表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/167

7 忍び寄る手・後編

 セレスティーヌはレモンやライムよりも、オレンジやベリーが入った甘めな飲み物を好む。

 数か月ですっかり好みを把握したアマンダは、自分用にはスッキリしたミントとライムの飲み物を、セレスティーヌには瑞々しいオレンジが香る果実水を持って戻ってきた。


「……セレ?」

 勿論元居た場所にいる筈もなく、金色の巻き毛のヅラを揺らしながら首を傾げる。


(……近くに座るところがなかったのかなぁ……?)


 座る場所を探しているのだろうかと、辺りを探すことにした。

 基本的には見える範囲で行動することにしているふたりだ。はぐれたら探し出すのも難儀なうえ、危険だからである。


 セレスティーヌは無自覚であるが、清楚な見目は人目を惹く。

 清楚な顔立ちを縁どる夜空のように美しい黒髪。そして神秘的な銀の瞳。小柄で華奢な姿。


 元婚約者であるダニエルのおかしな洗脳(?)により、自分は地味で貧相な見た目であると思い込んでいるが、道行く男どもが鼻の下を伸ばして彼女を見ていることに、なぜか彼女だけが気づかないのである。それどころか『多分、大きなアマンダと小さな自分の対比が面白くて見ているのだろう』と勘違いなことを心底本気で言っていたくらいだ。


 隣で威嚇するかのように男どもを牽制するのはアマンダの役目なのであるが……アンソニーとカルロに可哀想な者を見る目で同情されたのだが、それに関してもセレスティーヌだけが気づいていなかったのは言うまでもない。


「…………おかしいわね」


 更には犯罪集団たちがどこにいるか解らない状態なのだ。

 散々周囲を探しても姿が見えないことに、アマンダは焦り出す。


(捜すのがわかっていて、断りもなく遠くに行くはずがないのに……!)


 冷静になるべく深呼吸をしてみるが、全く役には立たない。


 アマンダの正体が自国の王太子・アマデウスであると気づいているセレスティーヌは、これまた、何かあったら自分が身を呈してでも守らねばならないと考えているのだ。アマンダに危険が及ばないよう彼女なりに注意を払って過ごしている。

 よって、離れる時は見える場所でアマンダの安全を確認しながら行動しているのだ。


 アマンダには内緒で、ジェイとカルロにアマンダを守るために武術を教えてほしいと言い出し、多少のことでは死なない程度に鍛えているので大丈夫だと困ったように宥められたくらいである。

  


 アマンダが小走りに周囲を見渡していると、小さな男の子がセレスティーヌの旅行鞄を手に持って歩いているのが目端に入った。アマンダの手から飲み物が滑り落ち、水音をたてながら地面に叩きつけられる。


 男の子は、否が応にもコリンを連想させた。

 実際はコリンよりも大きいだろう。下町の子どもらしい粗末な服と痩せた体躯がそう思わせた。


 だがその表情は抜け目ないものだ――路上生活者、という言葉が頭を過る。


(置き引きか、盗られたのか)


「ちょっと!」

 アマンダが声をかけながら子どもに走り寄る。


「……ヤベッ!」


 一方の子どもは、鬼気迫る様子のアマンダを見て踵を返した。

 自分を捕まえようとしている――そう、路上生活で研ぎ澄まされた勘が判断したからである。


 鞄を投げ捨ててしまえばもう少し早く走れたのだろうに。質屋で少しでも換金出来たらという欲に勝てず、手放さないままに抱えて走った。


 冬の冷たい風がビュンビュン耳もとで音をたてる。躓かないように穴の開いた靴を脱ぎ棄てたせいで、石畳の冷たさが凍えるようだった。


 一生懸命走っても、体格差は大きい。あっという間に追い付かれて肩を掴まれてしまう。


「痛って! なにすんだよ!」

 アマンダの手を払うように、男の子は肩を回し大きく腕を振る。


「その荷物、どうしたの」

「お前の知ったこっちゃねぇだろ!」


 真っすぐに黒い瞳で見つめるアマンダに対し、子どもはゴロツキのように凄んで睨んだ。


「……その鞄の持ち主は?」


 置き引きであってくれたらと祈るように確認する。

 厄介事に巻き込まれていなければいいがと、心の中で祈りながら。


「知らねぇよ」


 一筋縄では行かなそうだと察し、アマンダは空いた片手で銀貨を見せ、すぐに握りしめる。

「その鞄を見せてくれる? そして正直に話してくれるかしら」


 男の子は銀貨に意識を取られながらも、訝し気にアマンダをまじまじと見た。


「……オイラの言ってることが本当かどうか、どうやって判断するってのさ」

「そりゃちゃんと話すに決まっているわ。ただ知っていることを話して銀貨を貰うか、騎士団に突き出されるか。……どっちがいいの?」


 騎士団では路上や空き家で暮らす孤児や非行に走って行き場のない子どもを保護し、孤児院に身柄を預ける活動もしている。

 悪い大人に利用されたり搾取される子どもを生まないためであるが、規則に縛られる生活を過剰に虚飾されて吹き込まれた子ども達は、孤児院に入ることを良しとしないのだ。


 案の定男の子は少しだけ考えて、身体の力を抜いた。


「知らない男に、これを持ってた人の前で攫われる振りをしろって言われたんだよ。そんな手に誰が騙されるんだって思ったんだけど、コロッて騙されて」

「……本当に誰だか知らないの?」


 口調は静かだが、険しい表情に男の子は言葉を詰まらせる。


「し、知らねぇ……最近オイラ達みたいな子どもを使って荒事をやらせる奴らが増えてるんだよ。なまじっか顔が知れてるとバレるから、知らない奴が取引を持ち掛けて来るんだ」


