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2 タリス家の人々

 子爵夫人は軋む扉を自ら開いてアマンダとセレスティーヌを招き入れた。


 再び足を踏み入れることはないだろうと思っていた我が家に戻ってきたセレスティーヌ。ちょっとだけ居心地の悪い感覚と、ホッとするような安心感、そしてたった数か月しか離れていないというのに酷く懐かしい気がして、そっと階段の手すりを撫でた。


「お嬢様……!」


 初老と言ったほうが良さそうな侍女が声をあげた。

 その声を聞きつけて執事が扉から顔を出す。


「ああ、お戻りになられたのですか……!」


 ふたりともセレスティーヌが生まれる前どころか、彼女の父親が子どもの頃から仕えてくれている使用人だ。

 いや、使用人というよりは家族のような関係性で、もうひとりの祖父母といった方がしっくりくるだろう。


 心底心配したと言わんばかりの声と表情に、セレスティーヌは困ったようなきまりの悪いような顔をした。


「スティーブもハンナも、心配をかけてごめんなさい」

「いい……え?」


 ハンナと呼ばれた侍女の語尾が小さく、しかし疑問が滲んでいることがありありと感じられた。スティーブと呼ばれた執事も表情を取り繕いきれず、何と言ってよいのか解らないような顔で、セレスティーヌの後ろに立つアマンダを仰ぎ見た。

 そんな様子は手慣れたものなアマンダが、ニッカリと笑う。


「……失礼いたしました。客間へご案内いたします」

 何とか気持ちを持ち直した執事が頭を下げ、客間の方を指し示す。


「ハンナはお茶の用意をお願いね」

 気持ちは解りますと言わんばかりの顔をした子爵夫人が、頷きながら言づけた。




 年季の入ったソファへそれぞれが収まると、子爵夫人自らお茶を淹れて差し出した。


「お父様はいらっしゃらないのですか?」


 アンソニーが王宮で働いていると言っていたが、ユイットの町から王宮へ通うには結構な距離がある。


「とてもお忙しいそうで、泊まり込んでいるのよ」


 確かに毎日通うのは無理な距離であろう。

 それにしても、そこそこ仕事の処理能力はあると思っていた自らの父を思い起こし、セレスティーヌは首を傾げた。


(どうしてそんなに忙しいのだろうか)


 ルーティンな部分も多い領政に比べ、新しい仕事は覚えるのも大変なのだろうかと心の中で自問自答する。


「……まだお仕事に不慣れなのでしょうか」

「何を言っているの、姉さま。自覚はないの?」


 どことなく不思議そうなセレスティーヌの様子に、呆れたようにライアンが返した。


(自覚?)


 キョトンとした姉を見ては、ライアンがため息をつく。

 賢い姉であるが、ちょっとだけズレたところがあることも認識しているのだ。


 セレスティーヌとていろいろあったことは認めるが、まさかアンソニーと自分の父が中心になって、全てを指揮しているとは思っていないからなのであるが……


「とにかく、当分お帰りになれそうもないの。なのでこの屋敷は取り敢えず貸すことにして、王都に住まう予定なのですよ」


 子爵夫人――セレスティーヌにとっては自分の母であるが、母の言葉に銀色の瞳を丸くした。


「一家揃って王都で暮らすということですか?」

「来年からはライアンの学院も始まるし、お父様もライアンも王都にいるのですもの」


 何でもないように言う母に、セレスティーヌが困ったように眉を下げた。


「王都なんてお家賃が……」

 子爵とは名ばかりの貧乏貴族である。


「官舎があるそうで、お手頃価格で入居できるそうなのです。……お父様が王宮でお仕事をする際に、支度金もいただいておりますから、心配はいりません」


 頷く母と弟を見て、セレスティーヌは微笑んだ。

「淋しいですね」


 生まれた時から慣れ親しんだユイットの町。地味な田園の町であるが愛着はある。

 管理代官の補佐をする父と一緒に、どうしたら領民のためになるのか考えた日々を思い起こし、寂寥感を覚えた。


 そんな夫と娘を支えてきた子爵夫人も頷く。


「そうね……でも今はユイットのお仕事もしていないですからね。王都へ出た方が代官様もいいのではないかしら」


 代官という名称にセレスティーヌが引っ掛かった。

「何か嫌なことを言われていたりはしないですか?」


 代官である伯爵よりも、その息子であるダニエルやその恋人に、であるが。

 下がっていた眉を上げ、やや強い口調で確認した。


「それは大丈夫よ……」


 子爵夫人がそう言ったところで、外が騒がしいことに気づく。

 ハンナとスティーブが小声で何かを止めている。そしてそれを振り払うべく若い女性の声がする。


 久しぶりの家族との邂逅に積もる話もあるだろうと、出来る限り小さくなって気配を消しているアマンダと、大きな声に目を覚ましたらしく、カバンに付けられた窓から頭を出したキャロが顔を見合わせた。


「お客様がいらしてますから……!」

「それよりあの子が無事か確認する方が先よ!」

「ジュリエッタ様!」


 客間の扉の前でのやり取りの後、ノックもせずに勢いよく扉が開け放たれた。

 そしてその扉をむんずと掴んだ若い女性が、切羽詰まった表情で部屋を見渡してはセレスティーヌを見て叫んだ。


「セレスティーヌ!」

「ジュリエッタ!?」

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