30 セレスティーヌのお仕事
王宮の奉公(?)はセレスティーヌの思っていたものとはだいぶ違った。
アマンダ専属の特命係ということで、仕事柄近隣諸国のお偉いさんと相対することが多い。そのため、まずはマナーから徹底的に勉強をし直すことになった。それに加え外国語や歴史を重点的に、実に様々な学問の教えを受けている。それが一日の半分である。
元々学ぶことは嫌いではないためとても楽しいのであるが、本来なら身につけておくべきだったのだろうものを任務に就くために習得させていただいているという現実が、セレスティーヌにとっては恐縮以外の何ものでもない――と思っている。
「いやいや。全然身につけていなくても問題ない範囲に突っ込んでるはずだから大丈夫。それよりも、勉強が辛くないかの方が心配だねぇ」
アマデウスの執務室でアマデウス本人が頬杖をついた。
残りの半分はアマデウスの執務を把握すべく、手伝いをしながら執務内容や組織、関わる人々についてを覚えている最中である。
仕事人間であるセレスティーヌは、こちらもイキイキと習得中であった。
「いいえ、全くです!」
元々勉強熱心なセレスティーヌは、知識を増やすことに否はない。
(皆様そう言ってくださるけど、本当に申し訳ないにも程があるから、頑張らないと!)
相手を思い遣り、敬意を払うために行動するマナーの類は奥が深い。立ち居振る舞いのダメ出しをされるたびにそう心に誓うセレスティーヌだった。
高位貴族に相まみえる為には、低位貴族のそれでは足りないのだなぁとひたすら感心するばかりだ。
高位も高位、各国の王族や国賓と相まみえることを想定して教育されているのであるが……
内情を知るジェイはニヤニヤしている。彼はセレスティーヌと一緒に、アンソニーの代わりとして副官作業を請け負っている。
本来ならばアンソニーが副官として部屋に詰めているのだが、アマデウスとセレスティーヌの過疎地再生関連の仕事が山積みとなっていた。それに加え犯罪集団のあれこれも絡んでおり、各所へつなぎ役になったりと多忙を極めている。
一番はタリス子爵に担ってもらうための教育が佳境を迎えているのであるが。
特に過疎地の仕事は代官業の多くを担っていたタリス子爵には適任であろう。かなり膨大な仕事になる筈なので本格的に専門の部門を作り、そこの責任者になってもらう算段でいる。
子爵も娘であるセレスティーヌの前でシゴかれるのは忍びなかろうと、アンソニーが別室で直接指導中なのであった。
「先生方も大喜びですからねぇ?」
のみ込みのよいセレスティーヌに気を良くした教師陣が、期待を込めて飴と鞭を使いどんどんと課題を積み上げて行っているのだが、本人は知る由もない。
本人に無許可で王太子妃教育の如き教育を実施するのはどうなのかと止めに入ったアマデウスであるが、国王夫妻はどこ吹く風であった。
「伯爵令嬢になるんだし、高位貴族のあれこれを身につけておいても問題はないだろう」
とは父王。
そう、あくまで如きの範囲なのである。
完璧な王太子妃教育とは言えず、いわば片足を突っ込んでいるというような、実際に教育を施された際に巻きで終われるような『超高位貴族としての教育の範囲』に終始している。
本当の教育――国の中枢に関することは開示していない。
それはいろいろと問題があるため、きちんと承諾後のことであるからだ。
決して違反(?)をしないよう、ギリギリをついてくるのは立場柄なのか、文句を言われないように配慮されていた。
「立派なレディとなれば、たとえ貴方がフラれたとしても素晴らしい方と縁付く可能性も増えるでしょうし。このままお仕事に生きるにしても損にはならないでしょう」
母である王妃には嫌味交じりに切って捨てられた。
国王夫妻をはじめアマデウス本人も、セレスティーヌに是非ともその立場に……と思ってはいるが、非常にプレッシャーのかかる立場でもあるため、一番は本人の希望を最優先にと考えている。
王家から婚約の申し込みをしたらほぼ強制になりかねないので、今は高位貴族の嗜みを学習してもらい、その間にセレスティーヌと気持ちを通わせるようにと言明されていた。
……そこが一番厄介そうなのは国王夫妻も承知だ。
身分差もあるが、何と言うか、何度も話してみてセレスティーヌは、その辺りに大変疎い性質であるというのが身に染みたからである……
「根を詰め過ぎると良くないからひと休みしてお茶にでもしようか」
放って置くと休みもとらずにどんどん進んで行こうとする頑張り屋なセレスティーヌに苦笑いをしながら、息抜きをさせるのが目下、アマデウスの仕事であり役割であった。
「アマデウス様は今日もお嬢様が気に入りそうなお菓子をいそいそと選んでいましたよ?」
ジェイがそっとセレスティーヌに耳打ちする。
頑張りを労うためであり、甘いものを美味しそうに食べるセレスティーヌの愛らしい顔を見たいが為に、アマデウスはいろいろとお菓子を物色したり、厨房にお願いをしたりしているのであった。
「まあ……」
セレスティーヌが困ったように微笑んだ。
食い意地が張っていると思われているのではないかと心配であるが、なにせ一緒に串焼きやらなにやらを頬張って歩いた仲である。今更であろうと諦めるしかない。
そんなことを考えるセレスティーヌを見て、ジェイは喉の奥で笑った。
「そうじゃないですよ? 美味しそうに召し上がるお顔を見るのが嬉しいんでしょうね?」
なにやらモダモダと進みの遅いふたりに、時折助け舟を出しているのだ。
ジェイの言葉を聞いて、セレスティーヌはどう反応していいのか解らないといった風に思ったのだろう、頬を染めながら、ちょっとだけ眉を寄せては首を傾げた。