25 改めて自己紹介を
家令の言った通り、冬の庭は美しく整えられていた。
食後の散歩なのか、すっかり満腹になったキャロとレトリバーもゆったりとふたりの後ろを歩いている。
「温室にお茶を用意してあるって言ってたわね」
「はい」
公爵家のお仕着せを着て今まで通りの話し方をするアマンダを見て、セレスティーヌはクスクスと笑った。
「アマンダ様、もしよろしければ、楽な話し方でも大丈夫です」
「ああ……確かに」
アマンダは困ったように頭を掻くと、照れたように微笑んだ。
どうもアマンダの心が女性というわけではないらしい。
出会ったばかりの時に、たまたま好きになった人が男性だったことをカミングアウトされた。周囲にそのような人はいなかったので驚いたが、想い人を語る様子になるほどと納得したのであった。
そしてその人の好きな人(婚約者)と同じようになりたいと思い、女性の格好をはじめたとアマンダは話していた。が、きっと、元々女性的なところがある人なのだろうとセレスティーヌは思っていたのだ。
……もしかすると言わないだけで、心密かに同性を想う人はセレスティーヌの周りにもいるのかもしれないが、姿まで変えている人は皆無だったからである。特にアマンダのように見るからに男性性の強い人間が女性の姿かたちを真似るのは、より心構えや覚悟が要り、難解だからだ。好きになったことがきっかけで、自分の抑え込んでいたものを発露させたのだろうと考えたのである。
しかし緊急時に発する言葉や素の様子を見るに、格好に合わせた話し方をしていただけで、特別女性的というわけでもないのであろうと思うに至る。
よってセレスティーヌは、考えを改めることにしたのだ。
ある意味、恋する人のためにそこまで自分を変えられるものなのだなぁと感心する。自分が同じ立場だったとして、果たして同じように変えることが出来るだろうかと想像するが、到底できるとは思えなかった。
アマンダ本人は本気ではあったものの、もう少し慎重に考えてから行動をすべきだったと反省しているのだが、それは与り知らぬことである。
庭が夕闇色に染まる頃、温室が見えてきた。濃紺の樹々の間にオレンジ色の光が灯って見える。
そこまで大きくはないものの、ガラス張りで建てられた温室はかなり贅沢である。更には雨あとや埃などは綺麗に拭かれ、充分に手入れが行き届いていることも感じられた。
沢山のランプで煌々と光る温室は、小さな暖炉が備えつけられている。
花の細工が施された椅子にふたりが座ると、待機していた侍女がお茶を淹れて壁際へ下がった。湯気と共にお茶のいい香りが漂う。
キャロとレトリバーは温室を探索することにしたらしく、フンフンと鼻を鳴らしながら珍しい植物の匂いを確かめていた。
「……とにかく無事でよかったよ」
「ご心配をおかけしました」
お互い神妙な顔で頷き合う。
「私がすぐ気づけば怖い思いをしなくてすんだのに、ゴメンね」
「いいえ、そんな……。私の方こそ、あっさりと捕まってしまって申し訳なかったです」
アタシではなく、本来は私と言うのだなとセレスティーヌはぼんやりと思った。
「セレといろいろとあちこち回れて楽しかったよ」
「……私も楽しかったです」
過去形で語られる言葉に、セレスティーヌは無意識に軽く握りこんだ手に力を込めた。
「さすがに人がひとり亡くなっているから、一度王都に戻ろうかと思う」
「そうですね……」
(ああ、この楽しい日々が終わってしまうんだわ)
セレスティーヌは、とうとうこの日が来たかと思い頷いた。
元々、旅の間の侍女兼話し相手として旅の同行を頼まれた間柄だ。
婚約者だったダニエルの父親であるレイトン伯爵は管理代官で、セレスティーヌの父であるタリス子爵はその右腕であった。父と、跡を継ぐであろう弟のライアンの立場が悪くならないよう家を飛び出したセレスティーヌであったが、この数か月でいろいろと状況が変わった。
タリス子爵はその実力が認められ、王宮の文官として採用され出仕している。お給金も上がったので生活苦も改善されそうである。
なによりももうレイトン伯爵とダニエルの良くない影響を考える必要が無いので、セレスティーヌが家に戻ったとしても問題はないであろう。
国中を旅して、いろいろな景色や人々を見て、美味しいものを食べて。時に一緒に問題解決に勤しんだことはいい思い出だ。
……思い出になってしまうのだ。
「犯人の男が言った通り、私はアマデウス・エアネスト・オステン。この国の王子だ」
セレスティーヌは声がかすれてしまわぬよう、黙って頷く。
「……もっと早くに話すつもりだったのだけれど、楽しい時間が壊れてしまいそうでなかなか言い出せずに今になってしまった。騙すつもりはなかったとはいえ、本当に申し訳ない」
「いえ。お気持ちは解りますので……」
初めから高貴な出自であることは気づいていたし、うすうすというか、途中からはほぼ間違いなく自国の王子であろうと感じていたのだ。
アマンダことアマデウスが畏まらずという言葉を真に受け、その心地よい関係と毎日を少しでも長く過ごしたいと思って目を瞑っていたのはセレスティーヌも一緒であった。
「……恨んだり、騙された! とか、この野郎と思ったりしてない……?」
大きい身体を最小限に縮こめてアマデウスはセレスティーヌの顔を見た。叱られる子どものような様子にセレスティーヌは小さく笑い声を漏らすと、首を横へ振った。
「本来なら、私の方が不敬だと叱られる立場だと思いますが」
「そんなことはさせないけど、よかった!」
アマデウスは何となくアマンダである時のような口調で大きく息を吐いた。
アマデウスとしてはここからが本番である。
ごくりと唾を飲み込んで、自分の太ももの辺りに置いた拳に力を込めた。
「それでなんだけれど、セレにも王都へ来てほしいんだ。……出来ればこのままずっと一緒にいてほしいと、私は思っている!」
アマデウスは紅い顔でそう言うと、身体のあちらこちらに力を込めたまま固まった。
一方のセレスティーヌは、何だか思ってもみない提案が飛び出してきて、銀色の瞳をパチパチとさせたまま同じく固まった。
「はい……?」