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30 逃亡

「……ん?」


 少し前に工房の窓から小石を包んだ文が投げ込まれた。

 リーダー格の男はさりげなく拾って包みを開くと、『ヴィオレント川、検問開始』と走り書きで書かれていた。

 仲間による定期連絡のタレコミだ。


「…………」

(検問?)


 何となく嫌な予感がした男は、そっと窓の間から周りを覗き込む。


 一度目は何事もなかったが、暫くして再び外を確認した時に見慣れない人間が工房を窺っているのが目に入った。


 見れば、かなり鍛えこまれた身体つきの男たちが左右に数名。別方向を見れば隠れているのか隠れていないのか、少し離れた場所で奇妙な女装をした大男、そしてなぜか大きなネズミを抱えた小柄な女が立ち話をしている。


 一見何でもなく見えるが、見張りだと解る。

 裏稼業をしていると、勘と洞察力は鋭くなっていく。


 あの鍛えられた男たちは、そういう訓練を受けている者の身体つきだ。女装の大男も然り。……小柄な女だけはよく解らないが、目くらましか特殊な訓練を受けている人間なのかもしれない。

 男と違い女は身体に筋肉がつきにくいため、服を着られると解り難い。視線や顔つきに現れることが多いが、ネズミを抱える様子からそんな様子は微塵も感じられなかった。


「どうした?」

 張り詰めた様子を察したのだろう、仲間のひとりが尋ねる。


「情報が漏れたかもしれん。今すぐ撤退だ!」

「……解った」


 今すぐか、本当かと聞いてこないのは助かる。

 仲間も男と同じ裏稼業の人間だ、緊急なのだと理解したのだろう。


「出来上がっている金貨を持って行け。他の奴にも静かに声をかけろ」

「型はどうする?」


 窺うような様子に、すっぱりと言い切る。


「先に何本か持たせてある。川に検問がかけられているらしい。山にも広がっている可能性はあるから捨てていけ」


 万が一いつバレても問題ないように、出来上がった金貨と型、地金を先に仲間に持たせて別の領地に先行させている。リスク回避・リスク分散だ。


 最悪今ある分を捨て置いたところでしばらくはどうにかなるのと、型の本元があれば再度複製すればいい。先を考えて、よりプラスになるになる方、安全な方を選択した方がいい。


 リーダー格の男が今後の算段をしている間に全員に詳細だけ伝え、再び戻って来た仲間は手早く、既に完成していた偽金を革袋に詰めた。


「外に見張りがいる。通路を使え。ジジイにみつからないように静かにひとりずつ外に出ろ」


 仲間は頷いた後、少し考える。

「ジジイたちはどうするんだ?」

「バラしたのなら奴の可能性が高い。見張りがついていたので、他の人間と接触しようがないが……たまたまかもしれん……」


 仲間は再び頷いて荷造りを始めた。荷造りと言っても簡単な旅行者風のもので、緊急時に必要なものだけを纏めてあるものだ。隠しに金貨を詰める。


 旅行時にそれなりに纏まった金を持っていることも多く、買い付けの商人を装えば更にである。仮に検問でみつかっても、山賊に見つかり難いように隠してあると言えばそれ以上突っ込んでは来ないはずだ。


「川が使えないなら、山越えか」

「クラウドホース方面は足が付く可能性がある。ディバインに向かえ」


 手慣れたもので話しながら数分で用意をし、暖炉から外へと掘られた隠し通路に消えていく。

 次の仲間にも同じことを言い、通路の中に入る際に付け加える。


「足が付かないよう爆破する。出口に控えていろ。音と同時に外に出る」


 手練れの騎士でもいきなりの爆発には度肝を抜かれることだろう。そして状況確認や被害の収束に勤める筈だ。

 隙をつき、混乱に乗じて逃げるのが確実だ。 


「大丈夫か?」

 別の仲間の男が心配そうに尋ねる。


「通路の長さは数十メートルだが、途中曲がっているので爆風は心配ない」


 通路の入口は爆発で崩れるので直ぐには解らないうえ、確実に判明するのは火災が鎮火してからだ。

 最後の仲間が通路に消えた後、最後になった男は彫師が作業する部屋に向かった。

 



 リーダー格の男が、感情のない表情で彫師の前に立つ。そして耳もとに口を近づける。


「バラしたな」

 彫師は微かに身じろがせた。男は張り詰めたような彫師の顔を見つめる。


「……何のことだ?」

「ふん、まあいい」


 言うや否や、男は近くにあった金棒で彫師の足を思いっきり叩きつけた。


「っ!?」


 息と叫ぶ声を呑み込んだようなくぐもった声がする。

 いきなりのことと我慢強い性格が相まって、悲鳴を呑み込んだのだろう。


「喋るなよ。何処にでも我々はいる……解ってるな?」

「……っ、ぐ……!」

「……おじいちゃん?」


 部屋の端にいたコリンが、異変を察知して彫師の元に走り寄る。

 その横を、男がするりとすれ違った。



 部屋を出ると足早に元の部屋に戻り、用意していた爆薬を仕掛ける。出入口が解らないよう、なるべく暖炉の近くに置く。導火線に火を付けた後は一気に通路を這って走る。


(万が一に備えて隠し通路を作っておいて助かったな)


 狭い通路の出口付近に仲間たちが五人程溜まっている。


「少しだけ開けてみろ。誰もいないか?」

「大丈夫そうだ」


 男は頷く。

 そして数十秒後、爆音と地響きが鳴った。


「出ろ!」

 頷きもせず、一気に外へ出る。


 近所の家の荷物置き場に出るように掘ってある。滅多に人が来ないため、みつかることはないであろう。鍵は元々ない。床板を押し上げて飛び出す。


 外は大騒ぎだ。近隣の家々から人が飛び出して来ては、炎上する工房を見物している。


「走るな、混乱に混じってしばらくして抜けろ!」


 まるで訓練でもしたかのように淀みなく男たちが外へ出る。面白いほどに人は見ないどころか、目の前の工房に釘付けだ。

 リーダー格の男は床板をきちんと嵌め、何食わぬ顔で外へ出た。


*******


 案の定、鍛え抜かれた男たちは工房に入るために水を被っている。

 子どもの声がする為、救助に向かうのだろう。せいぜい時間を稼いでくれるといい。


 騎士なのだろう男たちが水を被る間に、背の高い小綺麗な別の男が裏稼業らしい男と共に、突入経路を確保するためだろう、丸太で作った長椅子で入口を破壊している。


(……参謀と、もしかしたら隠密か。慣れない土地と短い時間では状況を把握するのは難しいだろう)


 泣き叫ぶ子供の声と、様々に噂をする人々の声、井戸から水を汲んで消火をしようと走る音が混ざり合う。

 自警団を呼びに行く者に混じって走る仲間や、通りすがりの旅人、野次馬を演じる仲間に目配せして小さく頷いた。


 隠密らしき男が小綺麗な男に何か言っている。野次馬に目を向けながらも小さく首を振り水を被った。

 

 ふと、そんな男たちを心配気に見つめる女を見遣る。

 綺麗な黒髪に銀の瞳の女。未だ少女と言ってもいいかもしれない。


 リーダー格の男は西の山を越えるために踵を返した。

 

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