19 港・中編
夜明けの道を勢いよく馬が連なって駆けて行く。
騎士たちは、遥か先に見慣れた後姿を捉えて口を開いた。
「あの前を走っているの、カルロじゃないか?」
「ああ、確かに」
噂をすれば何とやら。複数の蹄の音を捉えたカルロが振り返り、速度を落とした。
「……意外に早かったね」
カルロは追い付いた同僚に笑顔を見せる。
いつも組んで仕事を熟すことが多いため、説明をせずとも互いに動きが解る相手と行動を共に出来るのは心強い。
一番はアマンダの安全の確保と犯人たちの捕縛であるが、それを確実に熟すため、緊迫した状況であればあるほど互いの呼吸は大切だ。
「ミミズクが飛んできたんで、急いでこっちに来たんだよ」
今回こそは捕まえるという気持ちはアマンダだけではない。仕える騎士たちも同じである。
「向こうは大丈夫なの?」
今まで後手に回ったため万全の体制をと皆一丸となって動いている。
警備の強化や犯人たちの追跡にと動いていたが、犯人と接触すると連絡が入り、すぐさま飛び出してきた。
「心配ない」
「お前こそ、殿下とアンソニー殿はどうした」
「犯人は複数に分かれて行動している。タリス嬢を人質にしている者と、逃亡のために動いている者と、最低で二手だ」
カルロの説明を半分ほど聞いたところで、三人はふむふむと頷いた。
「殿下はタリス嬢を連れていると思われる人間との交渉に向かったのか」
「アンソニー殿は逃亡を企てている奴らを追い詰め、バキバキのズタズタに、心を折りに行ったのだな」
間違いではないが、アンソニーの評価が相変わらずであるのが笑える。
港を厳重警備していた騎士たちを見て、あとはアンソニーに託しアマンダの加勢に向かうことにしたカルロだったが。去り際にひょっこり現れたディバイン公爵を見てビックリしたのは言うまでもない。
「ディバイン公爵も犯罪増加を受け、内々に捜査していたらしい。今頃ディバイン領のあちこちで一斉摘発だ」
「ほうほう」
話を聞いていたひとりが、不思議そうに首を傾げた。
「交渉場所のみしか報せはなかったのだろう? よく別口の潜伏場所がわかったな」
「チンチラとレトリバーに助けられたんだよ」
カルロが苦笑いをしながら大雑把に説明をした。
本当に彼らには礼を言っても言い足りないだろう。
幾ら説明したところですぐには解ってもらえそうもないので、解決した後にゆっくり説明するのが良いだろうと思った。
「チンチラとレトリバー?」
思ってもいない返答に、三人は同じように首を傾げている。
「ああ。詳しいことは後だ。殿下とタリス嬢のもとへ急ごう」
そう言うと全員が頷き表情を引き締めた。
そして馬を労った後、再びスピードを上げる。
******
アマンダとジェイは注意深く周囲を注意深く探った。
明かりもなければ、人が立てる音もしない。岩に打ち付ける波の音が、周囲を包み込むように響いていた。
自分たちをどこから見ているのかと、ふたりは思わず息を詰めた。
薄く靄がかかり、静かな朝の空気を感じる。
遠くの空がほんのりと白み始めた。
「あそこか」
記された住所に来てみれば、本当に使われているのかも怪しい寂れた倉庫であった。
すこし足を延ばせば観光名所もあるというのに、時間と人に忘れ去られ、切り取られたかのような空間に感じられる。
「……微妙な高さの崖になってますね?」
周囲の様子を確認しながらジェイが眉を顰めた。
切り立った断崖と言ってはオーバーであろう。だが成人男性ふたりを足したより高い崖は、落ちたら無傷では済まないはずだ。
「忍び込んでお嬢様を救出しますか?」
「……どういう仕掛けがされているか解らない。セレの安全を第一で考えたい」
本来アマンダを護る立場の人間からすれば、一番はあなただと言いたいところだが。しかしそんな風に育てた(?)覚えもないので、案の定というべく返ってきた返答にジェイは苦笑いをした。
「じゃあ、とりあえず正攻法で『来ましたよ』って言いますか?」
優しい口調で確認するジェイに、アマンダは頷いた。
「人質を取って正面から交渉しようって持ち掛けるんだ。多分交渉という名の向こうの言い分を伝える気はあるんだろう。下手なことを仕掛けるよりもそれが一番確実だろう」
「へいへい?」
いつもの調子でジェイが返事をすると、ふたりは倉庫に向かって歩き出した。