24 公爵邸にて
笑顔で自ら荷馬車を御して帰って行ったグレンヴィル伯爵夫人を見送った。これからセレスティーヌの屋敷へより、子爵夫人とライアンを連れて王都へ向かうらしい。
ふと見れば、夫人が細い腰に帯剣しているのがみえた。
「……グレンヴィル伯爵夫人は剣を扱えるのですか?」
セレスティーヌの言葉を受け、アマンダとアンソニーが横目で押し付け合うような素振りを見せた。
「……まあそうかも。嫁いだ家が家だし、それなりに扱えると……思う?」
「そうなのですね?」
なぜだか疑問形なアマンダに、思わずセレスティーヌも疑問形で返す。
ジェイはニヤニヤしながらそんなふたりをみていた。
見た目も可愛らしくふわふわした印象の女性であるが、剣を握らせたら最後、人格が変わるのである。
「さすがに今回は素通りも出来ないので、公爵邸に滞在だ。既に招待状が届いている」
アンソニーが空気を変えるように言った。
絶対安静の人間もいなくなり、ジェイもセレスティーヌも診察済みである。
診療所は必要としている地域の人々に譲った方がいいだろう。見たことのない貴族らしき人間がうろうろしていては、気を遣っておちおち治療にも来られない。
アマンダたちもしばしゆっくりと、心も身体も落ち着けたいというのが本心でもあった。
「公爵邸……」
アマンダが思わずつぶやいた。
「安全やらを考えれば、そこが一番いいだろう」
「確かにね」
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「公爵はしばらく帰って参りませんので、ごゆっくりお寛ぎを。好きなだけご滞在くださいませ。ある程度片付くまでは年末年始の夜会もございませんので、のんびりご逗留くださいませ」
公爵邸に行くと、家令が規定通りと言わんばかりに出迎えてくれた。
「検挙ということで荒事もあったかと思うが、公爵は無事だろうか」
アマンダが心配そうに聞くと、家令は楽しそうに頷いた。
「大丈夫でございますよ。妙にイキイキと出掛けられましたので」
どこまで本当なのかはわからないが、今まで旅の様子も聞いているだろうから、気を使ったのだろうとアマンダ達は考えた。
「しかし、随分派手に汚されましたなぁ……」
ボロボロのアマンダの格好を見て、家令が困ったように首を傾げた。
「残念ながら殿下の体格を収めるドレスは当家にはないようで……至急服飾店の者を手配いたしますか?」
自国の王子の女装姿を見ても驚かなかったのは流石だ。
アンソニーとジェイが横目でアマンダを見る。
「それには及ばん。大丈夫だ」
かと言って大柄なアマンダは既製品では入らない。
平均的な身体つきの公爵の服が着られる筈もなく、一番大きなお仕着せを貸して貰うことになった。
「タリス様はあちらでお着替えをどうぞ」
そう言うと、家令の後ろに控える年若い侍女が丁寧に頭を下げた。
公爵家の侍女が手持ちのドレスを貸してくれるのだという。
公爵家ということで、行儀見習いも兼ねた貴族の令嬢たちだ。
公爵へ挨拶がないのであればこのままでと断ったが、家令も侍女も大変に悲しそうな顔をしてセレスティーヌを見るため、押し切られた感じで着替えることになった。
豪華な客間へと通され、湯を使わせてもらうことになった。
危うく身体を洗われそうになったが、大丈夫だと言ってさすがに固辞する。
温かいお湯は緊張した身体を優しく包み込み、優しい香油の香りは硬くなっていた心をほぐしてくれる。
さっぱりとして戻れば、やる気満々の侍女たちが待ち構えていた。
「ご活躍は伺っておりますわ」
「社交界ではタリス様のお話でもちきりですのよ?」
なにがどんな風に噂になっているのか考えると怖いが、セレスティーヌは小さくなって曖昧に頷くばかりだ。
「……お恥ずかしい限りです」
そんな様子に気づいてか、侍女たちは優しく微笑んだ。
