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9 冬のエストラヴィーユ

(……キャロ、大丈夫だったかしら)


 必要以上に鞄を気にするそぶりを見せたならすぐさま気づかれるだろうと思い、敢えて執着しないようにしたセレスティーヌであったが……


(きっと気持ちよく眠っていたでしょうに)


 いきなり地面に叩きつけられて、酷く驚いたに違いない。

 今更ながら、怪我などしていなければいいがと心配をする。



 茜色した空に群青色した濃い雲が入り混じりはじめる。間もなく星が瞬き始めるだろう。冬の夕暮れは早い。


 領を跨いで急ぐ馬車に、軽快な音楽が聞こえている。椅子に横倒しになっているので窓の外も一部しか見えないが、色ガラスで出来たランタンの光が街を彩っているだろう。急くような、明るいリズミカルな音楽と煌びやかな季節。

 新年を迎えようとするエストラヴィーユ王国ではよく見かける光景だ。


 関所を過ぎて暫くしたところで、荷物に紛れるように掛けられていた布は取り払われた。このような状況でたった一人、ましてや視界を奪われるのは恐怖である。セレスティーヌを攫った男は必要以上に不安や苦痛を与えようとはしないことが伺える。


 腕だけでなく足も縛られている今、自由になるのは視線と聴力だけだ。

 セレスティーヌは溜息をついて出来得る限りの情報を集めようと意識を集中した。


 御者台で馬車を御す男以外に同乗者はいない。

 旅人に見えるようにかそれとも旅をしているのか、雑多な道具や荷物が座席の半分ほどに置かれている。中身が見えないが身体をにじってみたが徒労に終わった。

 サスペンションの利きが悪い椅子に身体を投げ出す。


(こんな時、物語のヒロインなら簡単に問題を解決するんだろうに)


 勿論自分がヒロインなどとは思ってはいない。

 当たり前だが、物語のように魔法を使うどころか縄抜けすることすら出来なかった。こんなとき華麗に馬車から脱出を試みる筈だが、まるでイモムシのような状態で外に転がり出ても大怪我をするだけであろう。


(……なぜ私を誘拐するのかしら)


 身代金を要求したとして、実家に支払い能力があると思えない。以前よりはマシになったとはいえ、まだまだ貧乏貴族の範囲を出ていないのだ。行きずりの犯行だとして、殆ど町娘と変わらない自分を狙うなど、どういうわけなのか。


 人身売買という単語が頭を掠める。

 実家でも人攫いが増えていると言っていた。身代金誘拐よりも一気に現実味を帯びる気がした。


 もしくは正体を知っていて、アマンダをおびき寄せる餌という場合。

 ただの令嬢の端くれを助けるために一国の王子が出向くなど普通は考えられないが、元々が悪漢に絡まれていたセレスティーヌを助けてくれたことが出会いなのだ。数か月間一緒に旅をし、友人のような妹分のような対応をしてくれるアマンダが自分を見捨てるようなことはしない気がして居た堪れなくなる。


(王家の方に危険が及ぶなんて、とんでもないわ……)


 それ以外に考えられる理由を吟味する。

 変わった趣味嗜好、怨恨。


 ――怨恨。それ程人に恨まれることをした覚えはないが、事件の被害者と加害者は全くの見ず知らずよりも顔見知りであることの方が多いとも聞く。


(……一番はダニエルかしら)


 どちらかといえば恨むのはセレスティーヌの方であるはずだが、婚約破棄の一件でいろいろ露呈し、多少なりとも嫌な気分も味わったことであろう。ましてや代官制度が変化して勉強三昧・仕事三昧だと聞く。

 とはいえ、代官制度が変わった煽りを一番受けているのはダニエルの父であるレイトン伯爵だ。セレスティーヌの父であるタリス子爵が抜けた穴も大きいことだろう。


(伯爵は息子に甘いだけで、そこまで性根の腐った方ではないと思うけど)


 そうだとすれば、アマンダと関わって以降の人間たちだ。

 アマンダにやっつけられた悪漢や山賊、サウザンリーフ領での捕り物となったスワロー商会の残党。そして、


「国宝を盗んだ犯罪集団……?」


 思ったよりも大きな声が馬車の中に落ちる。セレスティーヌは慌てて口を噤んだ。

 様々な国で多数の犯罪を起こしては、大陸中を渡り歩いているという犯罪集団。

 エストラヴィーユ王国で彼らが盗んだものは正確には『国宝である絵画を飾る額縁の一部』であるが、額縁も込みで国宝と言って差し支えないであろう。

 更には善良である筈だった彫師を脅して仕事をさせ、挙句の果てに大怪我を負わせて幼い孫息子と一緒にアジトである工房に残し、爆破して放火した面々である。


(……アジトを突き止めて計画が途中で止まった腹いせ……?)


 出てきた中では一番あり得そうな選択肢ではあるが、どうやってアマンダやセレスティーヌだと知ったというのだろうか。


 様々な情報網を駆使して仕事を行っているという。その情報網を使ったのか。彫師が口を割らされたのか。それともどこかで見られたのか。


(見られたとしたら、どこ?)


 通常と違う動きをしたのは国宝が展示されていた教会で絵を確認した時と、両替商で金貨を確認した時、それと工房の放火の時であろうか。


 両替商での確認が一番時間が長く回数も多いが、信用第一の両替商が情報を漏らすことをするだろうか。自分たちの漏洩によって誘拐が起こったと知れ渡ったら困ることになるのは本人たちだ。


 そう考えると放火の時か。セレスティーヌは眉間に力を入れる。


 コリンを助けるためにアマンダたち全員が燃える工房に救助に入ったのだ。川に検問が布かれたと既に情報が入っていたとしたら、捕まえる側の人間が工房の周囲にいたということも知っていたかもしれない。救出劇はその人間の顔を確認するのに絶好のチャンスであったことだろう。


 捕縛は通常騎士団や自警団が行なうものだが、犯罪集団のメンバーに気づかれ難いよう、少人数で動いていた。


(……芋づる式で私に行き当たったのね)


 一番簡単に攫うことが出来る。

 まんまと攫われ、馬車に揺られているのだ。


(断定するのは早すぎるけど、そうだとするなら抜け目がない人たちだわ)


 自分の置かれる立場が一層厳しいものである可能性に行きついたところで、セレスティーヌは何度目かの溜息をついた。


 外は相変わらず陽気な音楽が流れている。路上で演奏する楽団や酒場の流し、吟遊詩人たちが稼ぎ時とばかりにその腕を振るっているのであろう。音に合わせ瞬くかのような星を見つめ、セレスティーヌはどうすればいいのか思案に暮れた。

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