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12 キャロの大冒険・中編

 いつもなら暗いはずの道は眩いランプで照らされている。年末の稼ぎ時なのだろう、酔っぱらった男たちに手土産を売る露店や臨時の酒屋などが賑わいを見せていた。


 そんな夜の道。千鳥足でふらつく親父たちの足元を、キャロが素早く走り抜けた。

 酔っ払いたちは小さな存在など気にすることもなく、陽気に肩を組んで笑いながら歩いている。


(ここから、どっちだったっけ……)


 人並が途切れたところで立ち止まったキャロは、二本足で立っては首を左右に回しながら数時間前に通った道を確認していた。


 同時に、捕食されないようキツネや猛禽類と言った天敵にも気を配らねばならない。

 夜の道は同じような小動物や、物陰に身を潜ませながら虎視眈々と狙う猫などで意外に賑やかだ。


 どの程度走ればいいのかも解らず、一刻も早くアマンダに知らせなければと気ばかりが焦る。

 しばし固まって困っていると、のんびりとした声が呼びかけてきた。


『チンチラとは珍しいね。何か困り事かい?』


 キャロが見上げると、大きな初老のゴールデンレトリバーが見下ろしていた。

 思わずその大きさに怯むが、よく見れば優しい瞳で微笑んでいるように見える。被毛の汚れ具合から野良犬のようであるが、穏やかで礼儀正しい様子から、元は飼い犬であったのだろうと思われた。


『元居た場所に戻りたいのだけど、初めての場所なんで解らなくなってしまって』

『おやおや、迷子か……飼い主と逸れてしまったんだねぇ』


 そうではないと心の中で思いながら、細かいことを説明しても信じてもらえるとも思えず、細かくヒゲを動かした。


『近くなのかい?』

『いえ、多分遠いかと……』

『ふうむ』


 レトリバーは首を左に傾げた。


『地名や風景など、手がかりになることは覚えているかい?』


 キャロはヒゲをひくひくさせながら考える。アマンダやセレスティーヌは何と言っていたか……


『『ユイット』という町からちょっと移動して、飼い主と別の町にいたのだけど。そこは領地が隣り合っている町だって言っていたかも……』

『ふうん、ユイットの近くで関所がある別の町なら、リジエールにいたのかもしれないね』

『リジエール?』


 レトリバーは前脚で図のようなものを描くと、切り込んだようになっている部分を二度、軽く叩いて示した。


『こっちが今いるディバイン領で、こっちがオステン領さ。そしてこの入り組んでいる部分が『リジエール』だよ』


 領地の境界は意外にデコボコしているとはいえ、想像以上に入り組んでいる。領地を分けた時代には、川や山などがあったのだろうかとキャロは首を傾げた。

 説明しながらレトリバーは考えるように呟く。


『リジエールか……ここからじゃちょっと距離があるねぇ。いくらすばしっこいといえチンチラの足では大変そうだ。夜が明けるどころか昼になってしまうよ』


 どの程度離れているのだろうか。何時間も馬車に揺られていたのだ、それなりの距離を進んだことはキャロにも想像出来る。


『背中にお乗り。わたしが運んであげよう』


 レトリバーはそう言うと、キャロが乗り易いように地面にぺったりと伏せた。


『えっ! 遠いのに、いいんですか……?』


 キャロがびっくりしつつも申し訳なさそうに確認する。レトリバーは優しい瞳を細めて笑う。


『もちろんさ。何か事情があってここまで来てしまったのだろう? ましてや道が解らないんじゃあ帰りようもないからね。……困った時はお互い様さ』


 そう言って急かすように自らの背中を示す。


(……どうしよう……でも、土地勘がないのは確かにだし)