「社交界にお出にならないので存じ上げませんでしたが、こんなにお可愛らしい方だったなんて!」
「今度是非お茶会にご招待したいですわ」
「恐れ入ります……!」
淡い色合いのドレスを着こみ、久々にきちんと髪を結われながら、セレスティーヌは困ったような表情をしていた。
一方アマンダは自分にと用意された客間へ向かえば、無遠慮なアンソニーとジェイがどこまでもついてくる。
「……着替えたいんだけど」
「仮にも王子なんだから、世話され慣れているだろう」
城の中では確かにそうであるが……
アマンダはふたりにジト目を向けた。
「お前らは世話をする気などないだろう」
アンソニーもアマンダと似たようなもので、言うまでもなく世話をするよりされる方である。
「おや、お手伝いした方がいいですか?」
ジェイがわざとらしく聞いてくるが、無言で更なるジト目を向けておいた。
騎士団で行軍をしたり、緊急事態に備えある程度のことは自分で出来るように訓練されているアマンダは用意された手巾を湯で絞ると顔と手を拭った。
「お前、いい加減タリス嬢に自分の正体と今後の展望について、言ったんだろうな」
鋭いアンソニーの言葉にアマンダは、グッと言葉を詰まらせる。そして黒い瞳を左右に揺らしながら、小さく首を振る。
「まだ……」
「何をやっているんだ」
ため息まじりにアンソニーが腕を組んだ。
「でも、犯人が正体をバラしたから知っているけどね」
とはアマンダ。
そしてジェイが合いの手を入れる。
「それ以前から知っていたでしょうけどね?」
「サイアクだな」
そしてアンソニーにトドメを刺された。
「言おうと思ってるところに攫われて、タイミングが悪かったんだよ」
確かにそうなのである。
遅すぎるという意見はもっともであるが。
もう間もなく旅は終わりを告げる。さすがに一度も帰らずに二周目に出掛けることはないであろう。
出来ることなら今後も一緒にいてもらえるかどうか、聞かなくてはならないのに。
「今後うんぬんよりも、とりあえずはきちんと説明をすることだ」
「わかってるよ」
アマンダはため息まじりに言っては頷いた。
確かにきちんと素性を明かし、今後も一緒に、今までのように力を貸してほしいと言わなくてはならない。
(言い方を間違うと強制になっちゃうからな……)
王族から協力してほしいと言われてノーと言う人間などいないであろう。余程のことでない限りイエスしか返事はないのだ。
しかしセレスティーヌが嫌なことを強制したくはない。
ましてやアマンダはセレスティーヌに恋している。
嫌われてはいないであろうし、この数か月で信頼関係を築いてきたとは思っている。だがセレスティーヌが、自分と同じ気持ちであるかと言われると途端に自信がなくなるアマンダであった。
(ずっと女装してカルロが好きだと言っていたのだ。いきなりあなたが好きですと言われても、えっ? て感じだろう)
当時は本気だったとはいえ、何か行動を起こす際には、先々のことまで考えた上でしなくてはならないと痛切に思うアマンダであった。
*****
心づくしの食事が供された。
海の多い領地ということも相まって、海の幸がテーブルの上に並んだ。
小さな晩餐形式で行なわれ、アマンダと共にアンソニーとセレスティーヌが一緒のテーブルについた。
部屋の隅にはキャロとレトリバーの食事も用意されており、それぞれに舌鼓を打っていたのは言うまでもない。
「食事が終わったら庭でも散策してみる?」
落ち着いた色合いのお仕着せを着こんだアマンダがセレスティーヌに確認する。渋い色合いの服は却って銀色の髪を引き立たせるようであった。
さすがに撒き毛の金ヅラは被っていない。
「是非当家の庭をお楽しみくださいませ。今の時期は冬バラに加え、オオシラビソの青い実や冬咲きの庭木に様々な花が咲いております。食後のお茶は温室にでも用意させましょう」
事情を知ってか知らずか、家令は非常にいい笑顔でそう言ったのであった。