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  夢の国 後編

「楽しそうですねぇ?」


 どれにするか本気で悩んでいるセレスティーヌの背を見ながら、アマンダが歩調を緩めた。


「遅かったわね」

「えぇ~? どこに行くかも解らないのに……頼まれ事を調べた上、ここまで追ってきたのに、随分な言われようじゃないですか?」


 三十代半ばくらい。

 茶色い髪に鳶色の瞳の、目立たない顔立ちの男がアマンダの横に並んだ。そして視線を屋台に向けながら言葉を発している。

 話の語尾が疑問形になるのは男の癖だ。


「ご令嬢はセレスティーヌ・タリス。ご自身で名乗られた通り、タリス子爵家のご令嬢で間違いないですね?」

「タリス子爵家……確かに、ユイット地区の副官の家の一つね」


 昨日、王都の食事処で隣に座ってエールを飲んでいた男だ。最も変装の為、今とは全く違う姿であったが。

 報告の内容を聞いて、頭の中に収められている名簿でも確認するようなそぶりを見せ、アマンダは小さく頷いた。


「タリス嬢の仰る通り、二日前に婚約破棄をされています? 公証役人の証言も取れておりますよ? 元婚約者様は放蕩息子で有名だそうですねぇ?」


 代官が領地を治めるにはあまり向かない人間であることや、子爵が事実上業務を回していることなどを聞いてため息をつく。

 酷い話を聞いて実情を探らせれば、何とも。


「ついでに屋敷はお嬢様が居なくなって蜂の巣をつついたように大騒ぎだったんですが、ご友人のご令嬢が屋敷に乗りこんで来まして? 更に大変な騒ぎになってましたよ?」


 セレスティーヌが言っていた『手紙を投げ込んでおいた友人』であろう。手紙を読み心配して屋敷にやって来たら本当にいなくなっていたというヤツだ。


「今までの鬱憤もあるんでしょうねぇ? 凄まじい勢いで過去のことから婚約破棄に至るところまでを、町中の貴族に教えて回っているようですねぇ?」

「平民側は『噂話が何よりも大好きな雑貨店のおばさん』が受け持っている筈ね」 


 敵に回すと恐ろしい女性たちの代表である。

 アマンダはジト目をしながら口をへの字にした。


「まあ、事実なんだったら地方代官制度を少し見直した方がいいわよ。……って常々言っていたんだけど。世襲制にしないで都度任命するとか、数年に一度試験なり申請をするようにするとか。とにかくよく考えるように父上に言っておいて。あと、好き放題している『ダニエル君』にも懲りるような何かをってね」

「お気に召したんですか?」


 楽しんでいる様子を見ていたのだろう。茶化すようにニヤニヤと笑っている

 アマンダは嫌そうに男を見据えた。


「いい子よ。傷心旅行の間、一緒に旅してもらうことにしたの」

「傷心旅行ねぇ。『ご令嬢』が同行。ご両親が聞いたら、さぞお喜びになるでしょうね?」

「そういうんじゃないけど。ついでにタリス子爵にも心配しないように伝えておいて頂戴。友人としてって言ったらブッ倒れちゃうだろうから、侍女として過ごしてもらうから心配ないって」 


 ……二人きりと聞いたら、別の意味で心配するかも知れないが。そこはよしなに伝えておくであろう。


「へいへい。『アマンダ様』で? それとも『ご本名』で?」


 アマンダは渋い顔をして男を見遣った。


「『アマンダ』じゃ納得できないでしょう。そこは本名を出してもらって構わないわ」

「畏まりました?」


 わざとらしく、恭しく頭を下げた男にアマンダも小さく頷く。


「これから数日をかけて、サウザンリーフ領を横に突っ切って外海そとうみへ向かうわ」

「へい……」


 サウザンリーフ領は領地の南側がせり出して突端のような半島状になっている。オステン領と向かい合い輪っかの湾となっている内側を内海うちうみと。東側の沿岸部は外海そとうみと呼ばれているのだった。


『外海』とくり返しては、何かを考えるように男が瞳を揺らした。


「最近サウザンリーフで物盗りが流行っているそうっすよ? 外海から他の領地へ出てるんじゃないかって噂っすから、くれぐれも気をつけてください?」

「物盗り……解かったわ、気を付ける」


 アマンダは素直に頷いた。

 傷心旅行兼、問題解決旅行でもあるのだ。何か問題が起こっているのなら調査と報告が必要であろう。


 本来ならサウザンリーフ公爵にも話を聞くべきなのであろうが、逆に色々と隠蔽される可能性もあるので、取り敢えずは内密に進める方がいいであろう。

 これは別にサウザンリーフ公爵に限ったことではない。

 どちらかといえばサウザンリーフ公爵は気の良い好々爺であり、隠蔽やましてや犯罪などとは無縁の御仁である。


 とはいえ痛くもない腹を探られるのは誰だって気乗りしないだろうし、本人にはそのつもりがなくとも、周囲に探られたくない人間が潜り込んでいることも考慮に入れておかねばならないからだ。


 傷ついている息子なのか娘なのか……だが。そんな状態であるにもかかわらず、全くもって子ども使いの荒い父親である。


「タリス嬢も一緒ですからね?」

「わかってるわよぉ」


 無茶をするなと念押しされ、紅く塗られた唇を尖らせた。


「出来たら、物取りのことも裏を取って欲しいわ」

「……人使いが荒いのは、お父上を言えた義理じゃねぇと思いますけどね?」

「じゃあよろしくね、ジェイ」


 ジェイと呼ばれた男はニヤリと笑うと、つむじ風のようにあっという間に姿を消した。



「……あら、決まったの?」


 柔らかい気配が近づいて来る。

 顔を上げれば、ホクホクした顔でこちらを向き、足取りも軽やかに近づいてくる。セレスティーヌだ。

 うんうん唸りながら何を食べるか迷っていたようだが、無事に決まったらしい。

 アマンダは小走りで近づくセレスティーヌのトレイをのぞき込んだ。珍しいことに、サラダだけでなく肉も乗っていた。


「アタシも早く決めないと。迷っちゃうわねぇ」


 そう言いながら、分厚いステーキ肉を焼いている店に迷いなく歩みを進めた。

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