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36 甘芋スイーツ

 山深い地域にも全く人が住んでいないわけではない。

 おおよそ街道とはいいがたい、山道をアマンダとセレスティーヌ、そしてキャロが歩いている。


 その後ろにはカルロとアンソニーがぴったりと付き従っていた。


「……何でついてくるのよ?」


 暫く行ったところで、機嫌の悪そうなアマンダが勢いよく振り返った。

 カルロとアンソニーが顔を見合わせる。


「いやいや、あんなことがあったばかりなのに、あたりまえじゃない?」


 ふたり一匹だけで行かせられるわけないでしょとは、アマンダことアマデウスの護衛騎士であるカルロ。


「オステンに入ればまだしも、フォルトゥナにいる間は大人しく言うことを聞いておけ」


 逃亡中の犯罪集団もさることながら、山賊も元気に活動中という場所である。それを示すかのように、男子三人の腰には剣がぶら下がっている。


 つい先刻も、ご丁寧に集団で襲ってきた山賊を大立ち回りで片づけて縛り上げ、通りすがりの山里に置いて来たところだ。公爵のところへミミズクを飛ばしておいたので、自警団なり何なりが引き取りに来るであろう。


 あまりにもうるさいので、怪我の薬だと言ってフォレット侯爵謹製の傷薬を身体中にぶっかけてやった。……縛り上げられた山賊は七転八倒しながらもだえ苦しみ(?)身体の傷はみるみる修復されるものの、大切な何かをガリガリと削られたようで大人しくなった。


 万が一騒いだらもう一度かけてやればいいと山里の人間に渡して来たのだが、悪臭を放つ山賊たちは勢いよく首を横へ振って大人しくしていたので大丈夫であろう。

 山里の人間も山賊を捕まえてもらい喜んだ反面、手渡された薬にドン引きしていたのは気のせいだろうか。


 ……いろいろな意味で恐ろしい薬である。


 とにかく。

 西側に進路をとったアマンダ一行だが、東側に比べ山深い地域となるため、そのように、隠れるのにも襲撃するのにも格好の地であるといえるであろう。


 アマンダは放っておいても大丈夫かもしれないが、万が一にもセレスティーヌが怪我を負っては大変である。職務怠慢と言われないためにもしかる場所まで警護するほうが良いだろうという話に側近ふたりの間で落ち着いたのである。


 ワイワイと賑やかに、それでいながらおかしな気配などがないかを気に留めながら山道を進んで行く。おかしな様子の人間は見受けられず、火事現場で見かけた顔も発見することは出来なかった。


 途中には昔の街並みを多く残した観光地、リオ・エクセデールの街が目を楽しませた。



「……あれ、ジェイね」


 暫く行けば峠の小さな村にある民家カフェのテラス席で、お茶中のジェイが手を振っているのが見える。合流するために待っていたのだろう。


 ジェイは店の人に何かを伝えると、一緒になってトレイを運び出す。

 そして庭というか山というか……そんな景色を目にお茶を楽しむ用意が出来上がった。


「皆さん随分ゆっくりでしたね?」

 ニヤニヤしながら一行を席へと誘う。


『うきゅきゅ!』

 キャロがジェイの肩に勢いよく飛び乗った。


「おや、キャロさん。いきなりおやつのおねだりですか?」


 揶揄うように話しかけながら撫でると、茹で野菜を差し出した。

 一瞬考えたような顔をしたキャロだが、小さな手で受け取ると、モグモグと頬張り出す。


「可愛いね」


 身体はアマンダに次いで大きいものの、顔立ちは童顔で可愛らしいカルロが、ニコニコしながら眺める。


「銀というかグレーというかの頭に、黒い目なんだね!」


 ……キャロは身体が白い被毛に覆われている。そしてまるで髪のように頭の辺りが銀色だ。丁度頭に見える辺りが薄いグレーが段々と濃いグレーのグラデーションになっており、濃い部分が銀色に見える。まん丸の小さな瞳は黒曜石のように黒い。

