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32 お茶会・後編

 おかしなご令嬢に遭遇し、微かに首を傾げながら歩いていると、もうひとりのおかしなご令嬢・ジュリエッタがコリンと遊んでいるのが見えた。


 セレスティーヌに比べフットワークの軽い彼女は、もちろん王都での社交にも顔を出している。

官舎での暮らしも落ち着いてきたため、来訪したがっていたジュリエッタを招待したのだ。


「こんにちは、コリン。……もうこんばんは、かしら」


 セレスティーヌに挨拶をされ、コリンはぱっと顔を綻ばせた。


「セレ様、こんにちは!」


 周囲の働きかけもあり、少しずつ心の傷を癒しては元気を取り戻したコリン。下働きの手伝いをしながら、休憩時間にはレトリバーやキャロと遊んだり、時折ライアンに勉強を教わったりしている。


 作業部屋の窓から彫師が頭を下げたのが見え、セレスティーヌも軽く会釈をした。


 作業時間以外も、彫したコツコツと作業を熟していた。

 国宝……を飾る額縁は修復を終え、すっかり元通りになった。今は罪を償うべく、静かに今まで以上に愚直に、他の国宝や王家所有の装飾品などを丹精込めて修繕して過ごしている。


 また、犯罪集団の幾人かの顔を知る彫師は、捜査にも協力していた。


『わふ!』

『うきゅきゅ~』


 キャロが一目散にセレスティーヌの足元に走り寄る。

 そんな様子をレトリバーはしっぽを振りながら見つめている。心なしか笑っているように見えるのは気のせいなのか。


「お爺さんと一緒にどうぞ」


 お菓子の包みの半分をコリンに渡すと、喜び勇んで部屋へと戻って行く。彫師は心なしか顔を緩ませて再び頭を下げるのが見えた。

 



 王宮の官舎を興味深そうに眺めるジュリエッタ。

 部屋へ入るなり、我が家のように寛ぐ様子に苦笑いをした。


「王宮に住んでいるって、本当に官舎だったのね」


 てっきり宮を与えられているのではないかと思っていたと言っては豪快に笑った。


「初めから官舎だって言ったじゃない。相変わらずねぇ」


 苦笑いをするセレスティーヌと、遠い目をするタリス夫人とライアンを交互に見遣る。


 テーブルに着き、本日二回目のお茶会だ。

 こちらも内輪も内輪の、気の置けないぶっちゃけたお茶会である。


「相変わらずなのはあなたみたいだけど……」


 ジュリエッタは何を聞かずとも察したのであろう。ジト目でセレスティーヌを見た。


 そうしてまじまじとセレスティーヌを眺めながら、どことなく雰囲気が変わったと思う。

 そしてそれはセレスティーヌを気に入り王宮に連れてきた張本人に関係があるのだろうとも察する。


 ネタの宝庫であるジュリエッタは、ただおしゃべりで情報収集するだけではない。目の前の人間の一挙一動、ちょっとした仕草や視線などからも情報を得るのだ。

 他の人間に比べ察する能力が高く、更にそれが的を得ているからこそ、ネタの宝庫なのである。


「いろいろ考え過ぎと、そのくせ天然過ぎなところが複雑に絡まり合って、全然進展しない感じ?」

「さすがですね、ジュリ姉」


 ライアンはセレスティーヌから包みを受け取りながら頷いた。

 小さな頃からよく知るからこそ、言わずとも判るのであろう。


「身分差とか気になるところはあるんだろうけど、今は一応伯爵令嬢なんだし。ギリギリ大丈夫だと思うけどなぁ。それに相手が納得しているなら、あまり気にしなくてもいいんじゃないのかしら」


 ジュリエッタは誰しもが思っていることをズバリと口にした。


「ジュリエッタったら、なにを言っているの!?」

「伯爵家と言っても末席も末席ですけどね」


 ライアンがため息をつく。


 大きな領地を持つ大貴族と、一応爵位がある……だけとも言えるような、宮廷貴族にもなりえないような弱小貴族エセ宮廷貴族では、身分差は全く埋まっていないとタリス家の面々は考えている。


