10 観察と推測・後半
いつまでも嘆いていたところでどうにもならないだろう。セレスティーヌはそう思い直し小さな部屋の中を見渡した。
捕らえられてしまったのならば、タダで帰るわけにはいかない。どのようなものでもいい、少しでも役に立つ情報が欲しかった。
部屋の大半を占拠しているベッドが嫌でも視界に飛び込んでくる。
ベッドの上には布団があるにはあるが、埃と汚れが嫌でも目に入りとても人が眠れるようには思えない。
後ろ手に縛られたままのためか、肩に掛けられた毛布を横目で見る。……これで暖を取れということか。
「不自由な手で、どうやって広げればいいのかしら……」
思わずぼやく。
そのまま視線を動かせば、目線とと同じ高さの備え付けの小さな棚が見えた。近付いて念入りに確認してみるが、木札一枚すら入っていない。
部屋の中の家具はそれだけだ。ふと視線を落とせば、部屋の至る所に埃が積もっている。出来る限り避けて歩くと、小さな窓の側へ移動し、外を覗く。
小さな窓には防犯の為か飾りなのか、それとも逃げられないようになのか、等間隔に隙間を作る面格子が見える。間違っても人が通れる幅などないため、外に逃げ出すことも出来そうにない。今度は足を縛らなかった訳に合点が行った。
文字通り檻の中というわけか。溜息をつきながらベッドの下も覗いてみるが、埃とゴミと虫の死骸しかなかった。
(……まあ、こんな場所に手がかりになるようなものを置くわけはないわよね)
わかってはいるが、万が一にもということがある。
見落としがないように確認しただけとはいえ、本当に何もないとなるとがっかりするものなのだなと思う。
めげずに少しでも話し声が聞こえないかと扉に耳をつけるが、微かな話し声がするだけで肝心なことは何も聞こえそうもなかった。
セレスティーヌを攫った男の口ぶりでは、まず犯罪集団で間違いがないであろう。確実めいたことは言わなかったが、わざと透けて見えるように口にした僅かな言葉尻を繋ぎ合わせれば、そうとしか考えられない。
ふと最近ディバインで増えているという出来事――事件と言っていいだろう――を思い浮かべる。オステン領の端から短時間で関所を越えたことからほぼ間違いなくここはディバインである。
そのディバインに犯罪者たちがいるということは、その事件の背後に彼らがいると考える方が自然でもあろう。
他にも自分と同じように捕らえられている人はいるのだろうか。
セレスティーヌは順番に四方の壁に耳をつけ、男たちとは違う声や気配がないものか注意深く確認した。
******
何も聞こえない。
セレスティーヌは疲労を感じて座り込んだ。
月明かりが差し込むのみの部屋は暗いが、瞳も慣れた。
古い建物の為、壁に傷みがないか確認してみたが、流石にセレスティーヌの体当たりで壊れるほどに朽ちている場所は見受けられなかった。
武器になるようなものも見当たらず、ただただ捕らえられるのみしかないということがわかっただけであった。
(反対されても、何か武器になるものを持っていればよかったわ……)
武術の嗜みのない自分が上手くそれらを扱える気はしなかったが、脅しぐらいにはなったかもしれない。
もっとも、セレスティーヌがそう考えるのは解りきっていたため、滅多なものを持たせると彼女の思い切った行動に、アマンダの気苦労が増えるのを危惧して時期を見てからにしようと、ジェイにもアンソニーにも、カルロにまで止められたのであるが。
その辺は目の前の男も調査済みなのか、必要以上の身体検査はされなかった。
服の隠しポケットや靴などを確認されただけで、下着を確認されることはなかった。
「これは何だ……?」
ポケットに入れたままの包みを訝し気にセレスティーヌの前にかざした。
「薬です」
「持病でも?」
「…………」
ジュリエッタが別れ際に放り投げて来た包みは、フォレット侯爵家印の丸薬であった。
割れないように小瓶に入ったそれが丁寧にハンカチで包まれて投げられたのであるが、どういうつもりでこんなものを寄越したのかはセレスティーヌにも検討がつかなかった。
珍しいものが手に入ったからとお裾分けなのかもしれないし、意味はなく、ただ何となくなのかもしれない。
男は中を確認すべく注意深く小瓶を開けると、直ぐに蓋を閉じた。
「フォレット侯爵家の丸薬か……」
嫌そうに言うと、少し考えるように躊躇してからセレスティーヌのポケットに戻した。
(最近まで知らなかったけど、フォレット侯爵家の薬は有名なのかしら)
反応がアマンダと似たり寄ったりなため、思わず心の中で独り言ちる。
男はセレスティーヌに言った通り、必要以上に傷つける気もなければ辱める気もないのであろう。
もしくは無駄なことは極力しない、合理的なのかもしれないが。
……甘い判断だと言えればよかったのだが、適切過ぎてそう言えないことに歯噛みした。
セレスティーヌに武術の心得がないことも調査済みなのであろうから。
疲労は感じるが眠気はやって来ない。
さすがのセレスティーヌでも、犯罪者に捕まり監禁されている現在、眠れるほどの図太さは持ち合わせていないと知り苦笑いをした。
普通なら恐怖を感じるものだろう。しかし不思議と怖くはなかった。それよりもおめおめと策に嵌った悔しさや後悔、アマンダに途轍もない心配をかけているだろうという事実に申し訳なさを強く感じていた。
(隙をついて逃げるにしても、土地も解らなければ体力も腕力も劣る自分が逃げおおせるとも思えないわ……本当に、ジェイさんに護身術を習わないと駄目かもしれない)
とりあえずここから出て、何か探る機会を作らなければならないと思い至る。
(……男の人ばかりだったから、掃除をするとか食事を作ると言ったらさせてくれるかしら)
アマンダだけでなく、ジェイもアンソニーもただただ安全を第一に、くれぐれも大人しくしているようにと言うことだろう。
「さすがに寒いわね……」
比較的温暖な土地ではあるものの、やはり冬は寒い。更にもう何時間も食事をしていないことに気づき、緊張の為今まで感じなかった空腹を認識する。
今は夜中だろうか。
欠けて見える月を小さな窓から見上げた。
白銀色の月は、キャロの毛並みにもアマンダの髪の色にも見える。
セレスティーヌは微かに、乾いた口角を上げた。
(絶対に、何かしらのチャンスは来るはずよ……落ち込んだり油断したり、泣いたりしている場合じゃないわ)
男たちはどうやってアマンダに繋ぎを取るつもりなのか。いつ自分を引き渡すつもりなのか。幾ら手慣れた犯罪集団だといえ、王家とのやり取りは一歩間違えれば命取りになりかねない。
万一に備え、多分ここには犯罪者と自分以外、他の人間はいないと結論付けた。