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28 工房では

 予定していた日程を過ぎ、南東部の鋳物工房に彫師が到着した。

 当たり前のことだが表情は冴えない。


 望みは薄いとは思いながらも、あの袋を受け取った人間が自分を探し当ててくるかもしれないと願ったが、それは儚い願いであった。


 出来得る限り工房への到着を遅らせるために仮病を使い時間稼ぎをしたが、今となっては無意味以外の何ものでもないと感じていた。


「随分遅かったな」

 リーダー格の男が彫師と仲間の顔を見て、表情を変えずに言った。


「爺さんが体調を崩したんだ」

「…………そうか」


 何を考えているのか解らない様子でリーダー格の男が言う。

 息が詰まるような沈黙を破るかのように、彫師の孫であるコリンが祖父の姿を見つけて走り寄った。


「おじいちゃん!」

「おお、コリン!」


 孫を抱きしめながらも怪我などをしていないか確認する。

 傷や怪我は見当たらず、取り敢えず危害を加えることはされていないという事実に安堵の息を吐いた。


「感動の再開を邪魔して申し訳ないが、早速作業をしてもらおうか。随分押してしまってるんでな」


 リーダー格の男は全く悪いという素振りなど見せずに顎をしゃくる。

 奥にある工房には、彫師の登場を待ちわびていた型が鎮座しているのだ。


「……本当に、この仕事が終われば無事に解放してくれるんだろうな」


 コリンを後ろ手に庇いながら、改めて彫師が問う。

 言質を取ったところで何の役に立つわけでもない。口約束など守られるのか疑問しかない。

 しかし、そう繰り返すしか自分を保つ方法がないような気がしていた。


「もちろん。……口を閉じておいてもらえる限りはという但し書きがつくがな」

「……わかった」


 重々しい声と顔でリーダー格の男を見上げると、彫師は頷いた。

 娘夫婦が残した幼い孫を何としてでも守るために、いうことを聞くしかないことが酷く惨めであった。



 こじんまりとした工房だが、道具は充分に揃っていた。


 彫師を見張る旅を続けたゴロツキのひとりが、奥で横になると休みに行くのを横目で見遣った。


 ゴロツキの誰かの工房なのか、全く関係ない人間から借りたものなのかは、彫師には解らない。

 国宝の額縁を削った日のような大人数がいるようには感じず、人の気配はあまり感じられなかった。

 ここには必要最小限の人間しかいないのだろう。


 休む間もなく工房に入り、並べられた型を見る。

 工房にはいくつかの型が既に出来上がっていた。それなりに腕はあるものが作ったのだろう。多少の甘さは見受けられるが、このままでも充分に使えると感じる。


(なぜこれだけの腕がありながら、こんな奴らのいうことを聞いているのか)


 そもそも誰が作ったのか解らない。ここにいる人間なのか、この工房の持ち主なのか。はたまた自分のように利用された職人で、もう用済みとばかりに帰されたのか。もしくはこの型を作った人間がゴロツキ共の中心人物なのか。


「その型を使って作ったものがこれだ。それぞれの型で分けてある。微調整をして欲しい」


 十数個の複製型と、それで作ったのであろうニセ金貨が数枚ずつ机の上に置かれている。


 粗方調整が終わっているため、殆ど作業はないに等しい。本物と遜色ないようにバリ取りや不必要な線、些細な窪みを磨く程度であろう。


 出来る限り不自然でない程度にゆっくりと丁寧に仕上げをする。

 リーダー格の男は、仕上げられた側から仕上がりを確認するように、型を使いながら金貨を作って行く。


「問題ないようだな。素晴らしい出来だ」


 ニンマリと笑うリーダー格の男。

 いつもはあまり表情を変えない男であるが、本物でしかないニセ金貨を前に笑みを隠せないのであろう。


「それじゃあ、もう帰っても構わないか」

「耐久性を確認したい。どのくらいで代わりが必要になるか、それとも手直しすれば良いか。それによってどのくらい予備が必要か解るだろう」

「使い方にもよるが、これだけあれば先日の分には間に合うだろう」


 彫師が先日削り取った金を示して答える。

 不自然過ぎない程に削り取るというものだったとはいえ、大きさからいってかなりの量になった筈だ。あれだけの量の金貨を作れば、かなりの間遊んで暮らせるであろう。


「…………」

 しかし、不自然なリーダー格の男の様子に、彫師は違和感を覚える。


(……金はあれだけではないのか! どこかで盗んだ金が他にもあるのか)


 彫師は表情を変えないように、自分がそう考えるに至ったと悟られないように注意しながら手の中の型を見つめた。



******


 リーダー格の男は彫師を見つめた。

 このまま自分たちの仲間になったらより仕事がしやすくなるであろう。だがどう考えても仲間になるとは思えなかった。


(孫がいなければ頑として首を縦に振らなかっただろう。孫を人質に取り続けるのはリスクが高い。かと言って始末をしたのでは仕事などしないだろうからな……)


 孫を守るために、このまま解放したとしても役人にバラして裏切ることは少ないであろう。安全パイを取るのであれば孫も彫師も片づけるのが正解であるが、捨てるには惜しい腕だ。


(孫のことなり、今回のことなりをバラすと脅せば今後も使えるだろう……さて、どうするか)


 男はいろいろと考えているだろう彫師を見ては考えを巡らす。

 更に、騒ぎのさなかであるクラウドホースにすぐさま帰すわけにはいかない。尋問されて話さずとも様子がおかしくバレることも考えられるため、ほとぼりが冷めるまで違う場所にいてもらう必要があるだろう。


 もちろん見張りをつける。

 見張り用にその辺のチンピラを雇うでもいいし、仲間のいる土地にしばし身を潜めさせるでもいい。


 万が一にもバレたなら罪を被ってもらえばいいだろうし、バラす前に処分すればいいだけのことだ。


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