26 なにやらズレが
セレスティーヌは固まったままで頭を高速回転させた。
(えっと……以前言っていた働き口の紹介かしら?)
旅の初めの頃に、旅が終わったら新しい働き口を紹介すると言われたことがある。更に旅を続け大小様々な問題を一緒に解決するにあたって、旅が終わった後は王宮に来ればいいと言われたこともあった。
確かにアマデウスは、旅が終わったらきちんとした働き口を紹介しようと考えていた。初めはこのまま侍女をしてもらってもいいし、彼女の能力を見てからは女官として働いてもいいのではないかと考えていた。
そしていつしか人柄に惚れこみ、セレスティーヌが嫌でないのであれば自分と一緒に国を治めてほしいと考えるに至る。
侍女→女官→王妃(予定)というランクアップである。
一方のセレスティーヌも、アマデウスを憎からず想っていた。
飾らない人柄に加え、国民の生活や幸せを熱心に考えて行動するところは素晴らしいと考えている。一緒に旅をして半年、何だかんだでセレスティーヌを随分と甘やかしてくれた。一緒にいて楽しく優しく、なによりも誠実である。
しかし立ちはだかるのは身分の壁である。
比較的身分差の少ないエストラヴィーユ王国であるが、王子と貧乏子爵家の令嬢である。釣り合うとか釣り合わないとかいう問題ではなく、論外であろう。婚姻以前の問題で、お付き合いをするのもあり得ないことであるとセレスティーヌは考えていた。
よって彼女は、生まれ始めた淡い恋心に蓋をすることを選んだのだ。
実は、過去には低位貴族出身の王妃も数名存在している。
高位貴族の養女になって爵位ロンダリングをしたり、関係ないとそのまま王妃になった者もいるのであるが――如何せんだいぶ前の王妃たちである。
通常は名家の令嬢が選ばれることが多いのは否めない。更に恋愛や社交、高位貴族のあれこれに疎い彼女にはそれほど興味のない事柄であり、本来ならば王族と関わることなどない弱小貴族であるため、遠い昔の王妃様の出身など記憶の片隅の奥の奥に仕舞われて、下手をすると忘却されていたのであった。
加えてアマデウスの恋愛とアイデンティティ問題である。
ついこの間まで何十年も、幼馴染のカルロに恋していたアマデウス。それもあって遂に女性の格好をするに至り、セレスティーヌと会ったのは勿論女性の姿をし、『アマンダ』として出会たのである。
突き詰めて行くとアマデウスの自認は女性ではなく男性であるらしいが、本当にそうなのかはアマデウスにしかわからないとセレスティーヌは考えていた。
以上のことから、セレスティーヌは心密かに想うだけに留め、そっと気持ちに蓋をする決意をしたのである。
******
一方アマデウスも、自分が行った思い切り過ぎた行動によって、己の気持ちを口に出せないでいた。
王子という立場柄、小さな頃から薄汚い人間ばかりを見てきたアマデウス。
……勿論いい人間もいることは確かだが、圧倒的に裏があったり変な人間ばかりを見て来たのである。立場上あまり不快を悟られないように育てられているが、基本的に人間不信だ。
立場上とんでもない女性に言い寄られることも多く、酷い場合は媚薬を盛られそうになったことも一度や二度ではない。そんなこんなで非常に辟易していたこともあり、素直で純粋、真っすぐなカルロにどんどん傾倒して行ってしまったのである……
アマデウスは紛うことなき身も心も男性である。
初めは自分の気持ちにどうしたらいいものか非常に悩んだ。人間不信・女性不信が行き着いて遂に衆道の世界に足を突っ込んだのかと呆然とした。
更にアマデウスはなかなかに美形である。……年頃になりとんでもない女性が増えるにつれ、どっかーんと爆発して開き直ってしまったのである。
長年の友人関係を壊したい訳でもなく、心に秘めておこうと思っていた矢先。カルロが婚約すると言って来たのである。
おかしな方向に拗れに拗れたアマデウスは、再びどっかーんと爆発して、カルロに想いを伝えてしまったのだ。
凍り付いたようなカルロの顔が、アマデウスの心を抉った。ぐりんぐりんのぐっさぐさに抉った。
無理もないと思いつつ、かといってすぐに諦め、忘れられる筈もなく……再びどっかーんと爆発して、カルロの婚約者と同じ格好をし、王宮を飛び出したのであった。
なお、ちゃんと役目は熟し、調整をつけてから飛び出したことは明言しておく。
そんな時に出会たのがセレスティーヌだ。
今まで会った女性とは全く違うセレスティーヌ。見た目だけでなく心根も清らかで、そのくせ妙にガッツの塊であるセレスティーヌ。
ふたりだけの旅は傷つきささくれたアマデウスの心を優しく回復させていった。
そして当たり前のように、急速に惹かれて行くことになる。
あんなに思い悩んだあれこれは何だったんだと思うが、本来は極々普通の男子だったことが判明した。
(……判明したけど、いろいろ遅いというか……)
こんな自分に想いを寄せられて気持ち悪く感じないか、アマデウスはそれだけが心配であった。
嫌ってはいないであろうが、半年間オネエの皮を被っていた身である。
(時間が巻き戻せればいいのになぁ)
そう心の中でぼやいた。
******
そうして、今まさに一世一代ならぬ、一世二代(?)の賭けに出たのである。
一度カルロにぶちかましているので二回目ということだ。
そういう対象ではないと言われたら、王子を辞めて神殿に出家する勢いであるが(周りに迷惑がかかるので出来ないが)、言われても仕方がない半年間でもあったので、アマデウスのライフは既にゼロである。
セレスティーヌは一瞬どう表現すればいいのか解らない表情をしたが、にっこりと微笑んだ。
(……王宮で働けることも、もう少し近くにいれることも嬉しいけど)
自分の気持ちが膨れ上がって行かないかと懸念していた。
立場上、いつか誰かと婚姻されるであろう。中身が男性であるなら尚のことである。
(他の方と幸せになる姿を見ても、心からおふたりの幸せを願うことが出来るかしら……)
カルロのことで傷ついた分、アマデウスには幸せになってほしい。
しかし自分の気持ちを飼いならせるかどうかまでは自信がなく、セレスティーヌは自分に問いかけていたのであった。
「……家族も王都へ参りますし、大変ありがたいお声がけです」
「本当!? 気持ち悪くない? 大丈夫?」
何だかとっても焦っているアマデウスに、セレスティーヌは首を傾げた。
「父と共に王宮にお世話になれるなんて、ありがたいことだと思います」
「本当に本当? 無理してない?」
「はい。……それで、私はどちらの部署に配属になるのでしょうか?」
アマデウス直々に声をかけてくれたので、王太子付きであろうか。
そもそも侍女なのか女官なのかもわからない。
(それとも、大変お忙しいと聞きますし、お父様の補佐かしら)
アマデウスではなく、王宮の人事を司る人や部署が決めるのかもしれないが。
「うん?」
(ブショ?)
舞い上がった頭と心臓を押さえつけ、アマデウスが首を傾げた。
「どうかされましたか?」
セレスティーヌの言葉にしばし固まって考えるアマデウスと同じ方向へ、セレスティーヌも首を傾けた。