14 会話
「キャロ!?」
小さな声の出どころを探すと、壁と柱の隙間にモフモフのお尻が挟まっていた。無理やり隙間に押し込んだのだろう。すっぽりと挟まってしまい、小さな脚が空を掻いている。
「……何でそんなことになってる?」
可愛らしいが間抜けな格好に、アマンダは苦笑いをしながら不思議そうに呟いた。
「……何かがつかえていますねえ? 廊下にまわった方が早いっすね?」
ジェイがしげしげと覗き込みながら言うと、アンソニーが素早く部屋の外へ出てしゃがみ込んだ。
「何を背負ってるんだ?」
大きな手でひょいっと隙間から取り出すと、己の顔まで近づけた。
いきなり持ち上げられ、かつイケメンの顔にビクついたキャロは、モフモフの毛を逆立てながら鞄を抱え込む。
「…………」
無理やり取り上げるのも気が引けるので、部屋に戻りテーブルの上に下ろした。
大男三人と普通の男がひとり、キャロを見下ろしている。
『……う、うきゅ……?』
「無事でよかった! 一体どこにいたの?」
アマンダがいつもの口調で撫でると、ハッとしたようにキョロキョロと何かを探し出す。
部屋の隅にあるセレスティーヌの旅行鞄に走り、手をやると、ペシペシっと叩いた。そして手を背中側に回し(届いていないが)座る。今度は立ったかと思うと両手をバタバタとさせて歩き出し、再びぺたりと座り込んだ。
そして勢いよく鼻をフンス! と鳴らす。
「…………」
四人が再びキャロを見て、顔を見合わせた。
「全く解らんな」
眉を寄せアンソニーが呟く。
「多分ですが、お嬢様のことを伝えようとしているんでしょうね?」
「タリス嬢の旅行鞄を気にしているからねぇ。まあ、居場所を聞いているのかもしれないけれど……」
ジェイの言葉にカルロが付け加える。
居場所を確認するのに持ち主の鞄を示すだけでも充分に賢い。いつも一緒にいる飼い主の姿が見えないことは、きっと淋しいだろうと思われた。
「キャロ、もしかしてセレの居場所を知ってるの?」
「さすがに……」
アマンダの問いかけを聞き、さすがにそこまで人の言葉は解らないだろう、そうアンソニーとカルロが言いかけたとき、キャロがこくこくと頭を上下に動かした。
ふたりは瞳を瞬かせる。
そしてキャロは、荷物が大き過ぎてもはや隠れない鞄のフタを開け、瓶の栓に似たものを差し出した。
それは金貨の型であった。
「これ……! やっぱりアイツらのアジトに連れていかれたの!?」
アマンダの顔がコワい。思わずドン引きそうになるが、キャロはそれどころではないと思い直して考える。
(アジト……って、セレの連れていかれた家のことかなぁ?)
キャロは少し考え、こくりと頷いた。
「キャロさんは賢いですねえ?」
ジェイがそういいながら小さな頭を撫でる。
「……いや、賢いとかってレベルの話じゃないんじゃないの……?」
カルロが信じられないと言わんばかりの顔でキャロを見た。
真ん丸な瞳で見上げ、ピルピルと髭を動かす様子は、ただただ可愛らしい小動物にしか見えない。
「タリス嬢のいる場所から、ここまで戻ってきたのか?」
「アンソニーまで!?」
カルロは切替が早過ぎる友人にビックリして声を荒げる。
アンソニーは超現実主義者である。更に利用出来るものは(法に触れない程度で)とことん利用する人間でもあった。
例え目の前でペットの動物が人間語を理解し、更には事件の詳細を伝えるという到底信じられないことがあったとして、己の目の前で確かに起こっているのであれば、自分の感情をおして情報を引き出そうと考える性質である。
カルロがたじろいでいる間に、再びキャロが頷いた。
「……人語を話せないのが惜しいな。取り合えず、イエス・ノーで会話できそうなことが解かった。それでいろいろ聞いてみよう」
表情を変えずに全て納得したらしいアンソニーが、至極当然のように三人に提案した。
(よかった……! どうなるかと思ったけど、何とか通じるかも!)
キャロはほっとしながら、どう伝えればいいかを考え始めた。
四人がキャロに聞いて解ったことは、やはりセレスティーヌは誘拐され、どこかに監禁されているということであった。
「どうやって帰ってきたんだろう? チンチラの足で帰って来れたなら案外近くにいるのだろうか」
アマンダが疑問を口にし腕を組んだ。
格好は相変わらずピンクのドレスを纏っているが、すっかり元の口調に戻っている。
キャロは黒いつぶらな瞳をパチパチとさせると、いつもとは違うアマンダを見た。
(……アマンダは女の子になりたい男の人なのかと思ってたけど、そうでもないのかな?)
キャロは首を左右に倒し、アマンダを見上げる。
キャロの予想は外れてはいないが、セレスティーヌと過ごす内に再び元に戻ったのだと教えてやりたいが、キャロの心の声を届ける術がない。
「アジトは近いの?」
アマンダの問いかけに少し考え首を横に振った。
近いか遠いかは主観によりそうであるが、何時間も馬車に揺られたことから決して近くはないだろうと判断した為だ。
「どうやって帰ってきたの? 自分で走って?」
キャロは再び首を振り、いきなり四つん這いになる。
『ワきゅン! ワきゅン!!』
そして大きな声でいつもとは違う、聞いたことがない声で鳴きだした。
「……もしかして、犬?」
目の前のことに少し慣れて来たカルロが問いかけると、振り返って頷いた。
「犬に乗って帰ってきたの? 元の場所はわかる?」
再び頷くと、窓辺に移動し外を見遣る。待っててくれとも言わずにアマンダたちの所に走り出したことを思い出し、一瞬青ざめた。
覗けば馬留の端が目に入り、レトリバーが馬たちと話しているらしい姿が見えた。
(待っててくれてる……! 馬さんたちが引き留めてくれたのかな)
キャロにあの滅茶苦茶な道のりを案内できる自信がない。ホッとして四人の方に向き直り腕を上げ大きく頷いた。
よくよく小さな手を見れば、親指を立ててサムズアップしている。
「……わかる……みたい?」
アマンダの声に四人で顔を見合わせた。
「……信用して大丈夫なのかな……?」
カルロがいまだ信じきれないのか、視線を左右に揺らす。
まあ妥当な反応であろう。
「ここまで明確に返事をし意思疎通が図れるのに、逆に信じられないのか?」
人間見極めと同時に思いきりと好機を逃さない度胸も大切だぞ、とアンソニーに諭される。
聞いていた言葉に頷きながら、アマンダが口を開く。
「時間がない。万が一に備えキャロが案内するアジトと、指定場所の倉庫のふた手に分かれよう。そして陽動かもしれない場合に備え、今行ってる検問の強化を」
今までも捕まらずに逃げ延びた集団だ。
先日の爆破放火のようにそちらに目を向けさせ、手薄になった警備の隙をついて逃げるということも充分考えられる。
「自分のを、公爵に飛ばしましょう?」
ジェイは素早く窓を開けると、指笛で自らの鳥を呼んだ。