う顔を見て、セレスティーヌも微笑んだ。


 不安はない。

 なによりも誰よりも、セレスティーヌの全てを受け止めてくれる人物であるからだ。それは間違いない。


 どんな自分も受け入れてくれるように、セレスティーヌにとって、アマンダもアマデウスもすべてまとめて、かけがえのないひとりである。

 きっと一生、互いを大切にして思い遣ることが出来るのではないかと思う。

 そんな予感と確信がした。


「……セレ?」


 ドレス姿のまま名前を呼ばれると、あのまま今も、一緒に旅を続けているのではないかと錯覚しそうになる。



 一方、いろいろと心配したアマデウスがセレスティーヌに大丈夫なのか確認をしたが、杞憂なようであっけらかんとした回答が返って来た。


 忌避するどころか乗り気ですらあり、「一緒に旅をしていた頃のようで楽しみ」とか、「なぜか落ち着く」とまで言われ、どこか釈然としないまま女装をして移動することになったのである。


(アンソニーは「海賊が」とか、「人攫いが」とか、面倒な奴らにバレないようにとか適当なことを言っていたけど……)


 確かに、そういった悪党に王子と身バレし難いという配慮の側面もないでもない。

 普通に男性の格好をしていたのでは、判る者にはわかってしまうわけで……さすがにアマデウスと女装が結びつくことはないだろうという迷惑な意見が採用されたのである。


 せっかく各地を見て回るなら、バレない方がいろいろと都合がいいこともあるというわけだ。

 離島へ上陸した際にも、男装と女装を使い分けることになるのだろう。


 とりあえず、アマデウスは確信を口に出す。


「……だって、きっと既にいろいろ考えがあるわけでしょう?」


 話が出てからセレスティーヌは、すぐさまアマデウスやアンソニーに離島の状況を質問しては地図を見、何やら考え込んでいたのだから。


「まあ、現地を見てからでないと何ともいえませんが……人が来ないなら人が来るようにすればいいわけですよね? お医者様がいないなら、お医者様がいるような状況にすればいい」

「……まあ、それはそうね」


 簡単に言うが(いや、簡単には考えていない……と思うが)、遠く離れた離島にどうやって人や医者を呼ぶというのか。


 いろいろと好条件を提示すれば頷く人間もいなくはないが、長く続けてもらうのは条件だけではないのも確かで、それなりに大変である。


 すぐさま内容を確認したいところであるが、セレスティーヌ本人は見当違いなことを言わないよう、いろいろと現状把握をしてから提案したいらしい。


 ……とんでもない壮大な計画が飛び出してきそうで、アマデウスは冷汗を流すタリス伯爵を連想し、とりあえず心の中で謝っておいた。



 霧はすぐさま晴れた。

 そこで会話を一時止め、ふたりと一匹は後ろを振り返る。


 忙しそうに荷物を運ぶ船乗りたちが行きかう、いつもの港の風景だ。


『……うきゅっ!?』


 しかし、いるはずの占い師が先ほどの場所にいないことに気づいて、キャロは大きな鳴き声をあげた。


 そしてアマデウスの肩から降りると、一目散にさっきまで占い師が座っていた場所に走り、キョロキョロと辺りを見回している。


「……あのお婆さん、一体何者なのかしらね?」

「……解りませんが、もしかしたらですが、身のこなしから言ってジェイさんやセブンさんと同じ職業の方ではないのでしょうか?」


 あり得なくもない選択に、アマデウスが眉を寄せた。


「やだ! それにしても隠れるの早過ぎない? 誰の差し金かしら」

「見守ってくださっていることは確かなのでしょうか……?」


 ふたりと一匹で首を傾げたところに、カルロが走って来る。


「ちょっとちょっと、ふたりとも! 早くしないとアンソニーの説教が始まるよ!」

「それは面倒ね! 急ぎましょ」


 嫌そうに顔を顰めるアマデウスに、セレスティーヌは苦笑いをしながら頷いた。

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