34 父と家族と・後編
状況や相手が違うとはいえ、再び娘に結婚の話を持ち出すことは勇気がいることであった。過去に一度間違えてしまっているのでなおさらだ。
間違えた過去も、貴族の婚姻としてはそれほど的外れな選択ではなかったはずではあるが……しかし、セレスティーヌが傷ついたことは紛れもない事実で、伯爵自身も古い体質と小さな世界の常識の中で凝り固まっていたことは確かで。
何の力もない自分たちが送り出すには、とんでもなく雅な相手ではあるが。
きっとセレスティーヌが不幸になることはないであろうと、間違いなく感じることが出来る相手であり、更には両親であろう。
「セレスティーヌ、王太子殿下とのことなのだが」
意を決した表情に、セレスティーヌが微かに眉を寄せた。
セレスティーヌの表情の変化をみたキャロが、静かに近寄っては膝に乗る。
「……どなたかに、なにか言われたのですか?」
「そういう訳ではないが……」
言われるも何も。
柱の陰からじっとりと見つめてくる国王や、やたら目力の強い王妃、更には好意がダダ漏れと言っても過言ではないアマデウスを見ていれば、言葉よりも雄弁であろう。
「お前もお慕いしているのだろう?」
「…………」
セレスティーヌは困ったような顔をした。
慕っているのは確かであるが、受け入れるのには様々なことが違い過ぎて頷き難い。
今の仲の良い友人であるような、いい仕事仲間であるような絶妙な立場が取っ払われてしまうのも怖い気がする。
進めるにしろ断るにしろ、それでダニエルのように酷い扱いをするような人たちでないのは解ってはいるが、安易に下せるような決断ではなく――慕っているという気持ちだけで進めるのには躊躇した。
宙ぶらりんにしたままにするのもよくはないと思うが、自分に決定権をゆだねられている状況が、その決定が大き過ぎて尻込みしてしまう。
うんと言ったが最後、とんでもないうねりの中に自分だけでなく家族も巻き込んでしまいそうで。
貴族の女性としては一人前に扱われる年齢だとはいえ、まだまだ若いセレスティーヌには、様々な考えと気持ちが入り混じっているのだ。
父であるタリス伯爵もそんな気持ちは解っているのであろう。
いつものオロオロした姿とは別人のように落ち着いた声と表情でセレスティーヌに向き合っていた。
「確かに伯爵家とは名ばかりだが、そのようなことは織り込み済みでお心をかけてくださっているのだろう。ありがたくも畏れ多いという心境だが、セレスティーヌが幸せになるのが一番だよ」
真剣なタリス伯爵の様子に、セレスティーヌは母と弟の顔を交互に見た。
ふたりとも伯爵と同じように、落ち着いた様子で力強く頷いた。
その表情はとっくに覚悟は出来ていると言わんばかりである。
「もちろん、誰が相手であろうと、無理に結婚しろというわけではないよ」
余計な苦労を掛けてしまったからこそ、セレスティーヌには幸せになってほしいと考えている。友人にしろ結婚相手にしろ、お互いを想い合える相手がいるというのは幸せなことだと思う。
それが人生を共に歩む相手であるのなら、尚更である。
「殿下ご自身もさることながら、両陛下もきっと温かく迎え入れてくださることだろう。……伯爵とは名ばかりでなんの後ろ盾にもなれないのは火を見るよりも明らかだが、家のことは気にせず、自分の気持ちを大切にしなさい」
ゆっくりで構わないからと付け加えられ、セレスティーヌは暖かな気持ちと気遣いを感じると共に、様々な感情が混じり合い、なぜだか涙が浮かびそうになって急いで眉間に力を込めた。
そんなセレスティーヌを勇気づけるように、キャロが小さいけれどもはっきりと鳴き声をあげた。