カミングアウト 後編
「では、その方にだけ恋心を持たれたのですね?」
「彼だけよ」
アマンダは力強く首を縦に振った。
一途なの、といわれて思わず頷くが。
まあ、二十三年間生きて来てその人が初恋だというのならば、惚れっぽい性質でないのは確かであろう。
ギラギラとした人達に囲まれ過ぎたせいでそういった方面において若干の人間不信に陥っているのに加え、自分の立場からおいそれと恋愛に現を抜かせるような身分でもないのだろうと推測する。
高位になればなる程、醜聞が広まるのはあっという間だ。
その分権力を持って握りつぶせることも多いが――それにしても、油断すれば厄介事が増えることは言うまでもない訳で。
万が一子どもでも出来てしまったら財産分与だ家の継承問題だと、あれやこれやと問題が山積みになるのである。
そして何よりも、他の男性に心惹かれたことがないというのならば、本質的に衆道に生きる人間なのかどうかも解らない。たまたま好きになった人が男性だった、ということもあるであろう。
……その手のことに詳しい親友によれば、『男女の間に恋愛感情を持つ人』と『同性に持つ人』とがいるが、更に『性別に関係なく恋愛感情を持つ人』という方々もいるとのことであった。
性別など関係なく、その人が同性でも異性でも、人として愛しているのである。ある意味とっても純粋な愛にも感じる。
元々心からの愛情に異性だろうが同性だろうが、純粋でないものがあるのかは議論が錯綜しそうであるが。
勝手に装着している『性別』というフィルターを無いものとしている愛情は、何だかいつも見ているそれよりもキラキラして見えるのはセレスティーヌが年若いせいなのだろうか。
ともあれセレスティーヌが、未知が過ぎる内容に内心で白目を剥きそうになっていることなど知る由も無いアマンダは、エールを煽ってはため息をついた。
「ある日突然、婚約をするんだって言われてねぇ」
アマンダの自分語りはまだまだ続く。
「もう、寝耳に水で驚いたわ。……でも、考えてみれば彼も私も、とっくに結婚している人間もいる年よね。ちっともおかしいことじゃないのに物凄く動揺しちゃったのよ」
アマンダはいてもたってもいられず、お相手の名前を聞き出した。
そして心配と焦りと嫉妬と、色々な気持ちが渦巻く中、どんな女性なのかと調べてみれば。
年下で華奢な、ピンクなどの愛らしいドレスが似合う金髪のご令嬢だったそうだ。
「お祝いしようって思っても、全然『おめでとう』って言ってあげれなくて。親友としても幼馴染としても主としても、自分の不甲斐なさにため息も出ないわ」
アマンダは自嘲気味にそう言うと、小さく首を横に振る。
本気だったからこそ、幾ら冷静にと思ったところで、冷静ではいられなかったのだろう。
(うーん……でも、女性が好きな男性なのだとしたら、ご学友兼幼馴染兼主が、お化粧してドレスを着て来たらびっくりして言葉も出なかったんじゃないかしら……)
「彼には迷惑でしかないかもしれないけど。でもどうしても諦めきれなくて、気持ちを伝えたの」
「…………」
せめて、気持ちだけでも伝えなければ。
受け入れられないだろうとは思いつつも、万が一の可能性に賭けて。
一般的にはとか、常識的にはとかいう気持ちを、遥かに凌駕する感情に押し切られるように。今までの良好な関係が壊れることよりも、とにかく伝えなくては。
もう行動するしかなく、自分でもうねるような渦巻くような気持ちを、どうしようも出来なかったのだという。
だから、お相手の婚約者が好んでしている格好で。せめて少しでも気に入って貰えるようにという乙女心(?)からなのであろうが……なんにせよ、この逞しい身体である。
細くて小柄という中性的な見目ならまだしも、平均男性よりも頭一つ分以上上背のある、騎士も真っ青な筋肉美を持つ男性なのである。
華奢な女性と同じ格好をするのは、きっと逆効果以外の何ものでもないであろうと想像が出来てしまうのだが。
とはいえ。
それまで言い出すこともできず、ひたすら秘めてきたのだ。
積もりに積もった……煮詰まりに煮詰まった『想い』が、あっさりとご学友兼側近兼幼馴染氏を祝う言葉が出て来ないという乙女心(?)も理解できる訳で。
アマンダ自身も心に秘めたままの方が良いと思っていたからこそ、そこまで閉じ込めていたのだろうこともわかる訳で。
心は自由だと思いつつも、大部分が異性を好きになるのだ。
周り以上に自分の戸惑いも多いのだろう。我慢も悲しいことも多いのだろうと推測出来る。
……推測しか出来なくもあるが。
(なんだか切ないわね……)
結果も何となく解るだけに、余計に。
「そうしたら、凄く戸惑ったような困ったような顔をして『ごめん』って言われたのよ」
「……それは……辛かったですね」
拒絶されたのだ。
強い言葉や態度には出していなくても、強い感情で。それを察してしまったのだろう。
セレスティーヌは(だろうな)と納得しつつも、苦しい心のまま言葉を絞り出した。
『辛い』だなんて安っぽい言葉では言い表せない気持ちだろう。だけどそれ以上の言葉が出て来なかった。
アマンダはポロポロと涙を零している。
そっとハンカチを差し出した。
青いアイシャドウと黒いマスカラが涙に混じり合い、顔が大変なことになっている。
ブーン! と鼻をかんでは、それを握りしめた。
まあ、護衛騎士であるご学友兼側近兼幼馴染氏の気持ちも解らないでもない。
アマンダの心に自由があるように、相手の気持ちの自由だってあるのだ。
仲の良い主(同性)に婚約の報告をしたら、言祝がれるどころか追及され、なぜだか婚約者と似たような装いで現れた挙句、更には恋愛的な告白をされたのである。
色々な意味でびっくりどころか、混乱以外の何ものでもないであろう。うん。
叶わないと知りつつも相手が好意を持っている(多分)お相手の姿を真似ることをいまだ止められないのは、まだまだ諦められないからなのか。
(諦める以外にないっていうのも、辛いのでしょうね)
とはいえ、恋愛は一方通行では出来ないものだから仕方がないのだろうけど。
本当ならこんな突飛な、女装も告白もせず心の内に止めるだろうに。冷静に対処できない程だったのであろう。
(止められない程に激しいというか強いというか……ともかく、言わずにはおれなかったのでしょうね)
セレスティーヌのために話したことで、蓋をしていた感情が噴出したのか。
さめざめと涙するアマンダの頭を、躊躇したものの思わずそっと撫でる。
大きな身体を小さく丸めて哀しむ姿をいじらしくも感じて、どうしたものか、そっとため息をついた。
幸いにもさほど混みあってはいないが、ちらほら食事や酒を楽しんでいる人達がいる。
女性にしては大きすぎるアマンダは否応なしに目立ってしまう訳だが、更に泣いている様子を見てチラチラと視線を向けられているのを感じた。
「アマンダ様、取り敢えずお部屋に参りましょう?」
恩人を晒し者のようにしてしまうのは本意ではない。
酒のせいなのか、いまだに生々しい心の傷を抱えているからなのか。
もしかしたら、まだつい最近の出来事なのかもしれない。
出会ってからの頼りがいのある様子とは打って変わって、弱々しく嘆くアマンダを促しては階段を上って行く。途中給仕の人に、念のため余った食事を包んでもらうようお願いする。
(食欲が湧くかは解らないけど……後でお腹が減ってしまうかもしれないし)
部屋に戻るとお湯を貰いにもう一度下へ戻った。