「王家から圧力はかけて来ないの?」

「なんてことを言うのです」


 タリス夫人が慌てて嗜めるが、どこ吹く風だ。


「少しずつ外堀は埋められていますけど、表立ってはないですね。姉様の意向を尊重しようと思ってくださっているみたいです」

「めっちゃいい人たちじゃない」

「ええ。高貴過ぎる身分を除けば非常にいい方々ですね」


 ライアンが冷静に頷く。


「そんなんじゃないのよ。変に勘違いしては失礼よ」

「……いや、さすがに勘違いではないでしょう? そんなこと言ったら殿下が可哀想よ」


 わたわたと慌てるように両手を振って否定するセレスティーヌに、ジュリエッタがきっぱりとそう言う。

 するとセレスティーヌは、困ったような表情で弟と母親を見た。


「殿下も殿下なりに頑張ってはいますが。そのものズバリとは言わないものの、どう考えても自分と付き合ってほしい・結婚をしてほしいとしか取りようがない言葉をいっているんですがねぇ。遠慮以前に姉様がその辺はとんと疎いですから……」


 濁したものの、見事にすれ違っていると言わんばかりに頷いた。


「ふ~ん。もうまだろっこしいから、ズバリ妃になってくれって言えばいいのにね」

「その辺は命令ととられかねないので、殿下なりの気遣いなんじゃないですかね? まあ、非常に好意を持っていることは傍から見ると駄々モレな感じですが」


 まあ、今しばらく時間はかかりそうであるが、それなりにまとまるのだろうとジュリエッタは考えるに至った。


 親子共々猛アタックをかけている状態で、他の縁談を纏めるような不義理を出来る人たちでもないのだ。セレスティーヌを育てた両親もまた、誠実で義理堅い、そしてどこか不器用な人柄なのである。


 相手の高すぎる身分に気後れはするものの、大切な娘を無碍にはしないことも充分に感じることが出来ていた。よって非常に恐縮以外の何ものでもないが、お輿入れが決まれば腹を括るしかないとタリス家の人々は考えていた。


 加えて、セレスティーヌだけでなくタリス家の人々のことも慮り、強引に話を進めようとはしない王家の人柄を、自分たち以上に誠実であると感謝もしていた。

 本来ならタリス家のことなど気にせず、ただ婚約を申し出ればいいだけだ。それこそ弱小貴族であるタリス家が断ることなどある筈はなく、不平不満など不届き千万(?)である。


 それをしないのは実際の身分差はともかく、心情的には対等な親同士と想ってくれているのだ。そんな考えでいることが解る対応であり、また、様々に気遣いをしてもらっていることも感じられ、素晴らしい嫁ぎ先だと考えていた。


 ……とはいえ、非常に高貴過ぎるのだが。


「あんまり待たせすぎると良くないわよ。昔のあれこれで卑下し過ぎるクセがあるのは解るけど、考えるより飛び込んだ方が案外何でもなかったってこともあるわよ」

「ジュリ姉はもう少し考えて行動した方がいいですよ」


 本来は息子を諌める立場ではあるが、全くもって同意であるためタリス夫人も頷いている。


「相変わらずライアンは小生意気ね!」

「痛った!」


 小さな鼻の頭を軽く指ではじいてやった。


 一を聞いて十を知る。

 いろいろと納得したジュリエッタは、話を変えるように口を開いた。


「そう言えば、ダニエルがセレスティーヌの噂を聞いて悔しがってたわよ~♪」


 タリス家とは反対に、いろいろと思わしくないレイトン伯爵家のダニエルは青色吐息であった。


 自分を捨て(捨てたのはダニエルの方であるが……)、立身出世するセレスティーヌを妬んでいるらしい。


 相変わらずだなぁとタリス家の面々は思う。


「あることないこと言っていたけど、さすがに皆経緯を知っているから、総スカン食ってたわよ」


 セレスティーヌはため息をついて、かつての婚約者を思考の外へ追いやることにした。

 もう今後関わることもない、関わらなくていい人間だ。不快極まりない気分を二度と味わいたくはなかった。


「ジュリエッタにもらったお薬だけど、犯人を捕まえるために使ってしまったの」


申し訳なさそうな顔をするセレスティーヌに、ジュリエッタはあっけらかんと笑いながら首を振った。初めから普通に服用するより、何かあった時に相手を(悪臭で)怯ませるために渡したようなものなのだ。


「役に立ったなら何よりよ。だけれども犯人と対峙したって聞いた時は肝が冷えたわよ! その辺りも詳しく聞かせてもらおうじゃない?」


 セレスティーヌの考えなどお見通しなのだろう。

 全てを吹き飛ばすような明るい笑顔のジュリエッタが、おどけた様子で言った。


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