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17 追跡

 ひたすらに走る中、キャロは周囲を見渡しては、先ほどとは違う道であることに気づいた。

思わずレトリバーの茶色い頭を半眼で見つめる。


 さすがに馬であの山道や洞窟を通ることは出来ないとレトリバーも思ったのであろう。細いながらちゃんとした道を走っていた。


 どのくらい走ったのだろう。レトリバーの走る速度がゆっくりになり、やがて止まった。そしてレトリバーとキャロが、アンソニーとカルロの方を振り返る。


「……あの教会か」


 二匹が視線を向けた先にあるのは、古びた教会である。


「もしあそこが潜伏先なら、音をたてない方がいい。馬を置いて徒歩で寄ろう」


 小声のカルロにアンソニーは頷く。


「わかった」


 物音も足音も、呼吸さえも聞こえてしまわないように注意しながら建物に近づいて行く。人の気配は感じず、窓から漏れる光もなかった。


「……寝てるのだろうか」


 注意深く意識を研ぎ澄ませながら、カルロとアンソニーが窓に耳を近づける。

 そんなふたりの後ろをキャロとレトリバーが静かについて行く。


 境界に近づく前、アンソニーが犬とチンチラに静かにするようにと、こんこんと説明する姿が面白かった。

 本人は至って大真面目なので、ニヤニヤするカルロに絶対零度の視線を向けていたが。


『うきゅ』


 ふたりの前に回り込んだキャロが、右手を挙げて小さく鳴いた。


「…………?」


 言いたいことが理解できずに微かに首を傾げるふたりを尻目に、あっという間に走っていく。キャロが潜れるほどのヒビの入った壁から侵入すると、制止する間もなく中へと入って行ってしまった。


(……様子を見てくる、とでも言ったのか……?)

 アンソニーはキャロが消えたひび割れを見ながら、そう思った。



 教会の中に入ったキャロは、注意深く廊下を進んだ。

 誰の気配も感じないそこを、文字通り焦りながら確認して行く。


(いない! セレも悪い奴らもいない!)


 一瞬途方に暮れるがどうしようもない。

 泣きそうな気持で誰もいないことを充分に確認しては、先ほど自分たちがいた場所に近い窓を探して登った。カーテンの隙間に身体を滑り込ませ立ち上がると、アンソニーとカルロが心配した表情で窓を見つめていた。


『……うきゅ(いないよ)』


 そう鳴いて首を横へ振る。伝わるだろうかと思いながら、アンソニーの緑色の瞳を見つめた。


「いないのか」そうアンソニーの口が動いたので大きく頷く。


 頷き返したアンソニーはカルロに向きなおってひと言ふた言何かを伝えると、足早に歩き扉へと向かった。

 ノブに手をかけると小さな音と共に難なく開いた。そして念のため剣の柄に手をかけながら廊下を足早に進んで行く。手前から順番に部屋の中を確認して行くふたりは、注意深く周囲を見渡した。


 消えた暖炉に手をかざしたカルロが口を開く。


「まだ温かいから、数時間前に出たんじゃないかな」


 アマンダたちとの約束の場所に向かったのか。それとも逃げきるために別行動をとって、どこかへ向かっているのか。


「タリス嬢はいたか?」

『うきゅ……』


 アンソニーの問いかけにキャロは首を振る。


 そのままセレスティーヌがいた部屋に案内してもらうと、もぬけの殻であった。


(彼女のことだから、何か手がかりを残しているかもしれない)


 アンソニーが注意深く部屋の中を見渡した。月明かりのみの光であるが、夜目が利くのが有難いと思ったのは初めてかもしれない。ふとアンソニーは何かに気づき近寄き、部屋の片隅に座り込んで床を見つめた。


 そこには、『四』と数字が書いてあった。

 時間は曖昧であろう。距離の憶測だとしても何を基準なのかわからない。ここまでの道のりで通った曲がり角にしては少なすぎる。


(…………)


 テーブルの上に置きっぱなしになっていたゴブレット、食べていたのであろうナッツの殻や食べ物の残骸、椅子の数などを思い出す。


(三人……)

 そしてセレスティーヌを連れ去った人物。


「戻ろう」


 アンソニーはキャロに声をかけ部屋を出る。


 潜伏していた人間たちがいたのだろう部屋に戻ると、カルロが荷物などがないか確認している最中であった。


「事件に繋がるようなものは何もないね」

「今までの傾向からするとそうだろうな」


 食べ残し以外何も残っていなかった。アンソニーはハンカチを取り出すとゴブレットを掴んでレトリバーの前に差し出す。


「案内してもらったばかりで悪いが、コイツの匂いがわかるか?」


 レトリバーは首を傾げていたが、クンクンと匂いを嗅ぐと部屋の中を探し物でもするかのように歩き出した。


『うきゅうきゅ、きゅきゅきゅ?』


 アンソニーの言葉を伝えているのか、レトリバーに話し掛ける。静かに聞いていたレトリバーがひと吠えすると、再び身体を伏せた。

 よじ登ったキャロが扉の方向を指差す。


『きゅ!』


 向こうだ、と言わんばかりの様子に人間ふたりが顔を見合わせた。


「……犬は鼻がいいって言うけど、凄いな」

「カルロ、他のゴブレットも匂いが混ざり難いよう別々に包んで持って行くぞ」

「わかった」


 背負った鞄から大きな手巾を出すと、中身が残っていないことを確認してから丁寧に包み、しまう。

 立ち上がったレトリバーは確信を持ったような足どりで、小走りに走り出した。 

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