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20 対決・前編

 いきなりの鐘の音に、四人は一瞬意識がそがれた。


 鐘が鳴るのは時を知らせるだけではなく、多くの人間に注意を促したいことが多い。それは国や地域によって様々であるが、火事のときや緊急に避難が必要な場合が多いだろう。

 はたまた弔いの場合や、距離のある人に重大な何かを伝えたい場合もある。


 ディバイン公爵は、どこでどう繋がっているのかいないのか解らない犯罪者集団を出来得る限り逃さないため一斉摘発すると決定した。

 港や関所に緊急配備を敷くと共に、今まで調べあげた犯罪者たちのアジトや潜伏先に、夜明け前に各所準備が出来次第一斉突入するべしと通達がなされ、実際に捕縛に動いているのであろう。

 そうするという連絡がアマンダの所へも飛んで来ていた。


 こんな状況下で領中叩き起こすような報せをするのは、どうしても知らせたいことがあるからである。

 アマンダとジェイは犯罪者集団、目の前の男の仲間を捕縛したのだと確信した。


 そうとは知らない紳士が状況を確認しようと周囲に視線を走らせる。

 理由は解らないが良くないことが起こっているということは感じられたからだ。


 縄を握る力がほんの少し緩んだ瞬間、セレスティーヌが躊躇なく前のめりに走り出した。足手纏いになっている状況を少しでも挽回したいセレスティーヌが懸命に土を蹴る。


 状況を確認しようとしていた紳士は僅かながら反応が遅れた。

 男の拳幾つか分の余裕がある荒縄を慌てて引こうとした時、ジェイの投げた小さなナイフが的確に縄を切り裂いた。


「お嬢様!?」


ジェイが素早く走り寄り、紳士から庇うように抱え込むようにして離れた、安全な場所へと誘導する。

 一方のセレスティーヌは、こんなときでもジェイの語尾には疑問符がつくのだなと思いながら、ただただ転ばないように懸命に足を動かした。


「……くっ!」

 セレスティーヌを奪還したジェイに向かって、紳士が手に持ったナイフと更に懐に隠した暗器を投げつける。

 ひゅん! 勢いよく標的へ向かうナイフの音が聞こえた。


 同時にアマンダが、腰に佩いた剣を抜きながら庇うように間へと入り込む。

 ナイフと小さく鋭利な暗器とを剣で順に、叩きつけるようにいなすが、幾つかはアマンダの腕と顔をかすって行った。

 金属がぶつかり合う甲高い音が響く。

 同時に土と草の上に幾つかの暗器が突き刺さった。


 アマンダは流れる血も構わずに、紳士に向かって走っていく。


 避けられないと思った紳士が、腕に忍ばせた隠しレイピアを素早く引き出した。そして長身から繰り出される剣をいなしながら辛うじて避けた。


(重い)


 まともに打ち合えば、紳士の持つ細い剣はすぐに折れてしまうだろう。


「時間がないんでね」


 紳士が跳ね退きながら懐から小瓶を出すと、勢いよく中身を撒く。

 何やら液体が飛び散り、異臭と共に薄く煙が立った。

 アマンダが避けた場所の草が黒く変色する。


「…………」


 アマンダは、掛かったら良くなさそうなそれを横目で見遣り、すぐに次に備えた。



 ほんの短い間に、目まぐるしく状況が変化している。

 あまり乱暴なことはしない印象のある紳士だが、表立ってしないだけでそれなりに荒事にも慣れている様子が見てとれた。


 アマンダの剣と、それをいなすように受け流すレイピアがぶつかる音が周囲に響いていた。


 ジェイは手早くセレスティーヌの手の縄を切る。

 細かい擦過傷で赤くなった手首を見ながら、ため息を呑み込んだ。傷薬はあっただろうかと懐を探る。


「お嬢様、ここから離れて安全な場所へ避難しましょう?」


 セレスティーヌは逃げるように言われる。

 碌に戦えない彼女の安全を確保するために、一刻も早く移動したいのだろう。危害が及ぶ場所にセレスティーヌがいては、アマンダの加勢に行けないのだ。


「ジェイさん、構わず行ってください!」


 セレスティーヌはそう言いながら、髪から簪らしき木の棒を抜き取った。黒い髪が潮風に靡きながら、一瞬にして背に散らばる。


 何をするつもりなのかと思う間に、セレスティーヌは隠しポケットから小瓶を出して手早く蓋を取り払った。

 ジュリエッタからもらった薬瓶である。


 流れるように引き抜かれた素朴な髪飾りはセレスティーヌの手のひらと同じくらいの長さだ。その半分ほどをしっかりと握りこむ。

 木の棒に括りつけられた髪紐は、中央部分がやや広くなっている。


(まさか)


 ジェイがそう思ったと同時に、セレスティーヌは手早く紐の広い部分に瓶を置き、紳士へと狙いを定めて振りかぶった。

 躊躇なく腕を振り落とすと、軽く唸りながら小瓶が飛んで行く。


 スタッフスリング……を模したおもちゃだ。

 万が一に備え髪飾りとして携帯出来るよう、抜け目のないライアンが丁寧に飾りを施したのである。

 ……幾ら貧乏とはいえ、ただの木の枝を挿す女性はいないので、悪目立ちしないように質素なかんざし風に仕上げたのだ。


 かなり小型なため、それほど飛距離はでないであろう。


(この距離なら問題ない!)


 財政難だった子爵家の食卓を救うため、ライアンが鳥など小動物を狩るのに使っている道具で、セレスティーヌも多少は使うことが出来る。

 

 ……というより、ライアンに使い方を教えたのはかつてのセレスティーヌだ。

 


 自分に向かってくる飛来物を、紳士がレイピアで叩き落す。

 が、小瓶が割れ中の薬が飛び散ると、信じられないような強烈な匂いが周囲に充満する。運悪く幾つかの丸薬がレイピアと小瓶とにぶつかり、砕けた。


「くっさ! フォレット印の薬じゃない!」


 思わず言葉がオネエ言葉に戻ったアマンダは、悲鳴のような叫び声をあげた。

 そして、先ほどの毒よりも大きな動きで跳び退いたのであった。

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