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32 お茶会・前編

 年が明け二か月が過ぎ、少しずつ春の気配が近づいてきた。


 年の瀬に王宮の官舎で暮らすことになったセレスティーヌも、今の暮らしに少し慣れて来たような気がしていた。

 そんなセレスティーヌは時折、王妃と仲が良いご婦人方との気の置けない内輪のお茶会に参加している。心情的にはさせられていると言ったほうが近いものであるが……貴婦人の頂点ともいえる面子とのお茶会と聞き、初めはかなり緊張をした。だがさすがと言うべきだろう、セレスティーヌが楽しめるようにちゃんと配慮がなされている。


 さりげなく周囲を気遣いながらも楽しく過ごせるように行き届いた気配り目配りには舌を巻くと共に、少しずつ雰囲気を楽しめるようにもなってきたように感じていた。なにより、洗練された立ち居振る舞いはとても勉強になる。


 ……そうやって少しずつ、外堀も内堀も埋められて行っている気がしないでもないというのが周囲の感想であるのだが。


 とはいえ必要以上のゴリ押しはせず、基本的にはセレスティーヌの希望を第一にというのがアマデウスだけでなく国王夫妻も一致した意見だ。


 最悪はアマデウスを踏み台(?)にして有力貴族に嫁いだとして、超高位貴族との社交を熟しておけば、いざという時にいろいろと引き出しになるだろうと考えてのことである。そう思えてしまう程に、まるで自分たちの本当の娘のように思っており、頑張り屋で生真面目なセレスティーヌを可愛らしく感じていた。


 実際に参加する方のセレスティーヌは、実地訓練かテストのようで緊張の連続だ。

 優雅な微笑みを浮かべているとはいえ、相手は手練れの貴婦人。温かいまなざしで見守っているとはいえ、シビアに上達具合を確認していることであろう。

 そして後ろに控えるマナーの先生が、よりシビアにジャッジしているはずだ。

 とはいえ今後仕事で必要になるやもしれないと、優雅に見えるように微笑んでお茶会に参加しているのである。

 


 今日はアンソニーの母であるフォレット侯爵夫人と、カルロの母であるグレンヴィル伯爵夫人という、内輪も内輪の面々であった。


 セレスティーヌ以外は緊張のきの字もない、気心知れたぶっちゃけメンバーと言っても良い。セレスティーヌがどう思っているかはわからないが、完璧に息抜きのお茶会である。


 生真面目に教育を熟すセレスティーヌが、周囲の想像以上の速さでそれらを習得しているのは周知の事実だ。現に彼女の教育係は晴れやかな表情でテーブルに着くセレスティーヌを見つめている。


「ディバイン領での一件は『うちの娘に』と言って、陛下が挙兵して出ると言って聞かなかったのよ」


 王妃がため息まじりにそう言った。


「陛下らしいですわねぇ」


 冷笑にも見えるような、クールな微笑みを見せるフォレット侯爵夫人。非常に綺麗な人であるのだが、王妃とは違った貫禄と威厳のある夫人だ。


 ……アンソニーは間違いなく母親似であるとセレスティーヌは思っている。


「夫も、荒ぶる陛下を抑えるのが大変だったと言ってましたわ~」


 可愛らしい笑顔でお茶を飲むグレンヴィル伯爵夫人。


 彼女の夫でありカルロの父であるグレンヴィル伯爵は、各近衛騎士団を取りまとめている総団長である。


 そんな伯爵のほとほと困り果てた様子に、それなら代わりに自分が見てくると言って、伯爵夫人がディバイン領に出向いたのだ。

 下手な分隊より効率がよいだろうと、国王もグレンヴィル伯爵も異議なしと頷いたのだ。


 そんな三人の話を聞きながら、セレスティーヌは律儀に頷く。


(まあ……陛下は、アマデウス様というかアマンダ様を、ちゃんと娘と認めていらっしゃったのね)


