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34 沙汰

「面をあげよ。それでは沙汰を言い渡す。……国の宝たるものを傷つけることは、如何なる理由があろうとも重罪である」


 国王の威厳のある声が部屋に響く。

 椅子に座りながら発現する国王の前に、覚悟を決めた表情の彫師が椅子に座っていた。 王と並んで宰相と、金貨の偽造ということから財務大臣、そして簡易とはいえ裁判であるため法務大臣が部屋に詰めている。


 ……本来なら、平民であり罪人でもある彫師は床に膝をつかなくてはならないのだが、未だ不自由な足で堅い床に座らせるのは不憫であるという配慮から、椅子に座っての簡易裁判であった。


(本来ならそんなことはお構いなしに座らせるのが当たり前だろうに……)


 彫師は、平民であり罪人である自分に対して過剰にぞんざいに振舞うでもなく真摯に対応してくれる国王や大臣たち、そして何より様々に配慮を進言してくれた王太子に対して深い感謝の念を覚えていた。


 誰が罪人の怪我を治し、大貴族や王族が、田舎のしがない彫師のいい分をきちんと聞いてくれるなどと思うだろうか。


(どうせ処刑するのだからと怪我など放置であろう。即刻問答無用で処されても文句は言えない……家族など、放り出されて終わりだろうに)


 娘夫婦が残したコリンを守ることで精一杯であった。

 自らの仕事を犯罪のために使うのは得も言われぬ気持ちであったが、反面コリンのためならば……と思ってもいた。

 老い先短い自分など、コリンが助かるのならどうなってもいい。


 だが、自らが処された時にコリンはどうなるのだろうかと、彫師はそれだけが心配でもあった。


(……自分がいなくなったとして、この方々ならばコリンの身の処遇をきちんとしてくださるはずだ)


 孤児院に預けられるのか。どこかの商家へ引き取られ、見習いにでもなるのか。そう考えていた。


「元々、そなたの協力があって今回犯人のアジトを知ることが出来たという。自らに危険が及ぶ可能性がある中、機転を利かし、保身を考えず行動した行為は加味すべきであろう」


 国王の低い声に、下がりがちになっていた頭を僅かに上げた。


「幼い孫が人質に取られたなら、言いなりにならざるを得ない状況も解らなくはない」


 王は僅かに頷くような動作をし、ゆっくりと続きを口にする。


「相手が極めて手慣れた犯罪集団であるため、そなたとコリンの身の安全を図る必要もある」


 名前のない犯罪集団は、指示系統が極めてしっかりした集団であると情報が上がって来ている。足が付きそうなものは後腐れなく、初見のゴロツキやチンピラなどを使って正体がバレないように考慮されている。


「事件の経緯をきちんと説明し、深く反省している。虚偽などの様子も見受けられない。その態度もきちんと評価すべきであろう」


 宰相が些か眉を動かした。


「しかし罪が消して消えるわけではない。よって壊した額を元通りに直すこと、この事を誰にも公言しないことを条件に、中央に留まり、無償にて王宮内で美術品修復の任を負うことを命ずる」


 思ってもみない王の言葉に、彫師が老いて皺に落ちくぼんだ瞳を瞠った。

 そんな様子を無表情で見遣る黒い法衣を着た法務大臣が、王の言葉を引き取って彫師に告げる。


「……本来牢に収容するか、重い刑が処されることは解っておろう。様々な影響を鑑み、残念ながらその身は中央の管理下に置かれ、フォルトゥナへ戻ることは許容できぬ。……生きていると解れば再び利用されかねないばかりか、孫息子共々口封じされる懸念もある。

 もちろん選択することは可能だ。無償で国のためにその腕を使うか、通常通り幼い孫を置いて処されるのとどちらがいいか」


 彫師が呆気に取られていると、国王がニヤリと笑た。


「長年真面目に職務に励んで来たのは調べがついている。無償と言っても食事や身の回りの物は支給されるだろう……コリンの安全を一番に考えるべきだ」


 何を言われているのか混乱している頭が次第にその内容を理解して行くと、彫師の瞳に涙が浮かんだ。


「たった一人の身内なんだ、せいぜい長生きして小さい孫を見守ってやれ。……この簡易裁判は王太子の計らいだ」


 厳めしい法務大臣が眉を顰めた。

「……例外は勧められませんがな」


 それを受け、優男という言葉がぴったりな見た目の財務大臣が微かに首を傾げる。

「まあ、大臣の仰ることももっともですが……とは言え、政は常に例外だらけですがな」


 宰相と法務大臣がジト目で国王を見遣った。


「世に知らされなければ事件を知られることも無い。ない事件は裁けないというわけだ……世間に知れたら面倒なことになるなぁ」


 民を思いやる優しい王太子という評価と、不憫ではあるが法にブレはあるべからずという評価で割れることだろう。


 指針である法がブレてはならないのは同意であるが、全く例外がないとは言えない。状況は様々に加味されるべきだ。


 法は血の通わない冷たい規則ではない。人を守り導く指標であろうと言うのが国王とアマンダの弁である。


「情状酌量という言葉があるとは言え、我が息子は甘いと思わんか?」

「……畏れ多いことでございます。孫の身を案じてくださり、愚かなおいぼれを活かしてくださるとは。有難き幸せ……陛下と王太子殿下、大臣の皆様の寛大な御沙汰に感謝します」


 震えてしまう声を腹に力を込めて押えようとするが、押えられない。

 目の前の大きな机に手を付き、頭を深く下げた。


 ニコニコする国王とすまし顔の財務大臣、まんざらではないものの口をへの字にする法務大臣と宰相が神妙な表情を取り繕った。


「なお、口外した場合は強制収容所に収監される。そこはゆめゆめ忘れるな」

「はい」

 低い声で法務大臣が締めくくった。




「お爺ちゃん!」


 下働きの女性と共にいたコリンが彫師を見つけると、顔を輝かせて走って来る。

そして彫師と固く抱き合う姿が見えた。


「小さい子どもは可愛らしいな」

 国王がうんうんと頷く。


「小さい子どもに怖い思いをさせるなど言語道断! 犯人どもを引っ掴まえてギッタンギッタンにせねば収まりがつかん」

 法務大臣が黒い法衣を揺らしてそう言った。


「なぜ国王ばかりいい人設定なのか。腑に落ちん」


 犯罪は憎むべきだが、大臣たちとて血も涙もないわけではない。

 かと言って甘い顔ばかりするわけにも行かず、厳しい態度は崩せない。

 必然的に役割が出来るわけで……宰相は口をへの字にした。


「まあまあ。あ、公にしないのですから、修正の金は王家の個人財産から出してくださいね」

 財務大臣が当然と国王に言った。


「…………わかった」


 四人の貴人の方を見ては、深く頭を下げる彫師と、きょとんと首を傾げるコリンが並んでいる。何か言われ頭を下げるコリンに向かって、四人の偉いおじさん達が手を振った。

 

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