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  夢の国 中編

 ドレスを着た大女が小柄なご令嬢を抱えて建物から出て来る様子にギョッとしたのは一瞬で、すぐさま浮かれた雰囲気の園内に戻った。


 何人ほどはちらちらとふたりを見ていたが、それもすぐに収束する。

 せっかくの来園に、自らの計画した楽しむ為のタスクを熟す方が優先だからだ。


 乗り物――アトラクションが多いエリアでは、あちこちから歓声と笑い声が上がっていた。

 アトラクションゾーンの一角にあるサーカスのテントを通り過ぎ、思ったよりも立派な庭園を抜けると、ドリームランドのシンボルともいえるドリーム城が見えて来る。


「ここで待っててね?」


 庭園の中に設えてあるガゼボにセレスティーヌを座らせると、目の前にある屋台で飲み物を手にして戻って来た。


「はい、どーぞ」

「……ありがとうございます……」

「あんなに怖がるとは思わなかったわ」


 息も絶え絶えといった風貌のセレスティーヌが、笑うアマンダを恨みがましそうにみつめた。

 途中までは全然大丈夫だったのに。


 こくりと受け取った飲み物を口に運ぶ。爽やかな酸味のあるジュースであった。叫んで喉が渇いていたのだろう。飲んでみて気が付いたらしく、休む間もなく喉に流し込んだ。


「……最初の坂を上り切ったあと、外に放り出されるかと思いました」

「ちゃんと計算され尽くしてるのよねぇ。凄いわ」


 エストラヴィーユ王国随一の行楽スポットと言われるドリームランド。

 規模も凄いが、『遊び』の域を超えた技術力である。色々な分野の様々な力の粋を結集させた場所がドリームランドなのである。


「あの係員さんは、どうやって見張り台に登ったのでしょうか」


 てっぺんにいた係員を思い出しては首を捻る。


「見張り台と同じだと思うわ。多分ハシゴみたいなのがついてるのね。

 あと建物のセットの裏にはレールを点検できるように、全て階段がついているそうよ。楽しむ場所で事故があったら大変だから、毎日……さっきの爆走トロッコは走行毎に、ちゃんと点検や、必要ならば修理をしているのだそうよ」


『爆走トロッコ』


 なるほど。楽しい場所だからこそ、確かな技術と何重もの手間に支えられているのだ。

 だがしかし、幾ら安心だと言われてもあの恐怖感はイカンともしがたい。


「スピードとスリルを味わう乗り物だからね。一番人気だから、ここに来て乗らないなんて手はないわ。でもドキドキして思いっきり叫んだら、何かスッキリしない?」


 そう言ってにっこりと笑った。



 ドリームランドのほぼ中央にはドリーム城がある。

 その名の通りお城を模した建物で、大貴族のお城のような展示物が並べられていた。


「大広間では日に何度か『舞踏会』が開かれるそうよ」


 来園客が音楽に合わせて踊る催しだそうだ。建物の奥には貸衣装屋が入っており、舞踏会を楽しむ為にドレスや礼服を借りることも出来るらしい。


 園の至る所に軽食や飲み物を扱う屋台や出店が出ているが、ドリーム城にはそれとは別にレストランもあり、ちょっと豪華な食事を楽しめるそうだ。


 奥に進み城を抜けると、目の前には剪定された木を垣根のように整えた巨大迷路が広がっている。


「どうする、やってみる? 奥まで行って戻りがてらの方がイイ?」

「一度奥まで参りましょう。見ながら優先的に体験する物を決めた方がよさそうです」

「オッケー!」


 左右に動物園と『アスレチック』と呼ばれる木や建物に仕掛けをつけ、身体を動かして遊ぶ施設があり、更にそれを抜けると畑やミニチュアサイズの水車など、田園風景が広がる田園ゾーン、反対側には牛や羊がまったりと草をはむ牧場ゾーンがあった。


「ここが行き止まりですか?」

「そうみたいね。田園ゾーンでは希望者に農作業体験をさせてくれるそうよ」

「あっちの牧場ゾーンは、さしずめ酪農体験が出来るんですね?」

「御名答」


 ふわふわとした羊を近くで見たくて、セレスティーヌが柵に近づいて行く。


「まぁ! 小さい仔がいますよ!」

「よかったら撫でますか?」


 にこにことした係員なのか飼育員なのかが声をかけてくれる。


「いいのですか?」

「どうぞ。そこの餌を買って、あげてみてください」


 見ると、木皿に入れられた野菜くずが綺麗に鎮座していた。抜け目がないなと内心で苦笑いをしつつも、銅貨を一枚入れて木皿を一つ手に取った。


「おいで~」


 セレスティーヌが餌を振りながら声をかけると、気づいた仔羊がトコトコと近寄って来て餌をはむ。

 柵から腕を伸ばしてそっと頭を撫でる。


「わ~、もふもふしている」


 思わず頬を緩めると、背中も撫でさせてもらう。めぇぇ、と小さく鳴いて大人しくしている羊の仔は温かくて柔らかかった。


 手だけ振って餌を持っていないアマンダには知らんふりしているところが何とも。

 なかなか強かで賢いようである。


「畑や牧場で採れたものを体験された方にお渡ししたり、レストランで使ったりします。余ったものは従業員や動物たちも食べたりしますよ。生ごみなどは肥料にして畑に循環されます」