 国唯一の王子である息子のカミングアウトに、随分と話のわかる方なんだなとセレスティーヌは感心をする。確かに大変気さくな御仁ではあるのだが。


 気がつけば柱の陰からタリス一家を見守っている国王の姿を思い浮かべ、かすかに首を傾げた。


 何やらとんちんかんなことを思っていそうなセレスティーヌを見て、三人は楽しそうに微笑む。彼女たちの周りでもギラギラした令嬢と貴婦人の割合が多く、微笑みながらも殺伐としていることすら日常茶飯事である。

 そんな状況の中、セレスティーヌの存在はなんとも癒される。


 そんなセレスティーヌであるが、仕事の話を振ると非常に鋭い意見を発する。その上普段の周囲への気遣いや洞察力も抜群である。

 しかし自分のことが絡むと、途端に鋭さはなりを潜めてしまうのだ。


 王宮で王太子の特命係というおかしな役職に就いたセレスティーヌ。

 お互いに思い合っているのに、なにやら空回りするアマデウスとセレスティーヌを一緒にいさせるためにアンソニーが思わず急場しのぎで口から飛び出した役職だ。


 その後、正式に役職を作った。特命係などという機密性が高そうな役職のため、決済者は逆にお願いして来そうな人間なので特に問題はなかった。


 それよりも、下手に放せばどんな邪魔が入って来るか解らない。


 面倒を回避する為には多少のゴリ押しは辞さない、なんともアンソニーらしい発想であるが、その機転に皆よくやったと褒めたいと思っている。


 父の仕事に爵位、己の住む場所に仕事と教育……教育に関してはセレスティーヌが今後苦労をしないように配慮をしたものでもあるのだが……そんな激変の状況にも臆することも腐ることもなく、楽しそうに健気に熟し、かつ非常に速い習熟度合いに、教師たちも表情を緩めているのだ。

 


 断るのも憚られ、勧められるまま美味しいものをたらふく食べ、ライアンにお土産までもらったセレスティーヌは、官舎への道をゆっくりと歩いていた。王宮の庭の一部である道には、春の花がほころびつつある。うっすらと色づき始めた蕾を愛でながら、手には焼き菓子の包みを抱えていた。


「タリス嬢、お茶会からのお帰りですか?」


 声の方を見れば、カルロが若い女性を伴って歩いてくるのが見えた。


「はい。カルロ様はお母様のお迎えですか?」


 普段は騎士服を着ているカルロが、珍しく貴族服であるので休日なのだろうと考えたからだ。


「そうなのですよ」

「腕のお加減はいかがですか?」


 セレスティーヌは気遣わし気に、怪我を負った左腕に視線を向けた。


「もうすっかり。何せフォレット侯爵家の秘薬を無理やり飲まされた挙句、傷に直接かけられて過ごしましたからね……その節は大変ご迷惑をお掛け致しました」


 途中ゲッソリとする様子を向けながらも、カルロは爽やかに微笑んだ。


 あの薬を毎日毎食摂取させられたのなら、そうなるのも仕方がないであろう。その甲斐あってか、元々の回復力もあろうが、深い傷であったはずの怪我はすっかり完治し、剣を握ることにも差支えがなくて済んだのだ。

 恐るべしフォレット侯爵家の秘薬である。


(……もしかすると、幻想物語に出てくる『ポーション』というものなのかもしれないわね)


