15 ディバイン公爵邸
「うっわ、ヤベェじゃん」
通信管から抜き取った書簡に目を通すと、男は半笑いでそう言った。
決して不真面目に笑っているわけではない。目まぐるしく変わる状況に苦笑いせざるを得ないのだ。
年の頃は四十代後半から五十代前半といったところだろうか。しかし若々しく見えるため、見ようによっては十歳ほど年下に見えるかもしれない。
まるで舞台俳優のように整った顔立ちの男は、ディバイン公爵だ。
整っているのもその筈で、彼は家督を継ぐ前に俳優兼ダンサー兼、歌手、そして司会者をしていたというこれまた異色の経歴の持ち主である。
少しばかりクラウドホース公爵に似た経歴であるが、クラウドホース公爵は元コメディアン、ディバイン公爵は老若男女、特に若い女性を虜にしていたエイドローン・タラントン、通称(元)アイドルである。
超国民的アイドルグループに所属し、その纏め役を務めていた彼であるが、今はゆっくりと家業である公爵業(?)に邁進する日々であった。
本来非常に真面目な性格であるものの、非常に照れ屋であるためか、ちょいちょい入れなくても良い茶化しが入る。
幼少期はヤンチャであったためか、それとも飾り気がないからなのか、周囲に肩肘張らせない口調も彼の持ち味だ。
勿論公爵然としなくてはならない時には、きちんとした口調と所作に早変わりである。
「う~ん……。まあ、殿下とアンソニーちゃんの指示通り警備の強化はするにして。内密に調査していた最近の事件の拠点とおぼしき箇所も、この際一斉に叩いちゃう?」
部屋に詰めていた副官に『メインは肉と魚、両方行っちゃう?』のように言っているが、なかなかに思い切った力技を提案していた。
その証拠に副官は厳しい顔で腕組をして、黙り込んでいる。
公爵とて自領の事件をただ何もせずにいたわけではない。
事件の発生件数が増えてすぐに、各方面に情報収集、個別に調査・下調べを行ない、怪しい人間や根城などを探っていたのである。
アマンダの指示が書き込まれた信書をヒラヒラと揺らしながら続ける。
「例の奴らが今こっちに集中しちゃってるってことは、それ以外の所が手薄になってるかも知れないじゃん。関係ない模倣犯な奴らもいるんだろうけど……バラバラとするよりも一斉に圧力掛けた方が、逃げられる確率は低くなるかと思うんだよね~?」
「確かにそうですが……かなりの大捕り物ですぞ。ましてや各所を警戒しながら……領内の騎士と自警団と、全投入になるでしょう。それでも足りないかもしれない」
副官の言葉は想像していたようで、うんうんと相づちを打っている。
全投入だろうが何だろうが、やる時はやらなばならないというのがディバイン公爵の自論である。
ついでに言えば、限られた内容で問題なく、最大限の結果を出すことが腕の見せ所ともいえるだろうとも思っている。
「殿下に怒られっかなぁ。でも捕まっちゃってるの彼女なんでしょ? 公爵網で話題になってた『セレスティーヌちゃん』でしょ。こっちら辺に構ってる場合じゃなくね?」
「さ、さぁ……」
濁す副官を見て、他領とのやり取りで山になった信書箱を見遣った。勿論見られても問題がないものだけがそこに置いてある。
マズいものは然るべき場所に鍵をかけてしまってあるのだ。箱に入っているのは問題ではなく話題の内容である。
今ほど口にした公爵網とは、公爵間の連絡網のことだ。
公爵たちは早馬や伝書鳩、時に隠密などを使って情報をやり取りしている。それは領地間の問題だったり国のあれこれだったり、どこぞの困りごとの火消だったりと多岐に渡るものの、至ってしょうもない世間話なこともあったりするわけで……
幼馴染に失恋した親戚の子(アマンダ)が女装をしながら、友人以上恋人未満の自称侍女を連れて国中を世直しよろしく練り歩いていることは既に全公爵の周知のことである。
(……世直しとか、やっぱローゼブルクの血が濃いんかなぁ)
ディバイン公爵は『カッカッカッカ!』と豪快に高笑いをするご隠居こと、ローゼブルク前々公爵を思い起こして首を傾げた。
親戚といっても家により遠かったり近かったりと様々ではあるが、どの公爵家とも親戚関係である自国の王子様(……と、その連れ)を、付かず離れず、知らん顔をしながら、時にはちょっと面白がりながら、そっと(?)公爵たちは公爵たちで見守っているのである。
「ふうん……まあ、逃がして怒られるより捕まえて怒られた方がいっか」
大きな瞳をにっこりと細めると、壁に貼られた地図を見た。ディバイン領の地図だ。
所々に飾り付きの針が刺されており、それは彼らが調べ上げた犯罪者たちのアジトと思われる場所だ。
ものを運ぶにも逃げるにも機動力のある船が良いと考えたのだろう。内陸部には針はなく、殆どが海岸線にほど近い場所に刺さっている。
「あんまし時間もないし、ガン首突き合わせててもなんも解決しないよ。港を封鎖している今がチャンスだろう?」
副官としても公爵が言っていることは理解出来るわけで、ややあって諾と頷いた。
しかし気がかりなことがあり、副官が疑問を口にした。
「……本当に、殿下の警護をしなくて良いのでしょうか……」
縁起でもないことを考えたくはないが、立場上、リスクを潰すのが役目であり職業である。
何かあったら一大事どころか、とんでもないことになってしまう。
「ああ、大丈夫でしょ。あの子その辺の騎士よりてんで強いもん。お付きの人間も結構な手練れだし、必要なら殿下もお付きの面々も自前の騎士団を手配しているはずだよ」
手伝ってほしいならば事前にそう言ってくるはずだ。
何より、要らぬ気をまわして下手な人間を手伝いに派遣したら、却って足手纏いだったと(アンソニーに)文句を言われかねない。
あっけらかん以外の何ものでもない言葉に、本当にいいのかなぁと首を傾げる副官。
話している間に書きつけたインクが乾いているかを確認して、ディバイン公爵は軽く頷いた。
「あ~あ。サウザンリーフ公爵に鎧を借りればよかったなぁ!」
「……あのド派……いえ、桃柄の鎧ですか?」
眉を顰めた副官に、ディバイン公爵はグフグフと笑う。
「そ、そ」
ディバイン公爵は大きな目を猫のように細めて笑った。
「…………はぁ……」
長く間を置いた返事の間に、必要事項が書かれた信書をジェイの寄越した鳥の通信管に入れる。
「さぁ、ご主人様の所に帰りな」
大きく窓を開け、鳥を放つ。
夜空に光る月を見てから、公爵はにっかりと笑って振り返った。
「そして我々は深夜の集会、朝までコースだよ~!」