29 国王夫妻はフィーバー中
「おお! 帰ってきたか!!」
国王は馬車が止まるや否や、一秒でも早く顔を見ようと小走りで馬車に走り寄った。
本来であれば出迎えの人々の前に止めるのであるが、面白半分にジェイが幾分離れたところに止めたのである。
案の定アマデウスたちが降りるのを待たずに走り出した王の姿が目に入る……本来なら不敬だと叱られること間違いなしであるが、おおらか(?)なうえに今はそれどころではないので、全く問題ない(?)。そんな些細なことよりも、今の王の関心は馬車の中のセレスティーヌである。
その後ろを優雅さを失わない最大限の足さばきで王妃も走っている。
持ちうる情報網を駆使して調べ上げたところによれば、慎ましいが芯の強い、それでいて世間ずれしていない子爵令嬢だということだ。
おかしな格好の息子を頭を冷やせと放出した結果が、思ってもみないほどに素晴らしい結果となって返ってきた。
半年ほど前、いきなり訳のわからない姿になりとんでもないことを口走り、一応最低限の算段をつけて傷心旅行とやらに飛び出して行ったひとり息子。
ただの息子なら奇行もやむなしで済むが、残念なことに息子は国唯一の王子である……
狭い世界で煮詰まっているから視野狭窄になるのかもしれないと、好きにさせてみることにした。
奇行はあるものの、一応自分の立場は心得ており役目を全うしようとする性質と知ってのことである。
外の世界で新たな出会いをし、傷が癒え、ついでに新しい恋でもしてくれれば……と考えた。この際貴族であろうがなかろうが関係ない。
その立場や役割から、現実には高位貴族の令嬢や他王室の王女が王妃(王太子妃)になることが殆どではあるが、法律で貴族であることとは明言されてはいない。
よってそれを逆手にとって平民出身の王妃になろうと構わないと思っていた。
例え相手が流浪の踊り子であろうがなかろうが、世論なんぞ変えようはあるわけで。お相手にしても本当に愛ないし向上心か功名心があるのならば、教育を進めることも多分可能であろうと考えていたからだ。
熟女であったなら……それでもカルロ以外NGよりはマシである。
世継ぎは親戚筋から選ぶ形になるだろうがと、そこまで国王夫妻は考えていた。
それが、きちんと躾の行き届いた、賢く可愛らしい子爵令嬢がやって来たのである。
向上心はあるが功名心はないらしい。
半年の間に様々な問題を発見したり解決したり、その能力も充分である。素晴らし過ぎる。
国王夫妻は奇行息子グッジョブ! と親指を立てたい気分だ。
外野は多少ガタガタ言うかもしれないが、うるせぇことを言うヤツは叩き潰す! そんな気概充分だ。
慣れないエスコートに馬車を降りて来た未来の嫁(勝手な妄想)は、美しい黒髪に銀色の瞳の、大変に華奢な美少女であった。国王夫妻の心境は最高潮である。
(かわいい! 妖精か? 天使か!?)
国王は叫びたい気分を堪え、深呼吸をして優しく話し掛けた。
「疲れているところを申し訳ないな」
国王がセレスティーヌに気遣わし気に言葉を掛けると、セレスティーヌは丁寧に礼をとった。
「両陛下のご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます。セレスティーヌ・タリスと申します」
セレスティーヌといえば、国王夫妻が立っているのを見て、アマデウスの帰還を心底待っていたのだなぁという類のことを言ったら、アマデウスとアンソニーに微妙な顔をされた。
馬車を降りたら挨拶をしてやると喜ぶからと言われたが、セレスティーヌはなぜと首を捻った。
取り敢えず失礼が無いようにと、心の中で何回も繰り返してみた。
「解っているなら後日にすればいいのに」
嫌味を言うアマデウスには全く目もくれず、王と王妃はセレスティーヌの方へ素早い速さで移動し、手を取った。
「本当に無事でよかった! アホ息子がいながら危ない目に遭ったと聞いた時には心臓が止まるかと思ったわい」
「本当に。怪我がなくて良かったですわ」
「ご心配をおかけいたしまして申し訳ございません。あり……」
セレスティーヌが礼を言おうとするや否や、食い気味に全身全霊を持ってセレスティーヌへ大丈夫だと伝える気満々の国王夫妻が激しく首を振る。
「全然申し訳なくなどないぞ! 怖い思いをしたであろうに、なんて健気で可愛らしいのだ!?」
国王はセレスティーヌの手を掴むと、その場にいる全員の顔を交互に見ては声を張り上げた。
「本当ですわ。アマデウスは後で充分に締め上げておきますから……」
王妃の言葉に今度はセレスティーヌが首を振った。
もっといろいろ話をしたいが、無理はいけないであろう。
王と王妃は視線を交わし、小さく頷き合った。
「どうかゆっくり休んでくれ」
「官舎にあなたのお部屋があるはずよ。……別にお部屋を用意しようと思ったのだけど。慣れるまではご家族と一緒の方がいいですものね」
「……ありがとうございます」
戸惑うセレスティーヌに、ふたりは大変ににこにこしていた。文句の付けようなどない。
生暖かく見守る三人(アマデウス、アンソニー、ジェイ)と、遠くを見つめる子爵家の三人。そして人間たちを見遣るレトリバーとキャロが小さくため息をついた。