23 カルロのお迎え
「こんにちは~」
神妙な表情で診療所へ帰ると、小柄で可愛らしい貴婦人が横たわるカルロの側に座っていた。
「グレンヴィル伯爵夫人!」
驚いたように、アマンダとアンソニーが声を揃える。
(グレンヴィル伯爵夫人……?)
カルロと同じ家名。
セレスティーヌは目の前の女性と、手術が終わり眠っているカルロを交互に見る。
(…………令嬢ではなく?)
にっこりと微笑んだ姿は、カルロの姉にしか見えない。遠目から見たら妹と言っても通るであろう。
再婚、という言葉が当然のようにセレスティーヌの頭を掠める。
理由はそれぞれであるが、それなりによくあることであった。
考えていることを気取られないように挨拶とお詫びをしようとしたところで、伯爵夫人が小さな叫び声をあげた。
「きゃー♡貴女がセレちゃん!? 私、カルロの母です~!」
椅子からぴょん! と飛び上がってセレスティーヌの手を握りしめた。
小柄なセレスティーヌよりも更に小柄で、真ん丸の瞳も相まって子りすのように見える。
(えーと……?)
困惑する気持ちを押し止めて、ちらりとアマンダとアンソニーを見た。
ふたりはどう説明したらよいのだろうかと考えているのだろう、何かしょっぱい顔で佇んでいた。
そしてセレスティーヌは取り敢えず、手を握られたままカーテシーをする。
「はじめまして、グレンヴィル伯爵夫人。私はセレスティーヌ・タリスと申します」
うんうん、と言わんばかりの顔で伯爵夫人はセレスティーヌを見つめている。
キラキラしている真ん丸の瞳は、好奇心いっぱいな子犬のようであった。
「この度は私を救出するためにご子息がお怪我を……どうお詫びをすればよいのか……大変申し」
「大丈夫大丈夫! そういうのがこの子の仕事なんだし」
セレスティーヌの神妙なお詫びを最後まで言わせず、非常にあっけらかんと言ってのけた。
「相変わらずお早い到着ですね。……タリス嬢を助けると言うよりは、犯人を落とさないように掴んだらその犯人に刺された、が正しいですが」
冷静なアンソニーのツッコミに、伯爵夫人は眉を顰めた。
「やだ~、相変わらずドジドジさんねぇ」
(ドジドジさん……)
ぷくっと頬を膨らませたまま、伯爵夫人は、三十センチは高いであろうアンソニーを見上げる。
「トニー君、連絡ありがとうね」
伯爵夫人が羽ばたくような腕の動きをした。
きっと伝書鳩か何かを飛ばしたのであろう。
「……いえ」
(トニー君!?)
アンソニーの愛称なのだろう。愛称で呼ばれたアンソニーが微妙な表情で首を振った。
伯爵夫人はおっとりと、しかし独特の誰にも口を挟ませない勢いのまま、セレスティーヌに向き直った。
「気にしなくても大丈夫よぉ。この子小さい頃から怪我が絶えないから、慣れてるの」
アマンダとアンソニーがなにか言いたそうな顔で伯爵夫人を見ていたが、お口チャックのまま黙っている。
「腕もしばらく安静にしていれば大丈夫ですって」
「良かったです……!」
騎士であるカルロが致命的な傷を負って、二度と剣を握れないとなったらどうすればいいかと心配していたセレスティーヌはほっとした。
「さすがグレンヴィル家の人間ですね」
アンソニーが嫌味なのか本心なのか、冷静に夫人に返す。
「手術が終わって、フォレット侯爵家の秘薬を十本飲ませておいたからすぐ治ると思うの」
「うへぇ……! 手術した上に秘薬十本って、虐待だと思う」
「あらぁ、栄養もあるし、良く効くのに」
サラッと何でのもないことのように伯爵夫人が言う。
とんでもないことを聞いたアマンダが心底嫌そうに抗議すると、後ろでジェイも静かに頷いていた。
幾らなんでも飲ませ過ぎであろう。
大丈夫なのかとカルロを見遣るが、健やかに寝息を立てていた。
(だ、大丈夫なんだ?)
「失礼な。不必要な分は身体に吸収されず、全て体外に排出されるので問題ない」
「匂いと味は公害レベルなのに、そういう人畜無害を装っているところは本当に迷惑だわ」
アンソニーの説明に、いつもの調子のアマンダが返す。
「もう、小さい頃から相変わらずねぇ」
クスクスと笑う伯爵夫人に、セレスティーヌが首を傾げた。
幼い頃からふたりを知っているような雰囲気を感じたからである。
「グレンヴィル伯爵夫人は、カルロさんの実のお母さんですよ?」
「ええっ!?」
「?」
勘違いしているだろうことを察したジェイがセレスティーヌに耳打ちすると、案の定驚いたセレスティーヌが疑問の声を発した。
「……そういう反応は、無理もないですけどねぇ?」
ジェイが苦笑いをする。
「とりあえず、カルロは使い物にならないだろうから連れて帰るわ」
「……術後ですが、しばらく安静にしていなくて大丈夫ですか?」
腕を深く刺された大手術である。
セレスティーヌは心底心配そうに確認する。
「まあ、セレちゃんは優しいのね! でも王都まですぐだし、もうちゃんと縫ってあるから全然大丈夫よ。それに万が一盗賊が入って来たら、動けなくて足手纏いになっちゃうもの~」
そういう側から騎士たちが器用にシーツのあまった部分を棒に巻き付けて担架のようにすると、外に置いてあるグレンヴィル家の荷馬車へと運んで行った。
「怪我をして戦線離脱すると、グレンヴィル家では恒例みたいなもんですから?」
再びジェイがセレスティーヌに耳打ちする。
「まあ、滅多に離脱することはないんで、治ったら伯爵直々に鍛え直しされそうっすけどね?」
再び怖いことを聞いて、セレスティーヌは何と言っていいのかと視線を彷徨わせた。
「セレちゃん、とても怖い思いをしたでしょうけど大丈夫?」
カルロへのスパルタ対応とは裏腹に、心配でならないという様子で伯爵夫人は問いかけた。
「……はい。幸い私は無事でしたので」
しっかりと頷いたセレスティーヌへ、グレンヴィル伯爵夫人は優しく微笑みかけた。
その表情は労りと慈愛に満ちた母親の表情である。
非常に若く見えるが、同じような年頃の子どもを持つ母親のそれであるのだなと納得した。
「お母様と弟さんはしっかり警護するわ! おふたりを連れてひと足先に王都に帰っているから、ゆっくりと帰っていらっしゃいな」
(警護? 連れて帰る?)
話が見えないセレスティーヌが再び首を傾げた。
「……多分だけど、もしも残党に狙われるとマズいので王都行きを早めた(早めさせた)んじゃない?」
「……なるほど?」
確かに先日、いろいろ鑑みて王都で単身赴任中(?)の子爵と一緒に暮らすつもりだと言っていたが。
そして確かに、報復だとかなんだとかで襲撃をされても、あっという間に押し入られた挙句、屋敷が倒壊する未来しか見えない。
「……どうぞよろしくお願いいたします」
セレスティーヌが丁寧に頭を下げると、グレンヴィル伯爵夫人はふんす! と鼻息荒く胸を叩いた。
「任せて!」