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33 移送

 近くの宿屋に運び込まれた彫師は今、ベッドの上で気を失っている。


「……かなり思い切って叩いたみたいですね」

 呼ばれて往診に来た医師がため息まじりに言った。骨が折れているらしい。 


 仲間割れなのか、ただ単に利用されただけなのか。多分後者なのであろうが、一緒にいたはずの犯人に足を鈍器で殴られ大怪我を負ったのだ。


 心配して泣き疲れた彫師の孫息子が、目じりに涙を湛えたまま眠り込んでいる。

 祖父である彫師にしがみ付いて泣いていたコリンの気を紛らわせるために、静かに声をかけキャロを抱かせた。


 初めは恐々と撫でていたコリンだったが、腕の中で大人しく髭を動かしている様子に、眠るまでずっと抱きかかえていた。

 暖かくてふわふわの生き物には心が癒されるのだろう。


 賢いキャロは幼児がなにやら怯え哀しんでいる様子を悟ると、静かにされるがままになってやっていた。




「大丈夫そう?」

「はい。治療が終わって、痛みが酷かったようで今は気を失っています……」


 火事のあった現場にいたアマンダが、小さなノックと共にそっと扉を開けてひょっこりと顔を出した。部屋の中を見回しては彫師とコリンを順番に確認する様子を見て、セレスティーヌはほっとして肩の力が抜けるのを感じた。


 アマンダへ医師から受けた説明を話して聞かせる。ひとつひとつ丁寧に聞きながら、彫師の酷く腫れあがった足を確認して、思案するように腕を組んだ。


「ぽっきりと折れてるならそれ程問題ないのだけど、砕けてしまっていると大変ね」


 心配するセレスティーヌを気遣いながらも、彫師とコリンを馬車で王都に運ぶと伝えた。


「大怪我ですが、移動しても大丈夫なのですか?」

「本来は安静にしているべきだけど、最悪の状況にならないようになるべく早く軍医に見せた方がいいと思う。……彼らはこの手のケガで手術などにも慣れているから。横になって移動できる大型の馬車を用意して王都に運んで処置してもらう方が後々の為だと思うの。それにないとは思うけど、万が一口封じに襲撃されると困るから中央で身柄を拘束した方が安全じゃないかしら」


 拘束と言われて胃の辺りがズンと重く感じる。


 だが相手は工房に爆薬を仕掛け、逃げるために幼い子どもを置き去りにするような人間たちだ。自分たちに害になると思えば手を下すことも辞さないのかもしれない。


 無碍に扱われないのならば拘束される方が安全なのであろう。……理由はどうあれ、それだけの罪を犯してしまったのだから処罰を受けるのは仕方ないし当たり前ともいえる。だけどそれは幼い孫を助けるためで本意でないのだとしたらと思うと、やりきれなさ過ぎて言葉も出ない。


「……してしまったことの償いはしなくてはならないのよ。たとえどんな理由があろうともね」


 辛そうに、だけれども言い切るアマンダにセレスティーヌは、小さく頷いた。


「はい」


******


 翌朝、早くに王都に向かうことになった。

 彫師とコリンにその旨伝える。


「お爺ちゃんがケガをしたり悪い奴らの言いなりになったのは、僕のせいだよ!」


 幼いながら色々察してか、泣きじゃくるコリンにアマンダもセレスティーヌも何と言えばよいのか自問自答した。


 アマンダは膝をついてコリンの肩に手を置いた。祖父である彫師の大きな手よりも大きな手はずっしりと重く、だけれども優しくコリンの肩を掴んだ。


「良く聞いて。お爺ちゃんは足を怪我してしまったから、王都のお医者さんに治してもらわないといけないの。それに悪い奴らがまたコリンやお爺ちゃんのところに来ないように、安全な場所に行くのよ」


 コリンは引き結んだ唇をわななかせ、瞳に涙を溜めてアマンダを見ていた。


「……お爺ちゃんの足、治る?」


 ちょっと考えてから、アマンダは口を開いた。


「元に戻るかは解らないけど、治るよ。このまま王都に行って治さないと治らないと思う」


 コリンはポロポロと涙を零して、小さく肩を震わせてから袖口で涙を拭った。


「わかった……」


 アマンダはコリンの小さな頭に大きな手を乗せた。

 騎士たちに頷くと、馬車の護衛を命じた。万が一の襲撃から守るためだ。


******


 手術を受け、その後彫師の足はなんとか動くようになりそうとのことだった。


 牢屋ではなく王宮のとある一室にてコリンと共に療養している彫師だが、未だ痛む足を引きずりながら、騎士に抱えられて王の御前に呼び出される。


「……()()()()より、今回の件、潔く洗い浚い話すようにとのことだ」


 彫師は頭を低く下げる。

 否応なく極刑を言い渡されるものと思っていたが、治療を施すだけでなく話を聞いてくれるらしい。もちろん、元々隠す気も偽る気もない。


「そなたを救出したのは王太子付き騎士団とここにいる法務大臣の子息であるが、加えて王太子より情状酌量の余地があるとして陳情書が直々に届いている」


 思ってもみない言葉に彫師は驚く。


「そなたが関わった犯罪集団だが、今回のことも他国での行為も大変問題だと考えている。これ以上被害を広げないためにもすぐにでも捕縛したい。人相書きを作りたいので協力してくれるか」

「もちろんにございます」


 彫師は自分で思っているよりも大きな声が出たことに驚いた。

 そして自分が関与する羽目になった理由から、相手のことでわかること全てを洗い浚い、残すことなく供述をしたのである。


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