21 その後・後半
仕掛けられていた火薬の量はそれほど多くなかったようで、その後爆発は起きなかった。時間を稼ぐために燃え広がる状況などを考えて配置されていたのだろう。
長いようでいて、あっという間の出来事だった。
紳士の仲間たちを拘束し、移送の手筈をつけたアンソニーが合流した。
医師には既に公爵から、もしかすると怪我人が運ばれるかもしれないという話がついていたらしい。カルロは用意されていた担架に乗せられた。
「派手にやったな」
治療所へ運ばれる間際にアンソニーがカルロの刺し傷を確認すると、問答無用で例の傷薬をかけられた。拒否する間もないほどの早業に、カルロは悲鳴なのか苦悶なのか解らない声をあげて隣の部屋へと運ばれて行った。これから医師によって傷を縫い合わせるらしい。
そのうちきっとあの丸薬も、問答無用で服用させられるのであろう。
一連の様子を見ていたジェイが、血で汚れた背中というか肩というかをアンソニーに見せないように横歩きすると、そそくさと隣の部屋についていった。
効き目は抜群であるのだが、さすがのジェイもなるべくならばフォレット家の秘薬のお世話にはなりたくないようであった。
「……お前は大丈夫そうだな」
溶けたドレスを見て、アンソニーは容赦なく残りのボロ布と化したお腹の辺りの布を乱雑に捲り上げた。薬品は皮膚にまでは届いていないようで、火傷などの外傷はなかった。
「変な液体をかけられて煙を少し吸ったけど、事前に解毒薬を幾つか飲んでおいたから」
どういう攻撃があるか解らない相手であったので、念のためアマンダだけでなくカルロもジェイも、もちろんアンソニーも解毒薬を服用していた。
「一応あとで診察してもらうよ」
アマンダの返事を聞いてアンソニーが頷く。
そしてセレスティーヌの方へ向き直り、労いの言葉を発した。
「タリス嬢。危険な潜入捜査の極秘任務、ご苦労様でした」
「え……?」
(せ、潜入捜査????)
いきなりアンソニーが口走った言葉の内容に、セレスティーヌは銀色の瞳を瞬かせる。
「傷は手首の擦過傷だけと思いますが、念のため診察と傷の治療を受けてください。あちらに女医が待機しております」
カルロたちが向かった部屋とは逆の方向を示す。
アマンダへ視線を向けると、労うような視線を返され、とりあえず頷いて案内人のあとについて行くことにした。
セレスティーヌが立ち上がると、アンソニーと騎士たちがセレスティーヌに向かって敬礼する。
危険な任務を遂行した者へ向けられる行動である。
セレスティーヌは盛大に頭の上に疑問符を浮かべながら、部屋を出て行った。
そんな後姿を見送り、アマンダとアンソニーが小さく息を吐く。
貴族女性が誘拐されたとなれば、その身になにがあろうがなかろうが外聞が悪い。誰も漏らす人間はいないと思うが、万が一誰の耳に入ったとしても極力セレスティーヌが嫌な目に合わないような理由が欲しかった。
手首の傷だけと強調したのも、万が一に備えてだ。
着衣の乱れもなく様子も至って普通なことから、心理的にも肉体的にも、殊更酷い扱いを受けてはいないであろうと思われた。
もちろん誘拐された恐怖や、充分な寝食を与えられないなど、様々に心が負荷を受けたことは確かであろう。ましてや人が目の前で亡くなってもいるのである。
とはいえ最悪の結果を回避できたことも確かであった。
アマンダ達は、セレスティーヌが今後、悪意ある有象無象から受ける傷が極力少なくて済むよう、誘拐ではなく潜入捜査をしたのだと報告するつもりだ。
咄嗟のことに戸惑っていたセレスティーヌも、すぐに事情を察するであろう。
(もちろん、セレ本人にきちんと説明もするし、悪意から守るつもりではいるけど)
そう思いながらアマンダは、部屋の隅で丸くなって眠っているキャロとレトリバーを眺めた。
今回のヒーローたちは一晩中走り続け疲れたのだろう。食事と水を摂ると丸くなりすぐに眠り落ちた。愛らしい表情ですぴすぴと寝息を立てている。
「……公爵は?」
「一斉に悪人共のアジトを叩いたから、寝ずに現場検証と調査三昧だそうだ」
アマンダはディバイン公爵の敢えておちゃらけた普段の様子を思い出しては、苦笑いをした。
「タフだな」
「……ただでさえ忙しい年末に、ご苦労なことだ」
アンソニーは自身のことを重ね合わせているのか、大きなため息をついた。
「年末の大掃除ってやつなんだろう」
空気が若干緩んだところに、扉が大きくノックされた。
頷いて開けると、息せききった伝令が転がるように入って来る。
「申し上げます! 犯人の遺体が……!」