 わざわざ言葉を掛ける人間を雇うことすらあるのだという。



 必死な表情は噓を言っているようには見えない。今までと違った瞳の様子に、アマンダは頷いた。ため息を呑み込んで、鞄と引き換えに銀貨を渡す。


 手にした鞄は、間違いなくセレスティーヌのものだった。

 膝をついて、出来る限り目線を男の子に合わせる。


「……孤児院はみんなが思っているほど悪いところじゃないよ。生活は規則正しいけど、食事もちゃんと出るし勉強も出来る。悪い奴らにいいように利用される生活よりずっと良いと思うよ」


 悪い大人たちが吹聴するのは、安く子ども達を利用するためだ。はした金で汚れ仕事をさせて、捕まりそうになったら容赦なく切って捨てるのだ。


「……他人や大人なんか信用できねぇよ」

 暗い瞳で虚勢を張る。


「でも、セレはあなたを助けるために捕まってしまったんでしょう? 見ず知らずの人間のために自らを犠牲にする大人も信用ならないの?」

「…………。騙される奴が馬鹿なんだぜ」


 瞳を伏せてそう言った。そして銀貨をアマンダにつき返す。

「やっぱり要らねぇ」


 良心の呵責に苛まれているのだろう。正直者を馬鹿にする反面、優しくされ慣れない彼らは優しさが余計に身に染みるのも事実なのだ。

 ただ、信じて傷つくことが余計に怖いので、見ないようにしているだけで。


「これは約束だから」

 アマンダは男の子の小さな手に銀貨をおいて、大きな手で包み込む。


「最後に、女の人がどっちへ行ったか教えて頂戴。もし場所がわかっているなら教えてほしい」

 心から祈るように声を引き絞る。


 セレスティーヌが事件に巻き込まれたことは確かで、一刻も早く探しに走り出したいのだ。 

 そのためには少しでも手がかりが欲しい。


「場所は、本当に知らない。男はゴロツキと声をかけて来た男だよ」


 ゴロツキはこの辺りを根城にしてる人間だという。

 セレスティーヌが通りかかったところで、男の子を引っ張っていこうとするように演技をしたのだという。


「知り合いなのか聞いたら、知らない奴に雇われたって言ってた。頭の弱い奴だから、嘘じゃねぇと思う」

 衣装なのだろう、報酬以外にも服を買って貰ったと喜んでいたそうだ。


「……どうして服?」

「汚ったねぇ服のふたりだと、お嬢様は寄って来にくいだろうし……まあ、いろいろな風に見えるようにじゃないの? パッと見は親子に見えるだろうけど、よく見れば雇い主と使用人に見えるかもしれない。オイラ達みたいな子どもを捕まえてどうにかしようとしている人買いって思うかもしれないし」


 なるべく違和感を持たせるような格好にすることで、手を引く大人と抵抗する子どもが無関係である……本当に連れていかれようとしている、危険があるかもしれないと思わせたのではないかということであった。


「ゴロツキの大人と金持ちの子どもの方が解り易いけど、金持ちの子どもは普通ひとりでフラフラしていねぇし。それに、ボロを着てる子どもが抵抗したり怯えている方が、騙され易いから」


 服装ひとつにも考え抜かれているのだと聞き、セレスティーヌを連れ去ったのは犯罪集団なのだろうと確信する。


 セレスティーヌが彼らに声をかけるかどうかは関係ないのだ。彼らに気を取られ、注意が緩んだ隙に男が拘束できさえすれば問題ない。


「……黒髪の綺麗な女の人だったよ。銀色の瞳だった。男に口を塞がれて気を取られている間にゴロツキと早くどっかに行くように言われてたんだ。行き先を見られないようにだろうと思う」


 言われた通り、セレスティーヌの視線が男の子たちから離れた隙に、足早に立ち去ったのだという。

 話を聞くほどに怒りが湧くと同時に、無事でいるのか恐怖で背筋が冷える。


「でもずっと拘束するように歩くわけもないから、裏手に馬車が止められてたんじゃないかな。本当に、この辺では見ない奴らだったから、多分ディバインに向かったんだと思う……最近ディバインをアジトにして荒稼ぎしている奴らがいるってもっぱらの噂だから」

「わかった、ありがとう。……もう悪いことはしない方がいいよ。孤児院は本当に悪いところじゃないから、一度行ってみてほしい」


 アマンダは紙に紹介状を書くと、男の子に握らせた。万が一気の荒い自警団に捕まっても、これを見たならむやみに叩いたりはしないであろう。

「これを持って行ったら、酷いことはされない。友達や仲間も一緒に行ってみてほしい」


 男の子はアマンダと渡された手紙を見比べる。


「オイラが知ってるのはそれだけだから……じゃ」

 おずおずと言って走って行く。


 ……騎士団に保護を要請しなくてはならないだろう。犯罪の温床は排除する必要があるし、子どもは安全に保護する必要がある。

 後姿を見送りながら、途方に暮れた。


(セレ……何処に行ってしまったのよ……無事でいて頂戴)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