11 合流・後編
差し込む陽の光が柔らかくなったと感じる。
ふと気になって窓の外を見れば、西日に入り混じる夕闇が色を濃くし一番星が瞬き始めた。
「…………」
寒くないかな、小さくアマンダの声が部屋に落ちる。
連れ去られたセレスティーヌを心配しているのだろう。辛い思いをしていなければいいがと三人はそれぞれに、華奢な彼女の無事を祈った。
しんみりしていると、いきなりガタガタと窓が鳴る。
ハッとして下がり気味になっていた顔を上げれば、どうやったのか、内鍵を綺麗に開けて入って来るジェイの姿があった。そして木の枝にはミミズクがまん丸の瞳でアマンダを見ていた。
「……っと? どうしたんですか、湿っぽい顔して?」
いつも通りのヘラヘラした様子で難なく部屋に侵入すると、軽い足取りで床に着地する。
「…………絶賛落ち込み中で?」
思わず恨みがましい目で見てしまっても仕方がないであろう。
降参したと言うように苦笑いをしながら両手を上げた。
「ただのゴロツキに攫われたんならまだしも、十中八九、例の奴らに連れていかれたんですから、損になるようなことはしないでしょうから大丈夫ですよ?」
小さくため息を滲ませながら、三人の顔を見た。
冷静を心掛けているだろうアンソニーまでが落ち込んでいることに再び苦笑いする。一見わかり難いが、人一倍アマンダを大切に思っているアンソニーだ。その想い人を危険に晒してしまったことを悔やんでいるのだろう。能力や愛嬌があるだけでなく、自分の美貌に目が眩まない、普通に対応してくれるどころか無頓着ですらあるセレスティーヌを、かなり気に入っているのだろう。
「ほらほら、落ち込んでいたってどうにもならないですよ? 本来怖い思いや不安なのはお嬢様本人ですからね? ……お嬢様が自らどうにかしようと危険なことをし出す前に助けに行きましょうや?」
ある意味物騒なことを言われて、三人が微妙な表情で顔を見合わせた。
「……そうだ……あの子なら抜け出そうとしかねないんだった……」
理由があったとはいえ、家を飛び出した挙句ゴロツキに絡まれているところを助けたアマンダがなんとも言えない表情で呟いた。
「……一刻も早く救出しなければ」
同じくアンソニーとカルロが、スワロー商会の捕り物の際に唐辛子と酢を混ぜた危険な粘土を投げつける姿を思い出して深刻な表情をした。
「気が滾ったところで、情報をすり合わせましょう?」
ジェイは微笑みつつそう言って、懐から調べたのだろう報告書を取り出した。
******
「隣の大陸にほど近い島国の元貴族。……その国が関わっていると?」
犯罪集団のリーダー的存在の男は、近隣国出身の元貴族だろうということであった。アンソニーの方でも同じ情報を入手してきたということからも、信憑性がある情報なのであろう。
国家が絡んでいるとなると大事かつ面倒なことになる。
アマンダは難しい顔でジェイとアンソニーを見遣る。
「いや、彼の国は隣の大陸にある国の支配を避けるためこちらの国々と関係を深めたいと思っている。それに王家は実直で真摯なのでそう言ったことはないかと思う」
もちろんイイ人の皮を被って交渉するのは国際交流の大前提である。誰が下心をあからさまに全面出しにするものか。
……戦略として全くないというわけでもないが、殆どしないと言った方がいいだろう。
それでも駆け引きや本音は滲むわけで。人間の思惑や人柄などは存外透けて見えるものだ。
「大物に汚名を着せられて処された家があるっすねぇ?」
「汚名?」
「他国の、それも結構前な上、国家機密に関するものらしくいろいろ伏せられていて詳しくは調べきれませんでしたが、まあダークな案件ですよ?」
アマンダへ頷いたジェイの言葉を引き取って、アンソニーが口を開いた。
「その家に一名だけ行方不明になっている人間がいる。お偉いさんがたの面目があるので見つけて処したというように隠されているようだが、いまだみつかっていないそうだ」
「非常に頭が回る人間だったそうですよ? 当時まだ学生だったそうで?」
カルロが憤るような様子で早口に言葉を吐いた。
「汚名を雪ぐことは考えなかったのだろうか? 冤罪ならお家を再興出来るかもしれないだろう?」
「……そんな事が許される状態ではなかったんでしょうねぇ……?」
カルロはまだ何か言いたそうであったが、口を噤んだ。
力でねじ伏せられ容赦なく踏みつけられる。悲しいかな、現実の世界では案外転がっている。勧善懲悪が必ず成されるのは、物語の中だけである。
少し考えて、アマンダは低く確認した。
「その大物は?」
「不慮の事故死を遂げている」
仕組んだのだ、と沈黙の中に発しない言葉が滲む。
いろいろ考えて国を出た。身分は剥奪どころか死んだことになっている。更には流民。
「きっと、苦労したんだろう。苦労したからと言って何をしてもいいというわけじゃないけど」
まともに暮らせなくて悪いことに手を染めざるを得ないことは察しがつく。努力だけで生きていけないことは悲しいかな、現実の世界には溢れているのだ。
「でしょうねぇ? そして多くの国を転々とし、各地に犯罪のネットワークを広げ今に至るってわけですね?」
「裏の人間たちには情報が出回っていなかったのか」
「所詮裏ですからね? もっといろいろありますでしょうよ……逐一全部に対応はしないでしょう? 蛇の道は蛇って諺がどっかの国にあるくらいですからねぇ?」
裏の人間なりの仁義や道義を通せば黙認されるものであり、時に共存するものだ。
国においても、より国家の存続にかかわるような危険な集団や人物に焦点をあてる。
「殺しは殆どせず、国の中枢に関わるようなことには手を出してないようだ。……今回が珍しいパターンだったのだろう」
マークされないよう、ギリギリを見極めて手を下す。
今回にしても、国の中枢というよりは国宝の、それもその飾りというかカバーというか……だ。国の物に手を出した事態で大事と言えばそうだが、テロや国家が転覆するような大がかりなものに比べ、些か重要度が下がるものだ。
「ディバイン領で騒がれているものも彼らが?」
「愉快犯や模倣犯もあるようですねぇ? エストラヴィーユ王国の根城はディバインにあるで間違いないでしょうが?」
そう思って、アマンダは現在騎士団の斥候部隊によって捜索の指示を出していた。王都とディバインはほど近いこともあり、了解したとの知らせが入っている。
「……あまり解り易くすると、拗れないだろうか」
それしかないとは思いながらも、万が一を考えると自分の指示に揺れる。
探さなければ行方は解らない。しかし大っぴらに動けばすぐに察知されるだろう。
アマンダは少し考えてから自分の言葉を打ち消す。
「……いや、その前に接触して来るか」
自分に言い聞かせるかのように、低く唸った。
外はすっかり夜の帳が下りていた。