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12 キャロの大冒険・前編

 やっと馬車が止まった。狭い隙間に入り込み捕まりっぱなしだったキャロは、振り落とされずに済んでホッとする。馬車はそれなりの距離を走ったので、小さな手は痺れて感覚がなくなりつつある。


 小さな手を開いたり握ったりしながら感覚が戻るのを待った。


(道……あまり覚えられなかったなぁ)


 初めて移動する街並みを覚えようと流れる景色を睨むように見ていたが、さすがに全てを覚えるのは無理であった。


 しばらくじっとしていたキャロだが、人間が戻って来ないと確認してそっと地面に降り立った。初めての場所であるが、男とセレスティーヌは目の前の建物に入って行ったのを確認している。あとはセレスティーヌの匂いを辿っていけば、彼女のいる所にたどり着けるであろう。


 周囲に天敵になり得る動物がいないかも確認して、急いで走り建物の中に身を滑り込ませた。


 ネズミに比べれば大きいチンチラであるキャロは、人間たちにみつからないように慎重に移動をする必要がある。例の嫌な匂いがする周辺は重々気をつけなくてはならないだろう。


 男たちのいる部屋の前に差し掛かる。

 彼らの足元を移動したのではバレてしまうため、棚や柱などを伝って慎重に進む。薄く開けられた扉にモフモフの身体を捻じ込み、器用に柱や出っ張りを利用して天井近くを進むようにした。

 ……その場所は避けて進むべきか迷ったが、状況を確認しておきたかったから。


 嫌な匂いのする男たちは、まったりと夕食を取っている。大騒ぎはしないものの、その空気は緩んでいた。

 ――男たちはこんなことを考えている。


 偽造した本物と全く同じ金貨はたんまりとあるうえ、今日捕らえた少女を使って安全に出国する確約をもらうのだ。少女は王子の想い人だという。

 平和ボケしたエストラヴィーユ王国ということで甘く見ていたが、意外にも捜査の手が迫ってきた。侮れない相手だと考えた方がいい。万が一にも逃走の際に捕まらないよう、自分たちに手出ししないことを約束させて安全に高飛びする。


 心配性な瘦せぎすがリーダー格の男に大丈夫なのか確認したが、王子……王太子は女装をした男で、そこそこ戦える人物らしいが性格は比較的穏やかな人物だという。更には捕まえた少女を酷く大切にしているので、殺すとでも言えばこちらの意見を呑むであろうということだった。


 交渉することで居場所がバレそのまま捕縛という心配もあるので、手出しできないようになるべく少人数でしか動くことが出来ないように仕向け、考える時間を与えないように迅速に畳み掛ける必要があると言っていた。


 それはそうだろう。仲間たちも頷いた。

 時間をかければかけるほど様々な策を講じる相手にアドバンテージを与えることになる。


 それに騎士団などを大きく動かすとすれば、動きを隠そうとしても隠しきることは出来ない。最低限の時間がかかる。人数で制圧するのは有利な反面、統率などにどうしたって面倒があるのだ。その場合はいつものようにばらけて、各地に潜伏しながらゆっくりと隙をついて逃げることになっていた。

 

 ――と、男たちはそんなことを考えていたが、詳細まではキャロには解らない。ただ、男たちがリラックスしていることは感じられて眉間に軽く皺を寄せた。


 そんな男たちの様子を観察していると、軽く酔っぱらった男の足元に何か落ちている。少し考えたキャロは慎重に移動し、瓶の栓のようなものを急いで拾うと、そそくさと鞄に詰め込んだ。


 普段はモフモフの毛皮に隠れて見えないが、可愛いからという理由でアマンダお手製の鞄をつけられていた。邪魔ではあったがナッツを隠すのに重宝している。

 そして再び天井近くに移動し、セレスティーヌの匂いを辿ることにしたのであった。


******


『うきゅ』

 小さな鳴き声にセレスティーヌはハッとして顔を上げた。


「……キャロ……?」


 セレスティーヌは万が一にも男たちに聞こえてしまわないように、小声で呼びかける。キャロの方も部屋にはセレスティーヌひとりきりと確認してから、急いで走り寄った。


 座り込んだ膝の上に飛び込んできたモフモフの毛玉に頬を寄せる。

 抱きしめたいが両手を縛られており叶わないからだ。


「ああ、キャロ! ついて来てしまったの!? どうやって?」


 柔らかな被毛に触れてほっと安らぐ反面、キャロが乱暴に扱われるようなことがあってはならない。

 このまま温かな存在を感じていたいが、セレスティーヌは心に鞭打ってキャロに向き直る。


「キャロ、良く聞いて。このまま一緒にいては危険だわ。あなただけでも逃げて」

『……うきゅ……』


 動物に真剣に話しかけるなど荒唐無稽と思われても仕方がないが、キャロは賢い。もしかしたら……いや、きっと自分の言うことを理解するに違いないと思い、黒いつぶらな瞳に向かって話し続けた。


「アマンダ様のところに戻るの。……戻れそう?」

『きゅ!』


 キャロは頷く。セレスティーヌは微笑んだ。


 時折そういうことがある。

 本当に理解しているのかどうかはわからない。だがその時セレスティーヌやアマンダが言ったことを理解しているような行動を取ることが多いので、もしかすると理解をしているのではないかとふたりは認識している。


「そして出来たらアマンダ様に伝えてほしいの。私のことは捨て置いてくださって構わないから安全を第一にしてほしいって。そして、犯人たちを捕まえてほしいって」


 本当は手紙を書ければいいのだが、荷物は捨てられてしまったしこの部屋にも紙やペンの類は見当たらない。

 セレスティーヌは憤る思いで唇を噛んで、キャロに向かって語り掛け続けた。

 たとえ言っていることを理解したとして、人の言葉が話せないキャロが伝えられる筈はない。だが賢いからこそ役割を与えれば何とかこなそうとして、アマンダの所へと戻ってくれるのではないかと一縷の望みをかけているのだ。

 キャロだけでも安全に助かってほしいというのは、嘘偽りないセレスティーヌの気持ちだ。


(そんな……アマンダがセレスティーヌのことを捨て置くはずないじゃん!)


 キャロは困ったように首を左右に傾げた。だが人間の言葉を話せないキャロに、その気持ちを正しく伝えることは出来ない。


『…………』


 セレスティーヌの膝から降り部屋の中を確認したが、役に立ちそうなものは何も見当たらなかった。


 その代わり、後ろ手に縛られているセレスティーヌの手首が赤くなっているのを目視して、結び目をカリカリと齧る。セレスティーヌの柔らかい肌をこれ以上傷つけることがないよう、慎重に縄を切ることに注力した。


 げっ歯類の歯はあっという間に荒い縄を切り齧った。

 数時間ぶりに自由になった手を動かすと、セレスティーヌはキャロを優しく抱きしめる。


「ありがとう。……ずっとこうしていたいけど、いつ見回りが来るかわからないわ。今すぐに逃げて」


 どこから入って来たのかわからない上、男たちがどこで見張っているのかわからない。不用意に扉を開けるのもためらわれ、ゆっくりとキャロを床へと下ろした。


『……うきゅぅ……』


 まるで眉を下げるかのように困った表情をしたキャロに笑いかけ、優しく背中を撫でる。


「さぁ。気をつけて行くのよ?」

『きゅきゅ!』


 キャロは後ろ髪をひかれながらも、セレスティーヌのいる部屋をあとにすることにした。


 一刻も早くアマンダを連れて来て、セレスティーヌを奪還しなくてはならない。

 キャロは珍しく表情を険しくすると一目散に外へ出るために走り出した。

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