22 消えた死体
近隣を巡回していた援軍が燃え盛る現場へ加わり消火、数時間後に火は消し止められた。
安全を確保してから紳士の亡骸を引き上げようとしたが、バタバタして少しばかり目を離したすきに波に呑まれたのか、気づけばいつの間にか遺体がみえなくなっていたという。
打ち寄せる波に洗われたのか、紳士の亡骸どころか金貨も血も、何もかもがなくなっていた。
眼下に広がるのは、黒いごつごつとした岩ばかりである。
「潮の満ち引きで、流れやすくなっていたものと思います」
公爵家の騎士が心底申し訳なさそうに口を開いた。
「……普段、潮の流れなどはどうなのだろうか」
叱りつけて萎縮させたところでどうしようもない。
アマンダが冷静に状況を整理しようと確認する。
「陸に近い場所ですが水位が深く、海中は独特のうねりがあるので危険な場所です。慣れた者でも紐で安全を確保してから潜るような場所です」
アマンダとセレスティーヌとアンソニー、そして傷を縫い合わせたジェイが顔を見合わせる。
因みにカルロは絶賛手術中である。
「……血液や、比較的軽い金貨が波に呑まれるのは理解できるのですが、人間が引きずり込まれる程の波や潮位になるものですか?」
アンソニーの問いに騎士は、手伝いに駆り出されている漁師に視線を向けた。
詳しく説明するために、普段この周辺で漁をしている漁師を呼んだとのことだ。
貴族の集団に囲まれて、漁師は居心地が悪そうに視線を揺らしている。本来は船を出して遺体を回収するようにと朝からたたき起こされたのだった。
「場所や季節などによっても多少違いますが……この辺だと、人が横たわっていたって言う岩の辺りはギリギリ天辺まで水に浸かるかと思います。試したことはないので確実ではありませんが、岩に服などが引っ掛かってない状態で、やせ形の人間だったら、もしかしたら流されることもあり得るかと。水は意外に強い力ですからね……」
アマンダは考えるように顎の辺りを撫でた。
「流された場合、潮目から打ちあがるだろう場所は解りますか?」
「……条件にもよりますが、もしかしたらと思う場所は」
そう言って頷いた。
その場所をこれから調べることになるだろう。
「それと、万が一なんですけど……怪我をした人間が泳いで、岸などに辿り着くことは可能ですか」
騎士と漁師が驚いたように顔を見合わせた。
「いや、おそらくは無理かと……。もちろんその人がどのくらい泳げるのか、怪我の具合などでは絶対とは言えませんが。この辺は見た目よりも潮の流れが早く複雑ですから、慣れた者ならいざ知らず、よそ者で、ましてや出血をする程の大怪我を負ってる状態ですよね? 真冬の海を泳ぎ切れるとは思いません」
港は完全に閉鎖されており、海辺のあちらこちらに騎士や自警団が探索をしているのである。浜辺に打ち上ればすぐさまみつけられるだろう……はずだ。
話を聞かせてくれた漁師と騎士に礼を言うと、四人はそれぞれ考え込みながら歩き出した。
「……逃げたと考えているのか?」
アンソニーがアマンダに視線を向けた。
大して驚いた風でもないのは、彼ももしかしたらと考えていたのであろうか。
「……状況というか条件というかを考えたらあり得ないとは思うけど。今までのあれこれを考えるとそう思えてしまう、が正しいのかな」
アマンダと同じことを、セレスティーヌも考えていた。
自分の家族が全員処される中、唯一逃げ延びた人間。各国で犯罪を行い、ずっと捕まらずみつからずを続けていた人間。
「気持ちは解りますがね……? とはいえ人間、捕まる時と死ぬときは、こんな事でと思うくらいに呆気ないことはままありますからねぇ……?」
ジェイは今まで自分が見聞きしてきた人間の終焉を思い出しているのだろう。
いつもの軽快な様子は消え去り、どこか気重な様子でそう言った。
「……早くみつかってくれたらいいが」
アマンダは静かにそう言った。
(冬の海は冷たいことだろう)
セレスティーヌは思いながら瞳を伏せた。
最後ならばせめて安らかに。一刻も早く見つけ弔ってあげたいと考えるのは甘いのであろうか。
それとももしかすると、暖かな土の中よりも、一か所へ留まらずどこへでも自由に流れて行ける水の中の方が、紳士にとっては安住の場所なのだろうか。
四人でもう一度海を振り返る。
冬晴れの陽の光を受けて凪いだ海面がキラキラと輝き、まるで何もなかったかのように静かに小波をたてていた。