31 救出
騎士が扉の取手を引けば鍵がかかっていた。押してもみるがびくともしない。
業を煮やしたアマンダことアマデウスが体当たりをして開きかねないと思っていると、アンソニーとジェイが丸太で出来た長椅子で扉をぶち抜いた。
ジェイに周囲を見張れと言われたアンソニー。
アマンダを火の中に行かせておきながら自分が中に行かないことは考えられなかった。
中に救助者や捕縛者が何人いるか解らないのである。騎士やジェイが手一杯になった時、アマンダを守るのは自分の役目であると言って引かなかった。
確かに今の状況で臣下として一番優先すべきは、犯人の追跡よりもアマンダと要救助者の身の安全である。
ジェイは押し問答をしている暇もないと引くことにした。
灰色の煙が一気に外へ流れ出て来ると共に、焦げ臭い匂いが鼻をつく。
扉を開けた途端、大きな炎が飛び出してくるかと構えたが、燃え始めたばかりなのであろう。工房の入り口で目に入るのは大量の煙のみであった。
「……まだ手前まで火が回っていないようだ」
頷くが早いか、次々に中へと入って行く。
「殿下、流石に間に入ってください。再び爆発する可能性もありますので」
人々の目から遮られたため、本来の敬称で呼ぶ。
……いないとは思うが、潜んでいる残党が隙をついて襲い掛かって来るやもしれない。大体、本来彼は守られるべき立場の人間であり、自ら進んで火事場に突っ込んで行くべき人間ではないのである。
「わかった」
キリッとした表情かつ低い声で答えるが、如何せん格好が格好のため騎士達の気が抜ける。
(ヤレヤレ)
なまじ戦闘力と機動力がある人間が警護対象だと、余計に難儀なことになるものである。
とはいえ、子どもの泣き声が聞こえるため、文句を言っているよりも早急に見つけ出し保護しなくてはならない。
アマンダはアマンダで、聞こえて来る子どもの声を耳にしながら、彫師がすべてを投げうって守ろうとした孫息子なのであろうと予想し、気が急いた。
煙を吸わないように口を押えながら慎重に進む。様々なものが燃える不快な匂いと纏わりつくような熱風を感じながら瞳をこらす。
捜すまでもなく、すぐに見つかった。
奥の部屋からずり出て来たのだろう、部屋を隔てる扉から身体半分を覗かせて倒れ込んでいる老人と、泣きながら老人に縋る小さな男の子を発見した。
すぐさま走り寄る。
「助けに来たよ。危ないから外に行こう。お祖父さんも一緒だから大丈夫だよ」
そう言って手を広げるアマンダにコリンはギョッとする。
どう考えても大柄な男であるにもかかわらず、ドレスを着こんでいるのである。それもピンクの。……自由と言えば自由であるが、あまり一般的ではないであろう姿だ。
呆気にとられながらも助けが来たのだと瞬時に悟ったコリンは、戸惑いながらも素直に手を伸ばした。
「すぐ外に出ろ。いつ火の手が回るか解らん」
アンソニーが早口に言う。
アマンダは頷きながら足早に扉へと向かう。向かいながら後ろを振り返ると、彫師らしき老人の脈を取っていたカルロが頷いたので安心して足を進めた。ジェイも警護のために後ろに付き従う。
******
呻く老人の耳もとに口を寄せたカルロが、ゆっくりした口調で声をかける。
「話せますか?」
「コ、リン……」
「大丈夫です。先に救助しましたよ」
近くにいた少年のことだろうと思い、既に助けた旨伝える。
カルロの言葉を聞き、身じろぐようにして小さく頷く。
「……足、が……」
彫師の言葉に別の騎士がズボンを捲れば、赤黒く腫れているのが確認出来た。
「折れてるな」
「取り敢えず外へ避難しましょう。持ち上げますよ」
カルロはそう言うと彫師を持ち上げ、素早く身体を滑りこませて背負った。
騎士が部屋を覗き込み、慎重に目を凝らすが、それ程広くない部屋には人影は見受けられなかった。その代わりに奥の部屋を隔てる扉が爆発で吹っ飛び、赤い炎が勢いよく吹き出しているのが見える。
「……奥の部屋は流石に確認出来んな。調査は消火してからだ」
アンソニーが部屋の窓を確認する。
鋳物工房ということで、当然のことながら空気の入れ替えのための窓はある。作業中であったのだろう。テーブルの上には作業道具に加え、仕上げをしていたのだろう金属が置かれていた。
「危ないですよ」
強引に中に入るアンソニーに苦言を呈すが、アンソニーは構わずに進み、まだ温かい金貨を掴んだ。
「……予想通りか……」
他にも証拠となりそうなものがないか見渡すが、引き戻しに来た騎士に肩を掴まれる。
「危険です、退避しますよ……お気持ちも任務も解りますが、命が優先です」
真剣な表情に、アンソニーもため息を呑み込んだ。
「……解った」
犯人を取り逃がした可能性が高い騎士達も気持ちは同じであろう。アンソニーは素直に従い外に出ることにした。
******
全員が燃える家屋の中に入って行ってしまい、セレスティーヌは心細く感じつつも己を叱咤した。両手で頬を張ると、周囲にいる人に声をかける。
「誰か、シーツを数枚貸してください! 出てきた人を包みたいのです!」
出来るだけ大きく声を張り上げる。
「今持ってくる!」
何人かの人がそう名乗り上げ、近くの家に急いで入って行った。
直ぐに戻って来ては順々に手渡される。
「ありがとうございます! 後でシーツ代をお支払いいたします!」
そう言ってペコリと頭を下げると、シーツを何枚か抱え井戸まで急いで走って行く。
ロープの先に木桶がついた井戸だ。懸命に滑車にかかったロープを引っ張って水を汲み、シーツを濡らす。
冬の水は身を切るように冷たいが、そんな事を言っている場合ではない。
絞って戻ったところに外へと出て来たのはアマンダと小さな男の子であった。塗れたシーツを広げ走り寄る。
「大丈夫ですか!?」
そう言いながら小さな身体でシーツで包もうとするが、アマンダの大きな身体には手が届かなかった。
「大丈夫そうよ。ケガもしていないみたい」
そう言って笑うアマンダの顔に煤がついているのを見て、セレスティーヌは大きく安堵の息をついた。
アマンダは大きく首を動かして人垣を見回す。
「……ジェイ、追跡を! 多分そこまで遠くに行っていないはず」
「わかりました?」
そう言うと、迷うことなく真っすぐに走り出した。
続いてそれ程間を置かずに、彫師を背負ったカルロと騎士達、そしてアンソニーも出て来た。
みんな厳しい顔をしているものの、背負われた彫師以外に怪我などはないようで、少しだけ安堵しながらセレスティーヌは濡れたシーツを手に走るのであった。