「上手く賄ってるのねぇ」

「はい。隣の動物園は元々、サーカスで役目を終えた動物にのんびり過ごしてもらうために作られました」


 動物園も見て言って下さいねと促され、頭を下げる。



 言われるまま動物園のゲートをくぐれば、猛獣と言われるような動物たちがのんびりと寝転んでいるばかりであった。


「動物の多くは夜行性だから、昼は寝っ転がっているのね」


 納得するようにアマンダが言うと、小さい子ども達が賑やかに声を上げる一画を見た。

 小動物とふれあうというコーナーのようで、ウサギやひよこ、ニワトリなどが子どもに抱かれている。


「セレも行って来たら?」

「さすがにあの中には……」


 小さな子ども達をみて恐縮すると、アマンダは首を傾げて近づいて行った。


『ぎっ!?』


 驚いたウサギが珍しく鳴き声をあげると、一斉に壁際によってフルフルと震えながらアマンダを見あげている。ひよこはかしましくピヨピヨと鳴きながら走り回り、ニワトリはヒステリックに喚きながらバサバサと羽根を羽ばたかせている。


「う……っ」


 泣きそうな三歳くらいの男の子にギョッとして、セレスティーヌが急いでアマンダの背中を押した。


「アマンダ様! 次に行きましょう、次!!」



 前にそびえるアスレチックは、これまた沢山の種類があるようであった。

 係員に渡された釣りズボンを履き込むと、だぼだぼで笑える姿になった。


「裾を踏んだり引っ掛かったり、捲れて下着がみえたりと大変ですからね」

 

 足場がそれとなく作られている壁や木をひたすら登るものや、小川に浮かぶ不安定な橋のようなもの。丸太を横に倒し道のようにしたものは、所々高さが変えてある。荒縄を使って網のように編まれたネットを上に下に、右へ左へと伝い進む大きな網の道など、確かにスカートでは遊び難いものばかりであった。


 アマンダは身体能力が高いらしく、すいすいと熟して行く。


 昨日の話では、少しでも一緒にいたくて護衛騎士の友人と一緒に、ずっと鍛錬をしていたと言っていた。

 ――そのせいで、騎士よりもずっと鍛えられた肉体になってしまったのだそうだ。筋肉がつき易いと嘆いていた。



 ひときわ並んでいる場所を見れば、ちょっとのことでは切れてしまわないように、細い金属を縒り合わせた太いロープが離れた大木と大木を繋いでいる。


「…………」


 ロープにはブランコのような椅子が取り付けられており、やはりロープが渡してあるのが目に入る。

 そして木と木を繋ぐ金属のロープに、これまた滑車がついた椅子のロープが渡してあるのは、つまり……


「あれ乗りましょうよ。トロッコよりは怖くないでしょう?」


 徹底的に楽しもうと考えているらしいアマンダは、いそいそと歩き出す。


(高い……! 思ったよりも高い!!)


 アマンダと一緒に椅子のような板に座りながら、万が一にも傷つかないようにはめられた手袋の手でギュッとロープを掴んだ。


 木に備え付けられた階段を上り太い枝に立つと、想像よりもはるかに高い位置に立つことになった。


 万が一に備え下には縄で編まれた安全ネットが張られており、落ちたとしても怪我をすることなく受け止められる仕組みになっている。良く出来ている。出来ているが……


「さ、それでは行きますよ~」


 のんびりした係員はふたりの背中を押した。


 視界はほとんど空中である。木と空と木。足場はなく、あるのはよく滑るように滑車をつけたロープと、椅子だと言い張る板が一枚。

 数十秒の空の旅だ。


 樹々の緑と青い空が滲むように視界を走り抜けて行く。空気を切り裂くように風が耳の横で唸った。

 

「ひゃっほ~~~~う♪」

「ひぃぃ…………っ!!」



 ふらふらになりながらダボダボのズボンを脱ぎ去り、先ほどの巨大迷路に戻って来た。

 初級・中級・上級の三種類ある。


 せっかくなので全種類制覇すべく乗りこむ。セレスティーヌが持ち前の冷静さを持ち直して、するするとゴールを目指していく。三種類全て終えた時には、その場の係員全員から拍手を貰った。

 ちょっと気恥ずかしくて、困ったように係員とアマンダを見比べた。



 暫くしてお昼にするべく、再び庭園のガゼボに落ち着く。

 同じようにガゼボやベンチに座る人、道行く人。沢山の弾んだ声が耳に届く。


 アマンダは何かを考えているのか、それとも何か気になったのか。一瞬道行く人の声に耳を澄ます素振りを見せたが、すぐに向き直った。


「庭園の周辺に軽食を扱うお店が出ているわ。好きなものを選んで食べましょう?」


 そう言うと、離席をする時に使用中であると目印にする小さな看板をテーブルに置いて立ち上がった。

 セレスティーヌは久しぶりに『お腹が空いた』と思う。子どもの頃のように目一杯身体を動かし、笑い、驚いたからであろう。


(……チキンが食べたいかも……)


 ハーブと調味料をたっぷりと塗り込んでこんがり焼いたロティサリーチキンは、貴族にも平民にも食べられる料理だ。切ったりほぐしたりしてパンに挟んでもいいし、アマンダなら大口を開けて齧り付いても、笑って一緒に齧り付いてくれるかもしれない。


 暗澹たる気持ちと未来に落ち込んでいた筈が、たった一日でびっくりするくらいに晴れ晴れとしている。


(確かに。ちょっと怖かったけど、驚くほどにスッキリしているわ)


 二日前に婚約破棄をされたとは思えない程だ。

 アマンダのお陰だろうと思う。

 相変わらず独創的なお化粧をしているアマンダを見ては、眩しそうに銀色の瞳を細めた。


「?」


 不思議そうに首を傾げるアマンダを見て、セレスティーヌは微笑む。

 そして。

 心から微笑んだセレスティーヌを見たアマンダが、驚いたように一瞬目を見開いた。

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