 あまりにもな効き目に、本当に創作に出てくる秘薬なのではないかと思うセレスティーヌだ。


 ――ちなみにアマデウスは悪魔の薬と呼んでいるのだが。


 そんなことを考えていると、カルロの隣にいる令嬢が軽く肘で合図をした。

 カルロは苦笑いをすると、セレスティーヌに隣にいる令嬢を紹介しする。


「こちらは婚約者のクレアです」


 クレアと呼ばれた令嬢は、輝くような愛らしい笑みをセレスティーヌに向けた。


「はじめまして、タリス伯爵令嬢。クレア・ジョーンズです」

「はじめまして。セレスティーヌ・タリスでございます」


 カルロの婚約者であり、かつてのアマンダ(アマデウス)の恋敵と言えば、ジョーンズ伯爵家のご令嬢である。やはりグレンヴィル伯爵と同じように武家の家門であったはずだ。


 ……今、セレスティーヌは国中の貴族を頭に叩き込んでいる真っ最中なのだ。


「お噂通り、とても素敵なお方ですのね」


 やはりギラギラとしたご令嬢を数多く見てきたクレアは、清楚なセレスティーヌに目を細めた。


 カルロは何も言わなかったが、聞いてはいけない何かが微かにクレアの耳にも届いていた。……アマデウスがアマデウスに戻って本当に良かったと一番に思っているのはクレアかもしれなかった。


 よって、何としてもセレスティーヌには頑張ってほしいと考えている。

 何かあれば面倒な令嬢たちのあれこれから、身体を張って盾になるつもりでいた。さすが武家の娘なのだろう、愛らしい見た目に似合わず、なかなか肝の据わった令嬢なのである。


 加えて将来の姑であるグレンヴィル伯爵夫人にも、困っていたら助けてあげてねとお願いされているのだ。



 一方で、ふんすふんすと鼻息の荒いクレアを見て、セレスティーヌは感慨深く思っていた。


 カルロと並んだ令嬢は大変に小柄で華奢な、どこかグレンヴィル伯爵夫人を思わせる可愛らしい令嬢であった。鼻息が荒いところは、失礼ながら張り切っている時のキャロのようである。


 お人形のようという言葉は彼女のためにあると言っていいだろう。ピンク色のドレスに金色の巻き毛は、確かにかつてアマンダが身につけていたあれこれと被る。


(――けれど、本当に身につける人によって全く違って見えるのね)


 セレスティーヌは見た目は可愛らしいクレアに、ほっこりとしながら微笑んだ。

 身体は大きいがどこかおっとりしたカルロと大変お似合いな、可愛らしいふたりであると思ったからだ。


 そんなことは露知らず、クレアがセレスティーヌの日々の頑張りを労う。


「(王太子妃)教育も大変でございましょう?」


 正式な王太子妃教育ではないのだが、ぽっと出の高位貴族教育からは随分踏み込んでいるとも伝え聞く。アマデウスの想いが実り、王太子妃教育をする時に少しでも負担が少なく済むように、また残念な場合も高位貴族として立派にふるまえるよう、温かくもかなり厳しい教育を受けていると聞いている。


 婚約こそ結ばれていないが、ふたりが互いに思い合っていながらも気づいていないことは、既にそれなりの人間が知っていることであった。


 王宮で働く者たちなどは、『何で気づかないかな!?』と不思議に思いながらも、仲睦まじく散策したり執務室で仕事をするふたりを、時に生暖かく見守りながら、心から応援していた。


 平均よりも小柄なセレスティーヌよりも更に目線が下であるクレアの困り顔に、にっこり微笑みながら首を振った。


「元々低位貴族出身ですし、社交も随分サボっておりましたので……ですが先生方のお教えと皆様の配慮で、毎日新しい知識を身につけることが出来て楽しく学ばせていただいておりますわ」

「素晴らしいですわ!」


(健気! 健気がドレスを着て歩いていますわ!)


 クレアは両手でセレスティーヌの手を握りながら、グレンヴィル伯爵夫人に向かって心の中で叫んだ。


(お義母様! このクレア、全力でセレスティーヌ様をお守りいたしますわー!)


 ふんすふんす! 鼻息がますます荒い。


「わたくしのことはどうぞクレアとお呼びくださいませ。……セレスティーヌ様とお呼びしてもよろしいですか?」

「はい、もちろん」


 そう言うや否や、握った腕をブンブンと上下に振る。

 まるで国王のようであるなと、セレスティーヌは振られるままに思う。


「セレスティーヌ様! 今度わたくしとも一緒にお茶会をしてくださいませ!!」

「え、ええ。ありがとうございます……?」


 なんだか非常に鼻息の荒いクレアを見て、カルロとセレスティーヌは互いに苦笑いをしたのであった。

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