36 次の一歩を・前編
離島から、医療をはじめとした格差問題について話が出ているらしい。
目の前に置かれた紙束を見て、アマデウスは観念したような声を出した。
「確かに……船でだいぶかかる場所にあるからなぁ」
「改めて見ると、随分離れた場所にあるのですね!」
地図をのぞいていたセレスティーヌが感心したような声をあげた。
エストラヴィーユ王国には幾つかの離島も含まれている。
隣の国へ行くよりも遠いある場所にあったりもするのだが、紛れもないオステン領である。
「島民の数はそんなに多くはないうえ、島と島は離れているしね」
もちろん出来る範囲で改善も対応もしてはいる。
とはいえ、物理的な距離はどうすることも出来ず、手をこまねいている部分も大きい。
「普段はフォレット家の薬を卸しているが、そう頻繁に行ける距離でもないし、薬では対応できない怪我や病もある」
アンソニーはため息混じりに腕を組む。
(そうか……医療関連の実権は、フォレット侯爵家が持ってるのか……)
さすが、どこにでも隙あらば食い込んで行く姿勢はフォレット商会らしい。
「困っていることを直接訴えたいこともあるのだろうが、王国内の各領を回ったこともどこからか伝わったらしく……是非離島も視察して欲しいとのことだ」
「なるほど」
そう相槌を打ちながら、アマデウスは頭の中で地図を思い浮かべた。
縦に長く点在する島々。最南端は南国といっていいほどに気候も温暖であった筈だ。
「行ける機会に行っておくのはいいと思うが……いったいどのくらいかかるんだろう?」
「期間を設けたり、訪問数を決めて、他はまた後日にしてもらうとかの方法はあるが」
とはいえ、なにか理由がない限り同じように訪問する方がベストであろう。こちらを慮ってくれる人間も多いが、不平不満を持つ者が全くいないわけでもない。
「出来ればタリス嬢にも同行していただきたいのですが」
アンソニーが珍しく、若干の遠慮と気遣いの表情を見せた。
旅から帰ってそれ程でもないセレスティーヌを、長旅に連れ出すことに気が引けているのだろう。
更にセレスティーヌを連れて行けば最後、きっと改善策を考え付き、タリス伯爵の仕事量が増えるという懸念もしていた。
「承知いたしました。ご迷惑にならないようでしたら、是非同行させていただきます!」
ふんすふんす! そんな鼻息が聞こえてきそうなほどに気合の入った表情で頷く。
異変を感じてか、部屋の隅で大人しくしていたキャロが、セレスティーヌの側に近づいてくる。
「時間が無いのと大挙するのも迷惑なので、軽装備で行く予定だ」
本来王族の移動には厳重な警備が必要だ。向こうの依頼で行くとはいえ、重装備な騎士やお付きの人間が大挙するのは厳しいであろう。
……そういった側も込みで受け入れるのが必要な場合もあるが、人数も限られている島民の負担になるのは避けたい。
「そんな訳で移動中誰に見られても正体が解らないよう、島に入るまでこの格好で行ってもらう」
バサリ。そう音をたてて広げられたのはピンク色のドレスであった。
「…………」
アマデウスとセレスティーヌ、そしてキャロは無言のまま瞳を瞬かせた。