 キャロは心を決めたように姿勢を正すと、ぺこりと頭を下げた。


『ありがとうございます。それではお願いします』

『ああ、頼まれた。しっかり掴まっておいで』


 キャロはレトリバーの長い毛を引っ張ってしまわぬように優しく乗る。キャロが転げ落ちないようにゆっくり立ち上がると、一気に視界が高くなった。

 キャロはハッとして急いでつけ加える。


『かなり走るのですよね? お腹空いていませんか。よかったらご馳走させてください』

『おやおや』


 律儀なチンチラの言葉に目を瞠ったが、楽しそうにわふわふと笑った。


『それじゃあ遠慮なくご馳走になろうかな?』


 草食動物の迷子のチンチラが肉食の大型犬に何を奢ってくれるのかと、レトリバーは考える。馬鹿にしている訳でなく、その心意気を思うと心底楽しく思ったからだ。


 キャロはもふもふの中に隠れた鞄を取り出す。先ほど入れた悪い仲間の落とし物が半分飛び出しているので、落とさないように抑えながら硬貨を1枚取り出しては、キョロキョロと露店を見渡した。


『あの、骨付き肉はいかがですか?』


 そう言って骨付きチキンを指差した。総菜の露店だ。酔っ払いが家族にお土産にするのを見込んでいるのだろうか。

 見ればまだ子どもと言ってよさそうな少年が店番をしているのが目に入った。

 頭の固い大人の店よりも子どもの方が流されてくれるだろうと思い、キャロはその店を提案してみる。


(ほう、ちゃんとこちらの好みのものを用意してくれるのか)


 てっきりナッツか干し草が出て来るかと思えば……干し草はマズそうだが、ナッツを食べるよりは良いだろうと考えていたというのに。

 レトリバーはうんうんと頷いた。


『大好物さ』


 一方のキャロはほっとして微笑む。


『それでは申し訳ありませんが、店員の近くに行ってもらえますか?』

『お安い御用だよ』


 わふわふと笑いながら、軽い足取りで歩き出した。



 退屈そうに荷台の上に首を乗せていた少年は、大型犬が近づいて来たので警戒して身体を起こした。


「エサなんかないぞ! しっしっ!」

『うきゅ!』


 レトリバーの頭の上に立ったキャロが、硬貨を左手に持ちながら右手で骨付き肉を指差す。


「……ん? ネズミ!?」


 少年はその辺にいるネズミに比べるとだいぶ大きいキャロを見て、商品である骨付き肉を守るように覆いかぶさる。


『うきゅ、うきゅきゅ!(骨付き肉をください!)』

「うるさいな! 肉を齧ったら叩いてやるぞ……って、ん?」


 立ち上がって何かを訴えるようなキャロをまじまじと見ると、左手に銀貨を持っていることに気づく。まさかと思いもう片方の手に顔を近付ければこれまた小さな指で肉を指差していることが確認出来た。少年は思いっきり眉を顰める。


「……買うってことか? まさか……!」


 やたらとキリッとしたネズミ(チンチラ)と、己の頭上で行われているひとりと一匹のやり取りをこれ以上ないほどの上目遣いで交互に見ている犬を見て、少年は半信半疑ながら骨付き肉を手に取った。


「これ?」

『うきゅ!』


 キャロは大きく頷く。少年が半信半疑の表情でキャロの前に右手を開いて差し出すと、銀貨をポトリと落とした。


「……ははは、マジか」


 少年はキャロとレトリバーを交互に見る。そして骨付き肉をどうしたのかと少し考えてはレトリバーの前に置いた。食べるなら一緒に食べるだろうと思ったからだ。


 キャロは草食なので食べないのだが……とりあえず少年に頭を下げた後、レトリバーが食べ易いように背中の方に移動した。


『うきゅうきゅ(どうぞ、召し上がってください)』

『わふ、わふわふん(悪いねぇ。ご馳走になるよ)』


 キャロがレトリバーに骨付き肉を進めると、礼を言って食べ始めた。


「すげえ……頭良いな、お前ら!」


 荷台に頬杖をついた少年が、感心して一匹と一頭を見る。そして値段表を見た。


「銀貨一枚だと二本買えるけど、どうする? お釣りにするか? それとも食べる?」


 通じなくてもダメ元で確認する。銀貨を見せ、骨付き肉を指差し、指を二本立てた。

 それを見たキャロは少し考えて、指を二本立てる。


 少年はまじまじと小さな指を見てから、キャロの顔を見た。


「……すげー!」


 少年は興奮気味に大声を出して、レトリバーの前に追加の肉を置いた。

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