 誰かにそっくりである。色味は。


「……言ってやるな」

 笑いをかみ殺すようにアンソニーが言った。アマンダが睨むようなジト目を向ける。


「さあ、歩いて疲れたでしょう? 今回はあまり名物料理を食べる時間もなかったですからね?」


 ジェイが相変わらずニヤニヤしながらお茶を淹れる。ティポットから出て来たのは鮮やかな早緑色のお茶であった。


「綺麗なグリーンですね!」

 立ち昇る香りも清々しく爽やかなものである。


「この辺りはグリーンティの名産地だからね」

 アマンダの言葉に、アンソニーとジェイが大きく頷く。


「そしてやはり名産の甘芋を使ったケーキにスイートポテト、こっちは薄切りにした甘芋を油で揚げたチップスですよ? お砂糖と甘芋のみで作った甘芋ヨーカンもどうぞ?」


 暖かなお湯で湿らされた手巾で手を拭き、それぞれ思い思いに好きなものを手に取った。


「お芋尽くしですね!」

 沢山の甘芋スイーツに未だ目移りしているセレスティーヌが感心する。


「野菜の生産が多い領ですからね? エストラヴィーユ王国一の麺処ですし?」

「以前行軍終わりに地元の人に差し入れてもらったんだけど、凄い幅広のを見たことあるよ」


 かつて見たという幅広な麺の話をするカルロ。到底麺とは思えない指の動きにセレスティーヌが銀色の瞳を瞬かせた。


 決めかねたままのセレスティーヌの皿に、ジェイがせっせと全部のスイーツを乗せた。全制覇し易いよう、小さめにカットする心配りがニクい。


「是非一緒にいただいて、お茶と甘芋のマリアージュを楽しんでください?」

「……マリアージュねぇ。それってチーズとワインじゃなかった?」

「芋は水分を持って行かれるからな。飲み物は必須だな」


 更にそれぞれが思い思いに言い合いながら菓子を口に運ぶ。


「美味しい……!」

「本当だ~」

『うきゅ~!』


 セレスティーヌとカルロ、そして茹でた小さな甘芋を齧ったキャロが瞳を輝かせる。全く同じ表情をするふたりと一匹に、三人は苦笑いをした

「奴らの足どりは追えそう?」

「バラバラに逃げたみたいですね? 目撃情報を纏めて公爵に送っておきました?」


 それと、と言いながらジェイが続ける。


「ひとり奴らの仲間と思われる者一名を取り押さえました? これも公爵に送ってありますが……送る前に尋問しましたが、口を割らなかったですね?」


 更には似顔絵を描き、中央へ送ったという。

 顔を見たことがあるかもしれない彫師に確認するためだ。


「経路をそれぞれに、オステンかディバイン方面に向かっているみたいですね?」


 ひと通りジェイの報告を聞いて、アマンダは考えを纏めるように首を微かに曲げる。


「……隣国と接しているディバイン領の方が可能性が高いわね」


 オステン領もディバイン領も、エストラヴィーユ王国で一・二を争う賑やかな領地である。当然王国中から、ひいては大陸中から多くの人が集まる土地であるため、余所者が混じっていても目立ちにくいであろう。


 各国を渡り歩いて来た事を考えれば、他国と境界を接しているディバイン領の方が都合がいいだろうとセレスティーヌも思う。


「南は旅行者も商隊も多いので移動でも目立たんからな。中央とディバインに手配しよう。これから雪の増える北部各領への移動は厳しいうえ目立つから、移動する確立としては低いだろう。念のためジェイド公爵にも伝えておけばよしなに取り計らって下さるだろう」


 流れるように口にしながら、アンソニーは視線でアマンダへ確認する。慣れたものなのか頷いて肯定すると、手荷物から取り出した紙にサラサラと書きつけて行く。


 ジェイド公爵も一気にあれこれと大変だなと考えていると、表情に出ていたのかアンソニーがセレスティーヌに向かって口を開く。


「問題ありませんよ。このくらいのことは朝飯前です。……そうじゃなければ、あれ程の偉業は成し遂げられませんからね」


 経済の父と呼ばれる程に多数の産業や商会の立ち上げに関わり、軌道に乗せたジェイド公爵の手腕と処理能力の高さに思いを馳せる。


「彫師のお爺さんに聞き取りした似顔絵をこっちにも回してもらって。アタシ達も暫くしたら南下するから」

「わかった」


 短く返事をするアンソニーと裏腹に、カルロが心配そうな表情でアマンダとセレスティーヌを見た。


「大丈夫? 相手は手練れの犯罪者だよ」

「このまま許すわけにも見逃すわけにもいかないよ。……物々しい警備には向こうも警戒をしているだろうから、普通の格好をした人間が動いた方が動き易いでしょ」


(普通の格好……?)

 ジェイとアンソニー、カルロとキャロが疑惑の目でアマンダを見遣る。


「……何よ。何か文句あるの?」


 ピンクのドレスに金の巻き毛のアマンダが、口をへの字に曲げて三人と一匹を睨んだ。

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