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27 助け船

『……ぐっ!』

 プルプルと肩を揺らすジェイが懸命に笑いをこらえている。


『駄目だ、ガマンしろ』


 ジェイとは真逆に、口を引き結びながら視線で嗜めるのはアンソニーだ。

 彼はへの字口のまま、再びアマデウスとセレスティーヌが座る方向へ顔を向けた。


(何をしているんだか……)


 アマデウスにも自分にも同じ言葉を思う。

 いや、案の定というべきか。だからこうして大きな身体を折って木の陰などに隠れているわけで。


 アマデウスに幸せになってほしいのは、何もセレスティーヌだけではない。幼少期から面倒を見てきた(?)ジェイも、幼馴染として一緒に育ってきたアンソニーも同じ気持ちである。……迷走期を見ているだけに願いは切実だ。


 更になかなか苦労をしてきたのに、めげず腐らず、自ら才を伸ばしてきたセレスティーヌにも幸せになってほしいわけで。


 過保護と言われようが、なんとか上手く纏まってほしいと考えているふたりは、もっさりと茂った低木の陰でこうして見守っているのであった。


(本来は余計なお世話というヤツだがな……)

 如何せん目の前のふたりである……


 アマデウスとセレスティーヌが互いに想い合っていることは、既に何を言わずとも周囲の人間にはダダ洩れなのであるが、どういう訳か当人同士は見事にすれ違っている。

 年若い少年少女ならまだしも、片方は甘酸っぱいを通り過ぎてしょっぱ過ぎるように感じる。


 片ややらかした行動から拒否されるのではないか……と思っており、片や身分が違い過ぎるので始める前に無かったことにしようとしている。


(まあ、どちらも自己評価が低い人間だからな)


 将来一国を背負うとなれば、合格点も期待値も高くなるわけで。

 小さい頃から自分の責任を果たそうと務めて来たのがアマデウスである。時折とんでもない行動をするものの、アマデウスは基本的には真面目で自分に厳しい人間で、周囲の期待に添うべくコツコツと頑張ることが出来る……というのがアンソニーの評価である。


 セレスティーヌも同じところが見受けられる。


 元婚約者とやらに散々自尊心を押さえつけられ、家格もそれほど高くないことから自分を下に見るところがある。しかし言うまでもなくその能力はなかなかのものだ。

 自分の娘を祀り上げようと思っていた辺りからは多少風当たりが厳しいかもしれないが、低位貴族や国民からは好意的に迎え入れられるはずだ。半年間のあれこれを公にし、更に今後も同じように心掛けて行けば、国民は熱狂的に未来のセレスティーヌを支持するであろう。


(言われずとも、弱い者に寄り添おうとするだろうしな)

 アンソニーは小さく息を吐きながら立ち上がった。


「タリス嬢の所属は『国』ですよ。特命係です」

「特命、係……?」


 いきなり現れたアンソニーに驚きながらも、それ以上にインパクトのある言葉に思わずセレスティーヌは繰り返した。

「はい。基本的には殿下と一緒に行動することが多いでしょうか」

「……一緒に行動……?」


 仕事の話(?)だからか、きりっと眉を上げたセレスティーヌが再び繰り返す。


「ええ。取り敢えず……主には様々な公式祭典や国の運営などですね」

「ええ!? そ、そんな大変そうなお仕事、私に出来ますでしょうか……?」


 大勢の人の前で、アンソニーやカルロの後ろで書類を持つ自分を連想して震えた。

 セレスティーヌの悲鳴のような声に、ジェイがプルプルと肩を震わせている。


「私が見た中ではタリス嬢が一番適任かと思いますが……」

「ちょ、アンソニー!」


 アマデウスは焦ったように幼馴染兼側近の名前を呼ぶ。自分たちがそう言っては、セレスティーヌに無理強いをしかねないからだ。


 アンソニーの口車に乗って、嫌々流されるように騙し打ちにするのは申し訳なさすぎる。

 ちらりとアマデウスの顔を見たアンソニーの視線は、文句があるなら自分でちゃんと言えとばかりの冷たい視線であった。


「もちろん、タリス嬢のご意見やご希望もあるでしょう。お断りになっても何ら問題はありません」


 ハラハラするアマデウスとニヤニヤするジェイがふたりを交互に見遣る。

 一方のセレスティーヌは、いきなり思ってもみない大役を振られたことに戸惑っていた。


「もしもお父上や弟君を気にされているようでしたら、それはそれ、何も不利益なことはありません。……決めかねるようでしたら取り敢えず試してみて、気に入らなければ降りていただいても大丈夫ですよ」

「……それは、私にばかり有利な条件ではございませんか?」


 あまりにも好待遇な内容に、セレスティーヌが首を捻る。

 アンソニーは営業スマイルで微笑むばかり。


「まあ、それだけみんな、お嬢様を買っているってことですよ?」


 にこにこするジェイを見て、いまだ困っているセレスティーヌ。

 そんなふたりを瞳に映すもう一組のふたり。

 アンソニーはアマデウスに小声で早口に言い放った。


「取り敢えずなんとかはしてやったから、後はちゃんと自分でどうにかしろ」

「…………」


 怒ったような困ったような顔のアマデウスに、アンソニーが嗤いかける。


「仕事と違って長期戦になりそうだぞ」

「…………」


 本当に。いろいろな意味でそうなのであろう。

 それはセレスティーヌの恋愛方面への勘の悪さだけでなく、アマデウスの方にも原因はあるわけで。


 不穏な空気を察してか、キャロとレトリバーが小走りに近づいてきた。


『うきゅゆ!』

『わん!』

「なんだよ、お前たちまで!」


 アマデウスはため息まじりにキャロの頭を撫でた。


 ジェイのとぼけた会話を聞いて、セレスティーヌは警戒心を解きつつありそうだ。

 本当は、彼女が想像している以上に大役なのであるが……近いうちに勘違いに気づくだろうと思い、アンソニーは微笑んだ。


「……益々忙しくなりそうだな」

『うきゅ』

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